世界の蝶の10種に1種が引っ越していた——15の言語をまたいで集めた6,182件の記録から

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庭で見かける蝶の顔ぶれは、意外と入れ替わります。子どものころ図鑑で「南の蝶」として覚えた種類が、いつのまにか近所を飛んでいる。そういう感覚を、世界規模の数字で裏づける研究が発表されました。

オーストラリアのモナシュ大学を中心とする国際チームが、世界の蝶1,758種の分布記録を集め直したところ、およそ10種に1種が住む場所を変えていたことが分かりました。論文は2026年8月5日、Nature Ecology & Evolution に掲載されています。

「10種に1種」という報告

まず数字の輪郭から。チームが扱ったのは1,758種で、これは知られている蝶の種類のおよそ10%にあたります。対象になったのは105の国と地域。集めた「分布が動いた」という記録の件数は6,182件でした。

内訳を見ると、調べた種のうち約80%が分布を広げ、27%が縮め、22%が標高方向(山の斜面を上か下へ)に動いていました。足すと100%を超えますが、これは計算間違いではありません。ひとつの種が「広げつつ、別の側では縮めている」というように、複数の動きを同時に見せる例が多いためです。研究チームもこの点をわざわざ断っています。

そして、記録された分布変化のうち79%は、気候変動と異常気象に結びつけられていました。残りの理由として大きいのは、農地の拡大、林業、都市化、生息地の破壊です。気候だけの話ではない、というのがチームの立場です。

蝶の記録に残っていた偏り

蝶がどこに住んでいるかという記録は、実は世界中に散らばっています。学術論文にもあれば、地域の観察会の記録簿にもあり、長年その土地を見てきた専門家の頭の中にもある。ただ、それらは形式もばらばらで、しかも英語で書かれているとは限りません。

結果として、これまでの研究は「記録がよく残っている場所」に引っぱられてきました。ヨーロッパと北アメリカには、市民が参加する長期の蝶モニタリング(定点観測)の仕組みが根づいていて、何十年ぶんもの記録があります。一方で、蝶の種類がずっと多いはずの熱帯地域には、比べられるだけの記録がない。

その差は数字にもはっきり出ています。チェコ、フィンランド、ルクセンブルク、スペイン、スウェーデンでは、国内に生息する蝶の半分以上について分布変化の記録がありました。ところが大半の国では、記録が残っているのは全種の10%にも届きません。

15の言語と68人の専門家

そこでチームが取った方法が、この研究のもうひとつの見どころです。英語の論文だけを追うのをやめ、15の言語で書かれた文献を探しました。集まったのは565本の研究。さらに、49か国の蝶の専門家68人から直接、地元の知見を提出してもらいました。論文になっていない観察も含めて拾い上げた形です。

論文の要旨では、この点がはっきり結論として書かれています。分布変化の全体像は、いろいろな種類のデータを組み合わせてはじめて見えてきた——専門家の見立てと非英語の研究が、偏りをやわらげた、と。世界の生物の記録は、思っているよりずっとばらばらの場所に眠っているわけです。

「北へ、上へ」に収まらない動き

上の絵のような光景を、多くの人は「暖かくなったから、蝶は北へ、あるいは山の上へ逃げている」と説明すると思います。実際そういう動きは起きていますし、この研究でも確認されています。

ただ、著者たちはそれが「パズルの一片にすぎない」と書いています。今回いちばん意外だったのは、動きの向きが場所によってきれいにそろわないことでした。

たとえば水平方向の分布拡大は、すべての大陸で記録されましたが、件数がとくに多かったのは熱帯の国々です。逆に「分布が縮んだ」は、ヨーロッパや北アメリカのような温帯でよく見られました。標高方向の移動にいたっては、記録のほぼすべてが北半球に偏っています。熱帯では標高方向の変化がほとんど記録されていないのですが、これは「起きていない」のか「見られていない」のか、まだ区別がつきません。

同じ山で逆向きに動いた二種

もっと分かりやすい例が、メキシコにあります。1988年から2011年までの同じ期間に、ヒメアカタテハは山の斜面を年およそ83メートルずつ登っていきました。ところが同じ期間、同じ地域で、オオカバマダラの近縁種であるクイーンバタフライは年およそ32メートルずつ下っていたのです。

気温だけを見れば、両方とも上へ行くはずです。そうならないのは、蝶が気温だけで住む場所を決めていないからでした。幼虫は決まった植物しか食べないことが多く、成虫には蜜のある花と、隠れる場所と、卵を産める安全な場所が要ります。さらに、個体が行き来して出会えるだけの、つながった環境も必要です。どれかひとつが欠ければ、そこは涼しくても住めません。

つまり、蝶の引っ越しは「暑いから涼しいほうへ」という一本の矢印では描けない。同じ山の同じ斜面で、上がる種と下がる種が同時にいる——これが今回の研究がいちばん強く示したことでした。

拡大と縮小の同時進行

この見方を踏まえると、「80%が分布を広げた」という数字の読み方にも注意が要ります。分布が広がることと、その種が増えることは、別の話です。

インド亜大陸が原産のタウニーコスター(Acraea terpsicore)は東南アジアを通ってオーストラリアまで広がりました。ブラジルでは、リオデジャネイロとバイーアにいた種がサンパウロまで分布を伸ばしています。一方、イギリスのヒメシジミの仲間スモールブルー(Cupido minimus)は、この150年で生息地の40%を失いました。ドイツでは、湿原の水を抜いて農地に変える工事が進み、クランベリーを食草とするヒョウモンチョウの仲間が生息地の多くを失っています。ルーマニアでは農地の拡大が、あるモンキチョウの仲間の分布を大きく縮めました。

そして多くの種では、この広がりと縮みが同じ種の中で同時に起きています。地図の片側で新しい土地に進出しながら、反対側では住めなくなっている。「引っ越し」という言葉がしっくりくるのは、そのためです。

日本におけるナガサキアゲハの北上

身近な例としては、ナガサキアゲハがよく知られています。名前のとおり長崎で見つかった南方系の大きな黒いアゲハで、日本が分布の北限です。

国立環境研究所の資料や国土交通省の「河川水辺の国勢調査」の記録によると、この蝶は1920年代までは四国南部と九州以南にしかいませんでした。それが1980年代初頭には近畿地方、1997年には静岡県浜松市、2000年までには神奈川県や埼玉県でも目撃されるようになります。年平均気温がおよそ15℃を超えた地域に分布が現れる、という相関も報告されています。

ただし、これは今回の国際研究が日本について報告した内容ではなく、国内で別々に積み重ねられてきた調査の結果です。世界の傾向と日本の状況を、そのまま同じものとして重ねないほうがいいでしょう。

白いまま残る地図

上の絵のような熱帯の森こそ、この研究が最後に指さした場所です。中央アフリカ、東南アジア、ニューギニア、アマゾン盆地。いずれも地球上でとくに生き物の種類が多い地域でありながら、蝶の分布記録がほとんどありません。

そして厄介なのは、これらの地域の蝶が、すでに耐えられる暑さの上限近くで暮らしている可能性が高いことです。わずかな気温の上昇でも、住める場所が住めなくなる。しかも土地利用の変化が生息地を細かく分断していて、移動して条件の合う場所を探すこと自体が難しくなっています。

論文に添えられた地図では、記録がまったく得られなかった国は白く塗られています。研究チームは、この白は「変化が起きていない」ではなく「見ていない」を意味する、と念を押しています。ヨーロッパの数字が高く出るのは、実際に変化が大きいことに加えて、長期の観測体制があるぶん見つかりやすいから。熱帯の数字が低いのは、変化がないからではなく、データが足りないから。ここを取り違えると、話が反対になってしまいます。

過去の分布図に立つ保護区

もうひとつ、著者たちが強調しているのが保護区の話です。世界各地の保護区の多くは、「その種が過去にどこにいたか」という地図をもとに線が引かれています。

けれど生き物が動いているなら、その地図はどんどん古くなります。守っている場所に、守りたい種がもういない、ということが起こりうる。だから保護は、かつて住んでいた場所だけでなく、これから移っていく先と、そこへたどり着くための通り道までを含めて考える必要がある——というのがチームの主張です。

解釈上の留意点

いくつか、押さえておきたい線引きがあります。

ひとつめ。今回の対象は既知の蝶のおよそ10%です。残る90%がどうなっているかは分かっていません。「世界の蝶の10種に1種が動いた」という言い方は、あくまで調べられた範囲での話になります。

ふたつめ。この研究は、既に発表された研究や専門家の見立てを集めて分析する手法(メタ分析)です。もとになった研究の質や、地域ごとの調査量の偏りが、そのまま結果に影響します。著者たち自身が、その偏りをどう減らしたかを論文の要旨で説明しているのは、そこが弱点になりうると分かっているからです。

みっつめ。原因の内訳です。記録された分布変化の79%が気候変動と異常気象に結びつけられた一方で、農業・林業・都市開発・生息地破壊も大きな要因として挙げられています。気候変動だけの物語にはできません。

なお、この研究には査読前の版(プレプリント)が2025年に公開されており、そこでは対象が109か国、拡大した種の割合が81%と書かれていました。掲載された論文では105の国と地域、80%になっています。数字を引くときは、掲載版のほうを使うのが確実です。

蝶が動いているという事実そのものは、もう議論の対象ではなくなりました。分からないのは、記録の届いていない場所で何が起きているか、のほうです。庭で見慣れない蝶に出会ったとき、それが小さな発見であると同時に、どこかで住めなくなった場所があるという知らせでもある——研究チームが伝えたかったのは、たぶんそういうことなのだと思います。

出典

Chowdhury, S. et al. “Extensive climate-induced range shifts in butterflies across the globe.” Nature Ecology & Evolution (2026)(論文本体・DOI)

The scale of butterfly range shifts is far greater than previously known—affecting every continent(イエナ大学プレスリリース)

Butterflies are on the move as the planet warms: new research(著者自身による解説・Monash Lens)

Butterflies Around the World Are Moving to New Habitats, Largely Because of Climate Change, a Study Suggests(Smithsonian Magazine)

北原正彦「チョウの分布域北上現象と温暖化の関係」地球環境研究センターニュース(国立環境研究所・PDF)

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