「ボストン茶会事件の遺品」は、広東語で読んだ瞬間に正体が変わった

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ボストンの街なかにあるオールド・サウス集会所に、中国語で書かれた紙のラベルが展示されています。茶箱に貼られていたもので、1773年のボストン茶会事件のときに現場から持ち帰られた——そう説明されてきました。ところがMITの歴史家がこれを一年かけて調べたところ、作られたのは事件のおよそ100年あとだと分かりました。しかも決め手になったのは、科学分析でも古文書でもなく、書かれている漢字を「どの言葉で読むか」でした。

集会所に飾られていた中国語のラベル

調べたのはマサチューセッツ工科大学(MIT)の歴史学者トリスタン・ブラウン氏です。専門は中国史で、社会があることを「知識」として受け入れていく過程を研究してきました。アメリカ史はふだんの守備範囲ではありません。

きっかけは2024年、学術誌『アメリカン・ヒストリカル・レビュー』が出した企画の公募でした。アメリカ独立宣言の年である1776年にちなみ、独立革命にゆかりのある76点の物品について論考を書いてほしい、という呼びかけです。専門外だからこそ面白そうだと考えたブラウン氏の頭に浮かんだのが、以前オールド・サウス集会所を訪ねたときに見た、あの中国語のラベルでした。

オールド・サウス集会所は、植民地の人々が英国政府への抗議を相談するために集まった建物です。茶会事件の夜も、人々はここに集まってから港へ向かいました。ラベルは1987年、ボストンの鍛冶屋トマス・ウェルズ(1746–1810)の子孫から寄贈されたもので、常設展示として長年、来館者を迎えてきました。

物証が極端に少ない事件

そもそもボストン茶会事件とは、1773年12月16日、英国議会が課した茶への税に抗議して、変装した植民地の人々が港に停泊中の船に乗り込み、300箱を超える茶を海に投げ捨てた出来事です。この一件が本国との対立を深め、独立戦争へ向かう空気をつくっていきました。

ここで押さえておきたいのが、この事件は当時の法では重大な犯罪だったという点です。参加した人たちは正体を隠す強い理由があり、実際、誰が加わったのかを完全に示す名簿はいまも存在しません。当然、その場から持ち出された品もほとんど残っていません。だからこそ「茶会事件の現場から」と伝わる品は、数少ない物的なつながりとして重く扱われてきました。

ウェルズ家に伝わってきた話では、トマス・ウェルズが茶箱からラベルをはがして記念に持ち帰ったとされていました。この話は1900年代初頭には地元紙にも載っています。家族のあいだで語り継がれ、新聞が書き、記念行事の中で繰り返され、やがて博物館の解説になる。裏づけのない言い伝えが、いつのまにか確からしい歴史の顔をするようになった、という流れです。

ラベルそのものは、以前にハーバード大学や大英博物館に関わる研究者たちも見ています。ただし、茶会事件の遺品だと確定させる証拠は出ず、かといって18世紀のものではないと否定もできませんでした。ブラウン氏自身、調査を始めた時点では本物だと考えていたといいます。中国とのつながりを持たないアメリカの一家が、その地域で取引されていた茶の銘柄を正式な中国語で並べたラベルを持っていること自体、偽物にしては手が込みすぎている、というのがその理由でした。

読みを変えた瞬間に現れた商社名

ブラウン氏は二つの作業を同時に進めました。ラベルが誰の手をたどってウェルズ家に入ったのかという来歴調べと、そこに書かれた中国語を読み解く作業です。

行き詰まっていたのは後者でした。文面の一部が、ふつうの中国語の文章としては働いていないことは分かる。ただ、それが何なのかが見えない。

転機は、先行研究の「読み方」を疑ったところで訪れます。それまでの翻訳はすべて、中国の北部を基盤とする標準語、つまり北京語(マンダリン)で漢字を音読みしていました。ブラウン氏は、問題の文字列が意味ではなく音を表すために当てられているらしいと気づき、広東語で読み直してみます。

漢字を意味ではなく音として使う書き方は、日本語の当て字とほぼ同じ発想です。「亜米利加」を一字ずつ意味で読んでも何も出てこないのと同じで、音で読まないと正体が分かりません。中国語圏でも外国語を書き取るときには同じことをします。そして音である以上、どの方言で読むかによって、浮かび上がる言葉はまったく別物になります。

広東語で読み直した文字列は、「Smith, Archer」という音になりました。19世紀にニューヨークを拠点とし、1860年代から70年代にかけて東アジアの港に拠点を置いていた輸出入商社、スミス・アーチャー商会です。中国と日本の茶を仕入れ、アメリカ市場へ送っていた会社でした。

そして当時、茶の取引の現場で実際に使われていた言葉が、まさに広東語でした。北京語で読んでいるかぎり、この名前は絶対に出てこなかったわけです。つまりラベルは、1770年代の厳しく管理された広州の貿易体制のものではなく、19世紀の太平洋をまたぐ商いの世界に属していた——年代が、およそ100年動きました。

横浜まで伸びていた糸

会社名が分かると、調べる場所が決まります。ここから先は、デジタル化された商業名鑑や新聞のアーカイブが効きました。検索できる形になった資料を横断することで、スミス・アーチャー商会の足取りを東アジアの港ごとに追え、ウェルズ家の言い伝えがどう育っていったのかも新聞紙面でたどれるようになったからです。

ラベルにはもうひとつ、袁天保(えん・てんぽう)という広東出身の商人の名も記されていました。ブラウン氏はこの人物を、1860年代の横浜まで追っています。ボストンの博物館にある一枚の紙が、幕末の開港場につながっていたことになります。

ではラベルはどうやってウェルズ家に入ったのか。浮かび上がったのは、ジョン・ミルトン・ウェルズという親族でした。1848年から1855年のゴールドラッシュの時期にミシガンからサンフランシスコ湾岸へ渡り、金は掘り当てられずに帰郷したものの、その後は食料品商として商業名鑑に「カリフォルニア・ティー・ストア」と記録される店を営んでいます。アジア産の茶を宣伝する当時の広告カードも残っていました。家族の手紙、国勢調査の記録、地元の商業名鑑を突き合わせると、東アジアの茶商向けに作られたラベルが中西部の一家の手元に届く道筋が見えてきます。茶会事件の夜ではなく、19世紀の茶の商売を通って入ってきた、というのが最も自然な説明でした。

革命の由緒がまとわりついたのは、そのあとだとブラウン氏は考えています。独立から100年の記念行事が続いた1870年代、多くのアメリカの家庭が建国期とのつながりを語りはじめた時期です。ちなみに1876年の建国100周年のころには、茶会事件の参加者の子孫を名乗る人たちが次々と現れ、家に伝わる品を披露するようになっていました。

由来が変わっても下がらない価値

気をつけたいのは、これは「偽物が見つかった」という話ではないことです。ラベル自体は正真正銘の19世紀の商業文書で、誰かがでっち上げた品ではありません。間違っていたのは、その紙に添えられていた由来の言い伝えのほうです。

ブラウン氏の論文の言葉を借りれば、これは19世紀の商業文書が、のちに革命の由緒を身にまとったもの、ということになります。19世紀の世界貿易、アジアからの移民、そして家族が語り継ぐ物語。この三つが組み合わさって、独立革命の記憶を裏づけるように見える品そのものを作り出していった——ラベルはその過程を示す資料として読める、というのが氏の見立てです。

調査にあたって、ブラウン氏はウェルズ家の人々と密に協力しています。とくにチャールズ・ウェルズ氏について、先祖の遺したものと真実の両方を大切にしてくれた協力者だとして、「これは私の発見であると同時に彼らの発見でもある」と述べています。証拠が革命の時代から離れていく過程は、学術的な厳密さと同じくらい、人への配慮を必要とする作業でもありました。

ラベルは1773年の夜を見ていません。それでも、中国とアメリカ大陸の長い交易を記録する資料であり、アメリカ人が自国の過去を語るときに中国をどう引き合いに出してきたかを示す品でもある、とブラウン氏は言います。海に捨てられた茶そのものが中国から来ていたことを思えば、間違った言い伝えの下にも、ひとつの事実は残っているとも言えます。

解釈上の留意点

いくつか補足しておきます。まず、ウェルズ家の側が意図的に来歴を捏造したという指摘は、どの資料にも出てきません。言い伝えが繰り返されるうちに確かなものとして扱われていった、という話です。

また、ラベルの上で「Smith, Archer」と読める具体的な漢字については、論文本文が有料公開のため、ここでは触れていません。MITの発表とスミソニアン誌の記事はどちらも文字列そのものを示していないため、確認できた範囲にとどめています。なお、MITの発表は成果をオープンアクセスと表現していますが、出版社のページでは購読者向けの扱いになっており、本文を読むには購読か購入が必要です。

スミス・アーチャー商会の実在については、別の歴史研究でも中国と日本の複数の港で営業していた商会として言及されており、独立した裏づけがあります。一方、オールド・サウス集会所が今後この展示の解説をどう変えるのかは、現時点では公表されていません。

出典

研究論文(『アメリカン・ヒストリカル・レビュー』第131巻2号、2026年6月号794–799ページ、オンライン公開2026年7月3日/購読者向け):Tristan G. Brown, “Tea Chest Label,” The American Historical Review

MITの発表(無料):The mystery of the Chinese tea chest label(MIT News)

報道(無料):A Historian at MIT Discovered the Surprising Truth About This Chinese Label…(Smithsonian Magazine)

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