中世のヨーロッパで、ユニコーンの角として売られていたものがあります。ねじれた模様の入った、長くまっすぐな白い棒。毒を消す力があると信じられ、王侯貴族の宝物庫に収められました。その正体は、北極の海に住むクジラのなかま、イッカクの牙です。
この牙、よく見ると妙です。表面にはっきりとねじれた溝が走っているのに、全体としてはまっすぐ伸びている。ねじれた構造が、なぜまっすぐ育つのか。デンマークのオーフス大学を中心とする国際チームが、X線とCTを組み合わせて牙の中身を原子のスケールまで調べ、その理由にあたる構造を報告しました。論文は2026年8月18日付の Nature Communications に掲載されています(査読済み・オープンアクセス)。
海のユニコーンと呼ばれた歯
イッカクは北大西洋と北極海に住む歯クジラのなかまです。上あごに歯を2本持っていて、オスではそのうち左側の1本だけが伸び続け、上くちびるの左を突き破って外に出てきます。これが牙の正体で、つまり角ではなく歯です。残りの1本と、メスの2本は、あごの骨に埋まったままになります。まれにメスに牙が生えたり、オスに生えなかったり、2本とも伸びたりする例も知られています。
長さは2メートルを超えます。イッカクの寿命は80年を超えることがあり、牙は一生のあいだ伸び続けて、長さも太さも増えていきます。
この牙が「ユニコーンの角」として流通していた時代は長く、17世紀の学者オーレ・ウォルムが1655年の著書で、角の出どころはイッカクだと結論づけるまで続きました。デンマーク=ノルウェー王フレデリク3世は、1671年に完成した戴冠式の椅子を、まるごとイッカクの牙で作らせています。コペンハーゲンのローゼンボー城にある実物は、脚の一本一本が牙の左巻きのねじれに沿って彫られています。
ねじれた形とまっすぐな成長
牙の構造は、人の歯と似ていて少し違います。人の歯にある一番外側の硬い層、エナメル質がありません。内側の大部分が象牙質で、その外側を薄いセメント質——ふつうの歯では歯の根っこをあごの骨につなぎとめている組織——が覆っています。イッカクの牙では、このセメント質が根元から先端まで届いていて、表面に見えるあの左巻きのねじれを作っています。
表面のらせんは、牙の面に対して60度から70度の角度で走っていて、牙が太いところほど角度がゆるやかになります。
ここに引っかかりがあります。自然界には、ねじれた形の牙も、曲がった形の牙もあります。ただ、まっすぐな牙は、知られているかぎりイッカクだけです。しかも、そのねじれの向きは、どの個体でも例外なく左巻き。研究に加わったオーフス大学の化学者ヘンリク・ビアケダール氏は、これを「人間が全員左利きだったようなもの」だと表現しています。
見た目がねじれているなら、材料そのものも同じ向きにねじれて並んでいるはずです。ではなぜ、その材料でできた牙は、ねじれていく方向にそれていかず、まっすぐ伸びるのか。ここが長く分からないままでした。
縦に割った牙に残る力
牙の中に何かが起きていることは、標本を扱うときの経験から知られていました。イッカクの牙を長さ方向に真っ二つに割ると、割った半分がひとりでにねじれるのです。
今回のチームも、グリーンランド天然資源研究所が所蔵する6本の牙で、この現象を測っています。根元から先端までのあいだで、半分になった牙は180度以上ねじれました。長いものでは200度を超えます。ねじれの向きは、どれも左方向でした。

上の図のように、切っただけで勝手にねじれるということは、割る前の牙の内部に、ねじりの力がたまっていたことになります。しかもその力は、右と左で釣り合っていて、外からは見えなかった。牙の材料の並び方が、方向によって極端に違っていなければ、こうはなりません。
向きの逆な二重のらせん
チームは、牙の切片にシンクロトロン放射光のX線を当てて走査し、さらにSAXSテンソルトモグラフィーという手法で、内部の並び方を三次元のまま再現しました。牙の材料は、コラーゲンの繊維にハイドロキシアパタイト——骨や歯を硬くしているカルシウムの結晶——が沈着したもので、これがどちらを向いているかを、一辺150マイクロメートルから3マイクロメートルまでの細かさで地図にしていく作業です。
分かったのは、こうでした。繊維の大半は牙の長さ方向を向いている。ただし、まっすぐではなく、ごくわずかに角度がついている。そのわずかなずれが積み重なって、らせんを作っている。
そして、そのらせんの向きが、外側と内側で逆でした。外側のセメント質では左巻き。内側の象牙質では右巻き。二つの層の境目では角度がゼロで、そこから外の表面へ、また内側の空洞へと離れるにつれて角度が大きくなり、最大でおよそ60度に達します。

上の図の左右で、巻いている向きが反対になっているのが、この研究の答えにあたる部分です。つまり、私たちが外から見て「左巻きにねじれた牙」だと思っていたものは、逆向きに巻いた二つのらせんが組み合わさった結果でした。互いに反対方向へねじろうとする力が釣り合うことで、牙は横にそれず、まっすぐ伸びていける——それが、ねじれと直進が同居する理由だと研究チームは説明しています。
じつは1990年代の研究でも、脱灰した牙を引き裂いたときの割れ方から、象牙質の側は右巻きではないかと推測されていました。ただ当時は、ナノメートルの単位まで、しかも立体のまま構造を確かめる方法がなく、推測のままになっていました。
ねじれに強い構造の共通点
この配置は、力に対する強さにも効いていると考えられます。
チームは牙から細い棒を切り出し、長さ方向と横方向の2種類で曲げの試験を行いました。すると、たわみにくさを示す弾性率は、長さ方向で平均17.6ギガパスカル、横方向で10.8ギガパスカル。同じ材料なのに、向きによって1.6倍ほどの差が出ました。折れ方も違っていて、横方向の試料はセラミックのようにパキッと平らに割れたのに対し、長さ方向の試料ではひび割れが途中で向きを変えながら広がっていました。ひびが素直に進まない構造は、割れにくい構造です。
ここは書き方に注意が必要なところで、「向きの逆な二重らせんは、単一のらせんやまっすぐな構造より、曲げやねじれに強い」という部分そのものは、今回の牙で直接比較して測ったわけではありません。繊維を巻いて作る複合材料のパイプなどで以前から知られている性質を、この牙にあてはめた説明です。
ただ、同じ発想が自然界のあちこちに現れているのは確かで、論文では深海のカイロウドウケツ——強い海流に耐えるガラス質の骨格を持つ海綿の一種——が例に挙がっています。ゾウの牙とも比べられていて、こちらは曲がりながら伸びるため、繊維の向きが軸の周りをプラスマイナス15度ほどで行ったり来たりする、合板のような並びになります。まっすぐ伸びるか、曲がって伸びるかの違いが、材料の並び方の違いとして出ているわけです。
年輪として読める成長層
もうひとつ、思わぬ発見がありました。
イッカクの牙の象牙質には、木の年輪のように年ごとの層があります。今回、結晶の性質を調べたところ、この層に沿って結晶のサイズが変わっていました。象牙質の結晶は長さ32〜37ナノメートル、幅5〜8ナノメートルが標準的なところ、特定の層では長さが最大45ナノメートル、幅が11ナノメートルまで大きくなります。長さで2割、幅で4割近い差です。
しかも興味深いのは、そうやって年ごとに結晶の育ち方が変わっても、らせんの向きや角度のほうは乱れないことです。年による調子の良し悪しに左右されない、もっと根本的な仕組みが、らせんを作っていることになります。
ビアケダール氏は、この年ごとの層を読み解いて、一頭のイッカクがどんな環境で何を食べて生きてきたかを牙からたどれるようにしたい、と話しています。北極の海の環境が、牙の中に記録として残っているかもしれないという話です。ただしこれはこれからの課題で、今回の論文の成果ではありません。
未解明のまま残る問い
はっきりさせておきたいのは、今回分かったのは牙の「作り」であって、牙が「何のためにあるのか」ではないということです。
牙の役割は、いまも決着していません。牙を持つのがほぼオスに限られ、体の他の部位に比べて長さのばらつきが大きいことから、メスをめぐる競争に関わる形質だという見方が有力です。一方で、水温や塩分、化学的な変化を感じ取る感覚器ではないかという説もあります。2025年には、イッカクが牙で魚をつついたりひっくり返したりする、遊びのように見える行動が空撮映像で報告されました。
なぜ例外なく左巻きなのか、という問いも残っています。今回の研究で分かったのは「外が左巻き、内が右巻きに並んでいる」という事実で、なぜ生き物がその向きを選ぶのか、牙が育つ過程でどうやってその並びが作られるのかは、まだ分かっていません。論文自身が、牙の成長と発生についての情報が足りないと認めています。
最後に、標本のことにも触れておきます。今回使われたオスの頭骨2体は、グリーンランドのイヌイットの猟師による狩りで得られたもので、適正な市場価格で購入され、ワシントン条約(CITES)の許可を得て輸出されています。イッカク猟はグリーンランドで法的に認められた生業で、現地では今も重要な食料源です。
それと、ローゼンボー城の椅子のような、牙で作られた歴史的な工芸品の保存にも、この発見は関わってきます。牙の内部にたまっているねじりの力は、加工して形を変えた時点で釣り合いが崩れます。何百年も前に彫られた牙が、いまどんな力を内側に抱えているのか。そこを考える手がかりが、ひとつ増えたことになります。
出典
論文はオープンアクセスで、図や動画も含めて誰でも読めます。
Rodriguez-Palomo, A. ほか「The narwhal tusk assembles its macroscopic helix from building blocks with opposing twists」Nature Communications 17, 8098 (2026):https://www.nature.com/articles/s41467-026-75689-z(DOI: 10.1038/s41467-026-75689-z)
Smithsonian Magazine(2026年8月20日):Narwhals Sport Iconic Straight, Spiraled Tusks. Scientists Just Uncovered Some of the Eye-Catching Feature’s Structural Secrets
Nature Portfolio プレスリリース:Biology: Secrets of the narwhal tusk


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