サルは「ペット」を飼うのか——88種の霊長類が、127種の動物と親しくしていた

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上海動物園のテナガザルの飼育場に、一匹のネズミが迷い込みました。ふつうなら、追い払われるか、食べられるかのどちらかです。ところがメスのテナガザルはネズミをそっとすくい上げ、手のひらに乗せて、やさしくなでていました。その場に居合わせたオックスフォード大学の進化生物学者 Cyril Grueter 氏は、自分が何を見ているのか分からなかったと振り返っています。

この場面をきっかけに、Grueter 氏らの国際チームは、世界中の記録をかき集める作業を始めました。霊長類が、種の違う動物とおだやかに関わった事例を、論文・写真・動画・研究者への聞き取りから拾い出す。集まったのは427件でした。成果は学術誌『Primates』に2026年7月21日付でオンライン公開されています(オープンアクセス・査読済み)。

集められた427件の記録

データの集め方は三本立てです。学術文献から303件、報道や公開されている写真・動画から58件、そして世界の霊長類研究者への聞き取り調査から66件。アンケートは約250人に送られ、37人が回答しました。

関わった霊長類は88種。相手側は127種にのぼります。ただしここは注意が必要で、127種のうち72種は他の霊長類です。純粋な「サル以外の動物」は55種で、哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類のほか、エビやカニの仲間、昆虫まで含まれていました。組み合わせの数にすると204通りです。

舞台は野生が311件、動物園などの飼育下が111件。野生の事例のうち9割以上は相手も野生動物でしたが、人里の近くではイヌ(26件)、ブタ(2件)、ネコ(2件)といった家畜も相手になっていました。

毛づくろいと遊びに偏る内訳

行動の種類は17に分類されました。もっとも多かったのは遊びで139件、次いで毛づくろいの136件。この二つで全体の半分以上を占めます。抱く、運ぶ、寄り添う、食べ物を分ける、背中に乗る——そういった行動も記録されていました。

誰が先に近づいたのかが分かる219件を見ると、霊長類の側から始めたものが144件(66%)。互いに近づいたものが72件で、相手の動物のほうから始めたのはわずか3件でした。関わりたがっているのは、ほぼ一方的にサルの側です。

年齢と性別でも傾向がはっきり分かれました。成体のオスは、ほかのどの区分よりも親和的な行動が少ない。逆に成体のメスがもっとも多く、その中身は毛づくろいに偏ります。子どもや赤ちゃんはというと、圧倒的に遊びでした。同じ種の仲間と接するときの発達のパターンが、そのまま種の壁を越えて出ている格好です。

日本にも、よく知られた組み合わせがあります。野生での事例で件数がもっとも多かったのはコスタリカのシロガオオマキザルとクモザルの19件で、その次が屋久島のニホンザルとニホンジカ——12件です。サルが木の上で落とした果実や葉をシカが食べる、という食事のおこぼれから始まった関係が、毛づくろいや、背中に乗る行動にまで広がっています。論文には、屋久島でシカの背にまたがるニホンザルの写真が掲載されています。

こうした行動を見ていると、ひとつの説明が自然に浮かびます。人がペットをかわいがるとき、丸い頭や大きな目といった「赤ちゃんらしい特徴」に反応している、という考え方です。動物行動学ではベビースキーマ(幼児図式)と呼ばれ、コンラート・ローレンツが1943年に提唱して以来、世話をしたくなる気持ちの引き金として広く語られてきました。サルが他種の動物を世話するのも、相手が小さくて幼いからではないか——研究チームも、そう予想していました。

支持されなかった「赤ちゃん顔」仮説

ところが、データはその予想に従いませんでした。

相手の年齢が分かっている81件を調べたところ、大人の個体に向けられたものが44件、幼い個体に向けられたものが37件。統計的に意味のある差はありません。さらに、行動の主が成体のメス——つまり「もっとも世話をしそうな相手」——に限って34件を取り出すと、結果はむしろ逆に振れました。大人の相手が25件に対し、幼い相手は9件。今度ははっきりした差が出て、成体のメスは大人の動物のほうを選んでいたのです。

論文はこれを「予想に反して」と書いています。つまり、幼く見えることが世話の引き金になっている、という筋書きは、少なくともこのデータからは支持されなかった。

では何が交流を生んでいるのか。研究チームが代わりに挙げるのは、行動の相性です。似た仕草をする、相手の合図が読める、体の大きさが釣り合っている——そういった「通じ合いやすさ」のほうが効いているのではないか、と。実際、交流が多かったのは同じ科に属する霊長類同士でした。近い種ほど、鳴き声も身振りも似ていて、誤解が起きにくい。

もうひとつ挙げられているのは、相手の見た目そのものの事情です。イヌやブタのように人と暮らしてきた動物は、大人になっても丸みのある顔立ちを残していることが多い。だとすれば、幼いかどうかで区別する必要が、そもそもなかったのかもしれません。

ペット飼育との距離

ここまで読むと、サルもペットを飼っている、と言いたくなります。しかし研究チーム自身が、そこにはっきり線を引いています。

論文の結論部にあるのは、記録された交流のほとんどは一時的なものであって、長い付き合いを前提とする人間のペット飼育とは対照的だ、という一文です。ネズミをなでたテナガザルも、シカの背に乗るニホンザルも、その相手を継続的に世話しているわけではありません。

とはいえ、長く続いた例がまったくないわけでもありませんでした。ブラジルでは、野生のフサオマキザルの群れがコモンマーモセットの赤ちゃんを引き取り、10か月以上にわたって育てた記録があります。二頭のメスが順に「養母」の役を務め、群れの他の個体も受け入れていました。イスラエルの動物園では、飼育場に迷い込んだニワトリをクロザルが世話し続けた例が報じられています。手話を学んだゴリラのココが、子ネコのオールボールを抱きかかえ、毛づくろいし、守るようなしぐさを見せたのも1980年代のことでした。

研究チームの見立ては、控えめです。好奇心、他の種への寛容さ、世話をしたがる気持ち、そして探索的な遊び——ペット飼育を成り立たせているこうした性質は、人間になって突然現れたのではなく、もっと深いところに根を持っているのかもしれない。Grueter 氏は、これらの行動が人と動物の付き合いが生まれる土台の一部だった可能性を指摘しています。飼っているのではなく、飼うために必要だったものを、すでに持っている。それが、この研究が言えるぎりぎりの範囲です。

解釈上の留意点

この数字の読み方には、いくつか注意が要ります。まず427件は、こうした行動がどれくらいの頻度で起きているかを示すものではありません。フランス・ストラスブール大学で動物行動を研究する Cédric Sueur 氏は、ばらばらだった珍しい記録が問い直せるデータになったことを評価しつつ、この数字が表しているのは行動の頻度ではなく、研究者とカメラがどこにいたかだ、と指摘しています。Sueur 氏は屋久島のニホンザルとシカを研究してきた立場ですが、今回の論文には加わっていません。

論文自身も同じ限界を挙げています。データの出どころが文献・メディア・アンケートと不揃いであること。長く観察されてきた種と、ほとんど調べられていない種で記録の量が違うこと。特にメディア由来の記録は、目を引くもの・人間くさく見えるものに偏りやすいこと。研究チームは、この論文を頻度の推計ではなく、今後の仮説を立てるための土台として読んでほしい、と書いています。

それから、おだやかな交流ばかりではありませんでした。乱暴な扱いにあたる事例が26件記録され、そのうち21件は霊長類以外の動物に向けられています。手荒に扱われた結果、相手が死んでしまった例も13件ありました。鳥が7件、センザンコウが2件、イエネコが1件、そして霊長類が3件。ただしこれらは、必ずしも敵意から起きたわけではないと論文は述べています。世話をしようとして加減を誤った、あるいは遊びのつもりだった——そういうものが混じっている、と。

Sueur 氏が次に見たいと言っているのは、相手側から見た風景です。今分かっていることのほとんどはサルの側から測られたもので、シカもイヌもブタも、背景として扱われている。屋久島のような関係を二つの種が共有する文化として見るなら、片側だけ観察していては足りない——というのが、その主張です。

出典

Heterospecific social behavior in primates: insights into the evolutionary roots of pet-keeping(Primates, 2026)(オープンアクセス)

オックスフォード大学 プレスリリース(2026年7月29日)

Do Monkeys Keep Pets?(Smithsonian Magazine, 2026年8月18日)

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