ジュラ紀は、約2億140万年前から約1億4300万年前まで、およそ5800万年続いた時代です。中生代を構成する3つの紀のまんなかにあたり、前が三畳紀、この次が白亜紀になります。
ひとつづきだった超大陸パンゲアが、この時代に本格的に裂けはじめました。大陸のあいだに、いまの大西洋のもとになる細い海が入り込みはじめます。
そしてジュラ紀の陸では、動物の体の大きさが、それまでとまるで違う段階に入りました。体重が数十トン——いまのアフリカゾウを何頭も合わせたほどの植物食動物が、ふつうに歩きまわるようになったのです。
割れはじめた超大陸
パンゲアの分裂は、南北アメリカとアフリカのあいだから始まりました。大陸が引き伸ばされて地殻が薄くなり、細長い谷ができ、そこに海水が入り込む。いまの中央大西洋の始まりです。同じころ、東側から大陸のあいだに切れ込んでいたテチス海が西へ広がり、南北アメリカのあいだにも水路が開いて、それまで隔てられていた海がつながりはじめます。
この配置の変化が、気候を大きく動かします。超大陸の時代には、海から遠すぎて雨の届かない内陸の砂漠が大陸の中央に居座っていました。それが、大陸が分かれて海岸線が増えるにつれて解消されていきます。極に氷床はなく、南北の温度差もいまよりずっと小さい。全体として、暖かくて湿った時代でした。
もっとも、穏やかなだけの5800万年ではありません。前期の終わりごろ、約1億8300万年前に、トアルシアン海洋無酸素事変(かいようむさんそじへん)と呼ばれる出来事が起きています。南半球のカルー・フェラー地域で大量の溶岩が噴き出し、二酸化炭素が大気に加わって、中緯度では最大で7℃ほど気温が上がったと見積もられています。海では酸素の乏しい水が広がって黒い泥がたまり、陸では植物の顔ぶれが入れ替わりました。針葉樹・シダ・種子シダなどが混じり合った多様な森が、乾燥に耐えられる一部の針葉樹とソテツばかりの森に置きかわったのです。
ただ、この温暖化で恐竜の勢いが止まった形跡はありません。海の生き物には手痛い出来事でしたが、陸の上では、むしろこの後に大型化が加速していきます。

花のない森
ジュラ紀の森を思い浮かべるときに、まず外しておきたいものが2つあります。花と草です。
花を咲かせる植物(被子植物)は、この時代にはまだ広がっていません。ジュラ紀の地層から被子植物らしき化石が報告されたことは何度かありますが、いずれも解釈が定まっておらず、確実な記録は白亜紀に入ってからのものです。イネ科の草も同じで、地面を覆う草原という景色は存在しませんでした。
代わりに森を作っていたのは、ナンヨウスギの仲間をはじめとする針葉樹、イチョウ、ソテツ、木のように背の高いシダ、そして水辺のトクサでした。硬く、繊維の多い葉ばかりです。竜脚類(りゅうきゃくるい=首の長い大型植物食恐竜)が食べていたのは、この顔ぶれになります。
何をどう食べていたのかは、歯に残る細かい傷から読み取れるようになってきました。2025年7月、ダニエラ・ヴィンクラー氏らのドイツの研究チームが Nature Ecology & Evolution に発表した研究では、後期ジュラ紀の3つの有名な産地——アメリカのモリソン層、ポルトガルのロウリニャン層、タンザニアのテンダグル層、いずれも約1億5000万年前——から集めた39個体分、322点の歯の表面を3Dスキャンで比べています。
結果は、系統によってはっきり分かれました。カマラサウルス類の歯は、気候の異なる産地のあいだでも摩耗のパターンがほとんど変わらない。当時のアメリカもポルトガルも季節の差が大きく、同じ植物が一年中あるとは考えにくいので、季節に合わせて移動し、同じ食べ物を追いかけていたのではないか、と研究チームは見ています。反対にディプロドクス類の歯は摩耗がばらばらで、あまり移動せずに、その季節にあるものを食べていたことをうかがわせました。テンダグルの標本はさらに違っていて、摩耗が際立って激しい。近くに砂漠地帯があり、風で運ばれた石英の砂が葉に降りかかっていたためだろう、というのが研究チームの解釈です。

15メートルの首
中期ジュラ紀に入るころには、竜脚類が陸の植物食動物の主役になっていました。三畳紀の後期にはすでに現れていたグループですが、ライバルにあたる系統が姿を消したあと、一気に大きくなっていきます。
首の長さの記録として名前が挙がるのが、マメンチサウルス・シノカナドルムです。1987年に中国の新疆ウイグル自治区、約1億6200万年前の地層から見つかり、1993年に命名されました。2023年、ストーニーブルック大学のアンドリュー・ムーア氏らが近縁種の完全な骨格と比べ直し、首の長さを約15.1メートルと見積もっています。現在いちばん首の長い動物であるキリンの、6倍以上です。
ただし、この標本に残っていたのは首の骨3個と肋骨1本、それに頭骨の一部だけでした。首の骨がすべてそろっている標本で最も長いのはシンジャンティタンで、それより1.5メートルほど短い。断片から推定を積み上げている以上、順位はいつ入れ替わってもおかしくない、と研究チーム自身が断っています。
体重のほうも桁が違います。ベルリンの自然史博物館に立っているギラファティタン——タンザニアのテンダグル層から出た、あの背の高い骨格——は、四肢の骨の太さから計算すると約35.8トン、体積から計算すると約23.2トンと見積もられています。方法によって1.5倍の開きがあること自体が、この動物の扱いにくさを物語っています。
同じ時代の陸には、大型の肉食恐竜であるアロサウルスの仲間が歩き、空には翼竜が飛んでいました。そして後期の終わりごろ、ドイツ南部の潟(かた)にたまった細かい石灰の泥に、始祖鳥が閉じ込められます。

哺乳類が届かなかった重さ
数十トンという体重がどれくらい異常なのかは、あとの時代と比べるとはっきりします。
いま陸でいちばん大きい動物はアフリカゾウで、大きなオスで6トン前後、記録に残る最大級の個体で10トンあまりです。化石まで含めても、陸上哺乳類の最大記録は、漸新世(ぜんしんせい)のアジアにいた角のない巨大なサイ、パラケラテリウムの推定15〜20トン。絶滅したゾウの仲間にも16トンを超えたとされるものがありますが、いずれにせよ20トン前後で頭打ちです。
恐竜が消えたあと、哺乳類には6600万年という時間がありました。それだけかけても、竜脚類の水準には遠く届いていません。
では、ジュラ紀の環境が特別に恵まれていたのでしょうか。この線は、あまりうまくいきません。当時の酸素濃度や二酸化炭素濃度、気温といった値は、恐竜の体サイズの移り変わりときれいには対応しないことが分かっています。後期古生代からジュラ紀までの陸上脊椎動物の体の大きさを統計的に追った解析でも、環境の側の要因を持ち出さなくても、生物の側の要因だけで説明がつくという結果が出ました。
つまり答えは、環境の側ではなく、動物の体のつくりの側にあることになります。
噛まなかったという答え
ボン大学のP・マーティン・ザンダー氏らが2011年に Biological Reviews で提示し、2013年に PLOS ONE で更新した整理があります。竜脚類の巨大化を、ひとつの決定打ではなく、条件が次の条件を許していく連鎖として説明するモデルです。
その連鎖のいちばん根元に置かれているのが、拍子抜けするほど地味な一点でした。噛まなかった、ということです。
竜脚類の歯は、葉をむしり取るための杭や熊手のような形をしていて、すりつぶすためのものではありません。口に入れたものは、そのまま飲み込んで、長い消化管の中でゆっくり分解していました。この「噛まない」が、なぜ体の大きさに効いてくるのか。
ひとつは、時間です。現生の哺乳類では、食べ物を噛むのにかかる時間が、体が大きくなるほど長くなります。この関係をそのまま延ばしていくと、体重18トンあたりで、1日24時間食べ続けなければ足りない計算になる。噛む方式を採る植物食動物の体重には、そこに天井があるわけです。哺乳類の実際の最大記録が20トン前後で止まっているのは、この計算とうまく重なります。ただし化石動物の体重推定には幅があるので、ぴったり一致していると言い切れるほどの精度ではありません。
もうひとつは、頭の大きさです。噛む力は面積で決まります。歯のすり合わせ面の広さと、あごを動かす筋肉の断面積。面積は体の長さの2乗で増えるのに対して、体重は3乗で増えます。だから噛む動物は、大きくなるほど頭を体に対して大きくしなければ追いつきません。ウマの進化やハドロサウルス類の成長を追うと、実際に頭が体より速いペースで大きくなっていくのが見えます。
竜脚類には、この縛りがありませんでした。噛まないので、頭は食べ物を口に入れる分と、目や鼻と、小さな脳が収まればいい。体がどれだけ大きくなっても、頭は小さいままでいられます。
頭が小さいと、次の扉が開きます。首です。首の付け根には、先端の重さと長さを掛け合わせた力(モーメント)がかかるので、頭が軽ければ、そのぶん首を長くできる。そして長い首があると、体を動かさずに、口だけを広い範囲に届かせられます。首の長さ9メートルのブラキオサウルスと、同じ体格で首がほとんどないと仮定した動物を比べたモデル計算では、採食に使うエネルギーが8割ほど少なくて済むという結果が出ました。数十トンの体を一歩動かすコストを考えれば、これは決定的な差です。
環境から取り出せるエネルギーが増えれば、体をもっと大きくする余裕が生まれる。大きくなれば消化管も大きくなり、噛まないぶんを長い滞在時間で補いやすくなる。連鎖はここで一周して、また体を大きくする側に戻ります。

首を長くするうえで、もうひとつ効いていた仕組みがあります。骨の中の空気です。
鳥の骨には、肺から伸びた空気の袋(憩室=けいしつ)が入り込んでいて、内部が空洞になっています。竜脚類の首の骨も同じでした。ここで大事なのは、骨そのものが薄くなったのではない、という点です。本来なら骨髄という水分の多い組織が詰まっている場所が、空気に置き換わっている。骨の量は変わらないまま、重さだけが落ちるわけです。
マメンチサウルス・シノカナドルムの首の骨をCTスキャンで調べたところ、体積の69〜77%が空気でした。竜脚類の首全体の比重は、0.5を下回っていたと見積もられています。水より軽い首の先端に、小さな頭が乗っていたことになります。
史上最大の陸上動物を成り立たせた出発点は、丈夫な骨でも、酸素の濃い大気でもなく、食べ物を噛まなかったことだった。噛まないから頭が小さくてすみ、頭が小さいから首を伸ばせ、首が長いから動かずに食べられ、動かずに食べられるから体を大きくする余裕ができる。地味な一点が、順ぐりに次の扉を開けていった結果でした。

卵という条件
この連鎖には、もうひとつ別の入口もありました。卵で産んだことです。
見つかっている竜脚類の卵は、どれも体積5リットル以下におさまります。2リットルのペットボトル2本半ぶんです。体重が数十トンある親から出てくるものとしては、驚くほど小さい。硬い殻を持つ卵には、内側に酸素を通しながら形を保てる大きさの上限があり、それ以上は大きくできなかったのです。
現生の鳥のデータから換算した推定では、中型から大型の竜脚類は年に200〜400個の卵を、何回かに分けて産んでいたとみられています。卵の多くは地面に掘って埋められていて、親が世話をしていた形跡はほとんどありません。生まれた子は、親と比べれば別の生き物といっていいほど小さく、成長の途中で食べるものも住む場所も変えながら大きくなっていったと考えられています。
これは哺乳類にはできない生き方です。子を体の中で育てる方式では、体が大きくなるほど1回の出産にかかる負担が重くなり、産める数は減っていきます。数が減れば、何かの拍子に個体数が落ち込んだときの立て直しも遅い。大きな体は、それだけで絶滅しやすさを抱え込むことになります。
卵をたくさん産むほうは、群れが一度減っても回復が速い。絶滅しにくいぶんだけ、体を大きくする余地があった——これが、噛まないこととは独立に働いていたもうひとつの条件です。

同じ仕組みから生まれた翼
骨の中に空気を通すこの仕組みは、竜脚類が自分で編み出したものではありません。骨の空洞という証拠をたどっていくと、竜脚類と肉食恐竜の共通祖先まで、見方によってはさらに古い主竜類(しゅりゅうるい=ワニと恐竜の共通のご先祖にあたるグループ)の段階までさかのぼります。巨大化のために生まれた仕組みではなく、もともとあったものが巨大化に使えた、ということです。
そして同じジュラ紀に、同じ仕組みは、まったく反対の方向にも使われました。
約1億5000万年前のドイツ南部、ゾルンホーフェンの石灰岩に埋もれた始祖鳥です。2025年5月、シカゴのフィールド博物館のジンマイ・オコナー氏らが、14番目の標本にあたる「シカゴ始祖鳥」の記載を Nature に発表しました。高解像度のCTスキャンと紫外線照射で、これまでの標本では見えなかった羽根が確認されています。
三列風切(さんれつかざきり)と呼ばれる、上腕の骨に沿って生える長い羽根でした。これは翼と胴のあいだのすきまを埋める役目を持っています。ここが開いていると空気が抜けてしまい、揚力がうまく生まれません。鳥にごく近い羽毛恐竜たちを見ると、翼の羽根は肘のところで止まっていて、この羽根がない。始祖鳥にはあった、というのが今回はっきりしたことです。
ジュラ紀の終わりには、骨に空気を通す同じ仕組みを受け継いだ系統から、一方は体重数十トンの首の長い巨体が、もう一方は羽ばたいて飛ぶ小さな体が生まれていました。同じ設計を受け取って、片方はできるだけ重くなる方向へ、片方は体を軽くして地面を離れる方向へ振り切った。ジュラ紀という時代の幅は、そこに表れています。

解釈上の留意点
巨大化の連鎖モデルは、確定した因果の鎖ではなく、項目ごとに検証を進めるための枠組みです。実際、ザンダー氏自身が2013年の更新で、「胃の中で石を使ってすりつぶす仕組み(砂嚢)を持たなかったこと」を必須条件から外しています。鳥のデータを見直したところ、それがなくても説明がつくと判断したためです。
食べ物が消化管にとどまる時間が体重とともに長くなる、という前提にも異論が出ています。現生動物のデータをそろえると、滞在時間は体重とあまり関係しないという結果になり、噛まないぶんを時間で補うという説明は、当初考えられていたより弱いかもしれません。
竜脚類の代謝の水準も決着していません。骨の組織からは速い成長が読み取れる一方で、成長のモデル計算からは低めの値が出て、食い違いが残っています。首をどれくらい自由に動かせたかも議論の途中で、ダチョウの首を調べた研究からは、骨だけで考えるより実際は動かせる範囲が狭かった可能性が指摘されました。もしそうなら、動かずに食べられるという利点は、その分だけ小さくなります。
体重の数値そのものにも幅があります。同じベルリンのギラファティタン標本で23.2トンと35.8トン、パラケラテリウムの推定値も、報告によって15トンから20トンを超えるあたりまで散らばっています。本文で「何倍」と書いた比較は、桁の話として読んでいただくのが安全です。
年代についても一つ。ジュラ紀と白亜紀の境目には、まだ国際的な基準地(GSSP)が決まっていません。約1億4300万年前という数字は、いまのところ暫定のものです。
出典
Sander et al. (2011) “Biology of the sauropod dinosaurs: the evolution of gigantism”, Biological Reviews 86: 117–155. DOI:10.1111/j.1469-185X.2010.00137.x
Sander, P. M. (2013) “An Evolutionary Cascade Model for Sauropod Dinosaur Gigantism – Overview, Update and Tests”, PLOS ONE 8(10): e78573. DOI:10.1371/journal.pone.0078573(全文無料)
Winkler et al. (2025) “Dental microwear texture analysis reveals behavioural, ecological and habitat signals in Late Jurassic sauropod dinosaur faunas”, Nature Ecology & Evolution. DOI:10.1038/s41559-025-02794-5
O’Connor et al. (2025) “Chicago Archaeopteryx informs on the early evolution of the avian bauplan”, Nature 641: 1201–1207. DOI:10.1038/s41586-025-08912-4
マメンチサウルスの首の長さについては、ストーニーブルック大学のプレスリリース(Moore et al., Journal of Systematic Palaeontology, 2023)を参照しました。
本文中の境界年代は、国際層序委員会(ICS)の国際年代層序表に基づいています。


コメント