切れても水の中で治る「電子の皮膚」——痛みの層と触覚の層を分けた二階建て

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切ったり刺したりしても自分で治る「電子の皮膚」が作られました。シンガポール国立大学(NUS)の研究チームによるもので、目を引くのは治り方です。空気中に置いておくより、水に沈めておいたほうがきれいに治る。水は電子機器の天敵で、面と面がくっつくのをじゃまする側にいるはずなので、そこが逆さまになっています。

もうひとつの特徴が、「痛み」を感じる層と「触った」を感じる層が、物理的に別々になっていることです。人の皮膚も、触覚と痛覚はそれぞれ別の受容器が担当しています。その分担を、そのまま材料の階層に持ち込んだ格好です。

論文は2026年4月18日付で Advanced Materials に掲載され、7月にNUSが発表資料を出しました。

水中で電子機器が置かれる過酷な条件

電子機器にとって、海の中は宇宙に次ぐ過酷な現場だとよく言われます。冷たく、わずかなすき間からでも水が入り込んで回路をショートさせ、塩分が金属を腐らせ、深くなるほど水圧がのしかかる。

センサーの場合は、さらに物理的に痛めつけられます。岩や貝殻、沈んだ構造物にこすれ、ぶつかる。そして一度どこかが壊れると、その場で直す手立てがないので、いったん引き上げてくるしかない。潜水士にとっても水中ロボットにとっても、これが作業を止める理由になります。

NUS デザイン・工学部 機械工学科のタン・ユージュン助教(Assistant Professor Tan Yu Jun)が率いるチームが作ったのは、この一連の弱点をまとめて相手にする素材です。名前は SMES(自己修復する磁気電気センサーシステム)。伸び縮みするエラストマー(ゴム状の高分子)に、液体金属の配線を通した層を重ねてあります。液体金属を使う理由は単純で、曲げても伸ばしても配線が切れないからです。固い金属線なら断線するところを、まわりのゴムと一緒に形を変えてやり過ごします。

痛みと触覚を分けた二層構造

SMESの層構成は、大きく二段になっています。

上にあるのが、傷を感じる層です。針で刺されたり切られたりすると、通っていた液体金属の道が途切れ、電気抵抗が跳ね上がります。この跳ね上がりが、そのまま「痛み」の信号として扱われます。

その下にあるのが、触覚と近接を感じる層。触られたことに加えて、近づいてくる物も検知します。

層を分けたことに意味があります。一枚のセンサーですべてを兼ねると、「そっと触られた」のか「切られた」のかを区別しにくい。傷の検知を専用の層に切り出しておけば、日常的な接触と本当の損傷を、別々の信号として受け取れます。

タン助教は、体の中で痛みが果たしている役割を、被害が広がる前に対処させるための警報だと説明しています。水中の電子機器にも同じ能力を持たせ、傷ついたことを自分で察知して修復を始められるようにしたい——というのが研究の出発点です。

電磁誘導を利用した自己発電型の感知

下の層には、小さな磁石と、液体金属で作ったコイルが隣り合って入っています。表面が押されたり、近くで物が動いたりすると、磁石とコイルの位置関係がずれる。磁場が変化すればコイルに電圧が生まれます。発電機や変圧器と同じ、電磁誘導です。

つまり、動きそのものが信号になります。触覚センサーに電気を流し続けておく必要がない。海の中は電池の交換も充電も簡単ではないので、これは効きます。ただし、電源が要らないのはセンサー部分だけで、無線通信やLEDなど周辺の電子部品には別途電気が必要です。

反応の速さは約41ミリ秒でした。NUSの発表では、まばたきのおよそ10倍速いという言い方をしています。1万回押しても出力は安定していました。1万回というのは、この種の電子皮膚の耐久性を確かめるときによく使われる目安の回数です。

空気中を上回る修復効率

ここが今回の中心です。

修復の仕掛けは、エラストマーの分子構造にあります。分子どうしの結びつきに、切れても組み直せるタイプのつながり(可逆的な相互作用)が仕込んであり、傷ついた面と面がふたたび触れ合うと、両側の分子が自然に手をつなぎ直します。

傷の大きさで、話は変わります。針で刺した程度なら、放っておくだけで数秒のうちに電気的な性能が元に戻ります。ここは外から何もしなくてよい。一方、はっきり切れてしまった場合は、断面を軽く押し当ててやる必要があります。押し当てると修復が始まり、そこから時間をかけて機能が戻る、という流れです。

数字はこうです。伸ばしたあとの弾性回復は最大92%。軽く温めた条件で、空気中なら7日で修復効率がおよそ82%、水中なら10日でほぼ100%まで戻りました。水に浸けたまま10日置いても、近接センサーとしての性能は変わらなかった。この浸漬試験には、海水の成分を模した水を使った条件も含まれています。

水中で数字が伸びるのは、素材の世界では珍しい部類です。接着剤にしても自己修復材料にしても、水はふつう修復のじゃまをします。むき出しになった面に水の分子が先に入り込み、本来くっつくはずの相手をふさいでしまうからです。それがここでは起きていない。なぜこの素材では水が邪魔にならないのか、発表資料からは細部まで読み取れませんが、水中でも機能を取り戻せること自体は実験で示されています。

ダイビング用グローブとロボットハンド

実際に何ができるのかを示すため、試作が2つ作られました。

1つめはダイビング用のスマートグローブです。指先ごとにセンサーが仕込まれていて、手の形を変えると指先の電圧パターンが変わる。それをBluetoothでスマートフォンに送ります。用意された合図は5つで、「異常なし」「浮上する」「潜行する」「保持」「助けて」。水の中では声が使えず、板に書くのも手間なので、手ぶりだけで状態を伝えられるのは実用的です。グローブには赤いLEDも付いていて、傷を感じる層が深刻な損傷を検知すると点灯します。

2つめは、水中で物をつかんで運ぶロボットハンド。表面をSMESで覆ってあり、作業中に鋭い貝殻で刺されたことを自分で検知しながら動きます。損傷の具合は3色のLEDで示され、緑が正常、黄色が自力ですぐ治る軽い傷、赤が人の手を要する深刻な損傷、という信号機の配色になっています。試験では、突き刺し傷を検知して回復しながら、物をつかんで運ぶところまでこなしました。

チームが見ているのはその先です。パイプラインを手探りで点検する水中ロボットが、障害物の接近に気づき、外装が破れたことを自分で認識し、その場で傷んだセンサーを立て直す——といった使い方が想定されています。水中に限らず、柔らかいロボット、義肢、装着型の機器のような人と機械が触れ合う場面も視野に入っています。タン助教は、何が起きるかわからない環境でも、周囲を感じ取り、傷ついたことに気づき、機能を取り戻せる柔らかい機械を作ることが最終的な目標だとしています。

解釈上の留意点

いくつか、そのまま受け取らないほうがいい点があります。

まず、これは試作の段階の研究です。「自分で治る皮膚が実用化された」わけではありません。実験室で仕組みが成り立つことを示したところまでで、深海のロボットに何年も貼りついていられる完成品ではない。周辺の電子部品まで同じ環境に耐えられるようにする必要がある、という点は研究者側も認めています。

修復にかかる時間も、ひとくくりにはできません。数秒で戻るのは針で刺した程度の小さな傷の電気的性能で、はっきりした切断はまず断面を押し当てる操作が要り、完全に機能が戻るまでは日単位です。放っておけば勝手にくっつく、という話ではありません。

「水中のほうがよく治る」という比較にも、条件の差があります。82%は空気中で7日、ほぼ100%は水中で10日と、置いた日数がそろっていません。同じ日数で並べた比較ではない点は、頭に置いておいたほうがよさそうです。加えてこれらの数値は、軽く加熱した条件で得られたものです。常温で放置しただけの値ではありません。

浸漬試験の「海水」も、実際の海ではなく成分を模した水です。10日という期間も、実海域で何か月も使い続けるのとは別の話になります。

出典

論文:Xuan Zhang ほか「A Self-Healing Magnetoelectric Sensor with Pain Sensing for Underwater Soft Electronics」Advanced Materials, 38(28), e23052(2026年4月18日)DOI: 10.1002/adma.202523052

プレスリリース:NUS College of Design and Engineering「NUS CDE researchers develop electronic skin that senses and self-heals under water」(2026年7月17日)

報道:New Atlas「Magnetoelectric underwater skin senses damage, repairs itself」(2026年8月4日)

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