ネアンデルタール人はアラビアの砂漠を歩いていたのか——5万5千年前の石器が示す状況証拠

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サウジアラビア北部のネフド砂漠に、ジュッバという町があります。その近くの「JKF-1(ジェベル・カテフェ1)」と呼ばれる遺跡から、大量の石器が見つかっています。この場所、いまは乾いた砂漠ですが、かつては湖のほとりでした。

問題は、この石器を「誰が」作ったのかです。2026年8月12日、学術誌 Quaternary Science Reviews に発表された論文が、この問いにひとつの答えを出しました。マルタ大学の Huw Groucutt 氏らを含む研究チーム(筆頭著者はリバプール大学などに所属する James Blinkhorn 氏)による分析で、作り手として浮かび上がったのは、意外な顔ぶれでした。

寒冷地の人類という従来の見方

ネアンデルタール人といえば、がっしりした体つきで氷期のヨーロッパを生き抜いた、寒さに強い人類——長らくそういうイメージで語られてきました。実際、化石の多くはヨーロッパから見つかっており、「寒冷地に適応した、主にヨーロッパの人類」というのが教科書的な理解でした。

その見方は近年、少しずつ揺らいでいます。ヨーロッパから数千キロ離れたシベリアや、中東からもネアンデルタール人の痕跡が見つかり、行動範囲は思ったより広かったらしいと分かってきたからです。

それでも、アラビア半島は別でした。ここからはネアンデルタール人の骨も、DNAも、一度も見つかったことがありません。灼熱の乾燥地帯は、寒さに強い人類のテリトリーからいちばん遠い場所に思えます。JKF-1の石器についても、これまでは「9万〜5万年前のどこか」という幅の広い年代しか分かっておらず、作り手を絞り込む手がかりが足りませんでした。

剥片の形が示した作り手

骨もDNAもない。それなら石器そのものに語らせよう——というのが今回の研究です。

研究チームが注目したのは、剥片(はくへん)の形でした。剥片とは、石の塊から打ち欠いて剥がした、刃物として使える薄いかけらのことです。実は、同じ剥片でも、ネアンデルタール人が作ったものとホモ・サピエンスが作ったものでは、形の傾向が微妙に違います。チームはアラビア半島、レバント地方(地中海東岸)、北東アフリカの各遺跡から、作り手がはっきり分かっている剥片を何百点も計測し、その形の違いから「この石器群はどちらが作ったか」を判定する統計モデルを組み立てました。

このモデルをJKF-1の石器(と、近くにあるALM-3という小さな遺跡の石器)に当てはめたところ、結果ははっきりしていました。ホモ・サピエンスよりも、ネアンデルタール人が作ったものにずっと近かったのです。

年代も絞り込まれました。チームはJKF-1に新しく発掘溝を掘り、地層の砂粒を「光刺激ルミネッセンス年代測定」という手法で調べています。砂粒が最後に日光を浴びてから、どれだけの時間が経ったかを測る方法です。その結果、石器が使われていたのは約5万5千年前と分かりました。そしてこの年代が、もうひとつの根拠になります。約5万5千年前の南西アジアに住んでいた人類は、ネアンデルタール人だけと考えられているのです。

つまり、寒冷地に適応したはずの人類が、アラビア半島の内陸——これまで知られていた分布よりずっと南——まで足を延ばしていたかもしれない、ということになります。Groucutt 氏は、この発見はネアンデルタール人の行動範囲を大きく南へ、そしてアラビアの開けた環境へと広げるものだと述べています。

状況証拠という位置づけ

ただし、ここは注意が必要です。この結論を直接裏づける骨やDNAは、依然としてアラビアから一片も見つかっていません。根拠は、石器の形が統計的に似ているという一点。つまり状況証拠です。

この研究に関わっていないテュービンゲン大学の考古学者 Knut Bretzke 氏は、Live Science の取材に対して証拠に説得力があると評価しつつも、率直な言葉を残しています。北サウジアラビアにネアンデルタール人がいたと信じるか——はい。それを証明する確かな証拠があるか——いいえ、と。Bretzke 氏は具体的な疑問点も挙げています。統計モデルの比較に使われた遺跡の中には、地表で石器を採集した「表面遺跡」が含まれており、そこの石器は一度の滞在で残されたものではなく、長い年月のあいだに別々の集団が残したものが混ざっている可能性がある、というのです。

Groucutt 氏自身も、化石が見つかれば決着がつくと認めています。ただ、アラビアの暑さでは骨も古代DNAも残りにくく、いまのところ石器がこの地域の遠い過去をのぞく最良の窓だ、とも述べています。

もうひとつ、「砂漠を歩いていた」という言葉のイメージにも補足が要ります。約5万5千年前のこの時期、ネフド砂漠は乾燥期から湿潤期へと変わりつつありました。石器が出た地層は、ちょうど砂漠の砂から湖の堆積物へと切り替わる境目にあたります。つまり湖に水が戻り、砂漠に緑が広がり始めた頃です。アラビア半島にはこうした湿潤な時期が周期的に訪れたことが知られており、「グリーン・アラビア」と呼ばれています。Bretzke 氏は、緑を求めて草食動物が内陸に入り込み、ネアンデルタール人はそれを追ったのではないかと見ています。今の乾ききった砂丘を横断したというより、緑が戻り始めた土地を、獲物とともに南下してきた——そう考えるほうが実像に近そうです。

寒さに強い人類、という一面だけでネアンデルタール人を語れなくなる日が来るのかもしれません。ただし、それを確かめる骨は、まだ砂の下です。

出典

Blinkhorn, J., Groucutt, H. S. ほか (2026). Neanderthals in the desert? Population history best explains Middle Palaeolithic technological heterogeneity in Arabia. Quaternary Science Reviews, 390, 110196.
https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2026.110196

Live Science(2026年8月18日、Olivia Maule 記者)
Neanderthals may have trekked through the Saudi Arabian desert 55,000 years ago, farther south than experts thought possible

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