人気アーティストの新しいアルバムが配信された日、米国では交通事故で亡くなる人がふだんより約15%多かった——そんな研究が、医学誌のJAMA Network Openに掲載されました。発表したのはハーバード大学医学部などの研究チームです。
調べたのは、2017年から2022年のあいだにSpotifyで初日の再生数が最も多かったアルバム10作。テイラー・スウィフトが3作、ドレイクが3作、ほかにバッド・バニー、ハリー・スタイルズ、ケンドリック・ラマー、カニエ・ウェストの作品が入ります。この10作の発売日と、その前後10日間とで、米国内の交通死亡事故の件数を比べました。
音楽の話と交通事故の話が、なぜひとつの研究になるのか。順番に見ていきます。
ながら運転研究の壁
運転中のスマートフォン操作が危ないことは、いまさら言うまでもありません。米国運輸省によると、米国では年間3万5千人以上が交通事故で亡くなっていて、2022年には「注意散漫による事故」だけで3,308人の死者が出ています。
ところが、この「ながら運転」の実態を調べるのは意外と難しいのだそうです。研究チームの一人であるパテル医師(ハーバード大学医学部)は、この分野の研究の多くが運転者の自己申告か、運転シミュレーターに頼っていると指摘します。事故を起こした本人が「スマホを見ていました」と正直に申告するとは限らないし、かといって「半分の被験者には運転中にスマホを触ってもらいます」という実験は、倫理的に許されません。
この研究のきっかけも、パテル医師自身の体験でした。運転中、配信されたばかりの曲を探してスマホをスクロールしていたら、車線からはみ出しかけていたことに気づいた。もし何百万人もの人が同じ日に同じことをしていたら、道路全体ではどれだけの危険になるのか——そう考えたといいます。
アルバム発売日という自然実験
そこでチームが目をつけたのが、人気アルバムの発売日です。
米国には、国内で起きたすべての交通死亡事故を記録する連邦のデータベース(FARS)があります。このデータベースは以前から「スーパーボウルの日に事故は増えるか」「税金の申告期限日はどうか」といった研究に使われてきました。特定の日にだけ何かが一斉に起きるとき、その前後と比べれば、原因の影響を浮かび上がらせられるからです。
人気アルバムの発売日は、まさにその「特定の日」でした。何千万人もの人が、同じ日に、同じ理由で、いっせいにスマホに手を伸ばす。実際、対象の10作が出た日の米国内のストリーミング再生数は平均1億2,330万回で、前後の日の平均8,610万回より約43%多くなっていました。発売日が「国じゅうがスマホで音楽を触る日」であることは、数字の上でも裏づけられています。
研究チームは2017〜2022年の交通死亡事故233,809件を対象に、10作それぞれの発売日と、その前後10日間の死亡事故を比較しました。新譜の配信は金曜に始まることが多いため、曜日のかたよりや、連休・祝日の影響も計算のうえで取り除いています。
発売日に増えた死者の数
結果はこうでした。発売日の交通事故の死者は平均139.1人。前後の日の平均120.9人より18.2人多く、相対的には15.1%の増加です。研究期間全体では、発売日に上乗せされた死者はおよそ182人と見積もられました。

15%という数字は、劇的というほどではないかもしれません。ただ、比べているのは「ふだんの金曜」と「新譜が出た金曜」のような、ほとんど同じ条件の日どうしです。アルバムが1枚配信されただけで、統計にはっきり表れる差が生まれていたことになります。
増え方に現れた偏り
ここまでなら、「新譜が出た日は盛り上がって、飲んで、夜の運転が荒れるのだろう」という説明もできそうです。ところが、増え方の中身を見ていくと、その説明が当てはまりません。
死者の増加は、ひとりで運転していた人に集中していました。飲酒していた運転者より、しらふの運転者のほうで顕著に増えていました。そして、夜間に偏ってもいませんでした。つまり、パーティー帰りの荒れた運転ではなく、昼間に、素面で、ひとりで運転している人が事故を起こして亡くなっている——スマホの画面に目を落とす瞬間がある運転、その分布とぴったり重なる形だったのです。増加は高齢の運転者より若い運転者で大きく、これも新譜を発売日に聴きたがる層と一致します。
チームの一人であるジェナ教授(ハーバード大学医学部)は、それでも仕組みの断定は避けています。曲を探して画面を操作していたのか、音量を上げて周囲の音を聞き逃したのか、新しい音楽そのものに気を取られたのか——死亡事故の記録からは、運転者がその瞬間にスマホを触っていたかまでは分からないからです。ただ、増え方の模様が「お祭り」ではなく「スマホ」の形をしていたこと。ここがこの研究のいちばん面白いところです。
ちなみに、アルバムごとの増え方にはばらつきがありました。10作のうち増加が最も大きかったのはドレイクの作品群で、逆にカニエ・ウェストの「Donda」の発売日には、死者数の目立った変化がほとんど見られなかったそうです。
解釈上の留意点
この研究を読むうえで、外せない注意点がいくつかあります。
まず、これは相関を示した研究であって、因果関係を証明したものではありません。「アルバムのせいで人が亡くなった」と言える段階ではなく、亡くなった運転者たちが実際にその日スマホで音楽を探していたのかも、データからは確認できません。研究チーム自身がその点を明記しています。
また、対象はアルバム10作と、Spotifyという1つの配信サービスのデータだけです。サンプルとしては小さく、これも研究の限界として著者らが挙げています。特定のアーティストや作品に責任があるという話でもありません。同じ日に何千万人がスマホに手を伸ばす「きっかけ」なら、理屈のうえでは大型ゲームの配信開始でも、話題のドラマの一挙公開でも、同じことが起きうるはずです。
そして、これは米国のデータです。走行距離も、スマホ規制も、公共交通の使われ方も違う日本に、15.1%という数字をそのまま当てはめることはできません。
新譜の日の運転への備え
それでも、持ち帰れる教訓ははっきりしています。運転中にスマホで曲を探さない。それだけです。
楽しみにしていたアルバムの配信日ほど、車に乗る前に再生リストを用意しておく。走り出してから聴きたくなったら、停まってから操作する。当たり前のことですが、「何千万人が一斉にやると、統計に死者数の差として表れるくらいの危険」だと分かった以上、当たり前の重みが少し変わって聞こえます。
好きなアーティストの新譜は、聴く前に事故に遭ってしまっては元も子もありません。発売日を無事に楽しむためにも、スマホの操作は駐車場で済ませておきたいところです。
出典
Vishal R. Patel, Christopher M. Worsham, Michael Liu, Anupam B. Jena, “Smartphones, Online Music Streaming, and Traffic Fatalities,” JAMA Network Open, 2026年8月17日公開(DOI: 10.1001/jamanetworkopen.2026.29282)
論文本文(JAMA Network Open・無料で閲覧可)


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