ドナー角膜1枚から400枚以上——レーザーで「印刷」する角膜移植、臨床試験へ

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2025年10月29日、イスラエル・ハイファのランバム医療センターで、ひとつの手術が行われました。患者に移植されたのは、亡くなった方から提供された角膜——ではなく、実験室で培養した人の細胞から「印刷」して作った角膜の組織です。企業の発表によれば、培養細胞だけから作った機能する角膜移植片が人に移植されたのは、これが世界で初めてとのことです。

開発したのは、イスラエル発の再生医療企業Precise Bio(プリサイス・バイオ。米ノースカロライナ州にも拠点があります)。現在、安全性を確かめる最初の段階の臨床試験(第1相試験)がイスラエルで進んでいて、これまでに5人が移植を受けています。

なぜわざわざ角膜を「作る」必要があるのか。その背景には、世界中でずっと解決できていない、ドナー不足という問題があります。

移植を待つ1,200万人とドナー不足の構図

角膜は、黒目の表面を覆っている透明な膜です。カメラでいえばレンズの前面にあたる部分で、ここが病気やけがで濁ったりむくんだりすると、光が奥まで届かなくなり、視力が大きく落ちます。ひどくなると、目の前で指を何本立てられているかも分からなくなります。

濁った角膜を治す確立した方法は、透明な角膜と取り替えること——つまり移植です。移植に使う角膜は、亡くなった方から提供されたものを検査・保存しておき、必要な患者に届けるという流れで運用されています。仕組みとしては昔から確立していて、角膜は血管が通っていないため拒絶反応も起こりにくく、移植の中では成功しやすい部類に入ります。

問題は、数がまったく足りていないことです。Precise Bioの共同創業者でCEOのAryeh Batt氏によると、世界では1,200万〜1,500万人が角膜移植を必要としているのに、ドナー組織を手に入れられずにいます。移植が1件行われるあいだに、およそ70人が順番を待ったまま取り残されている計算になるそうです。ドナー1人から得られる角膜は基本的にそのまま1件の移植に使われるので、提供の数が増えない限り、この差は埋まりません。

提供を増やす努力は各国で続けられてきましたが、それでも需要には遠く及ばない——これが、角膜移植が数十年抱えてきた構図です。

ドナー1枚を400枚以上に変える発想

Precise Bioのアプローチは、この構図の前提そのものを変えようとするものです。ドナーの提供を増やすのではなく、提供された1枚の角膜から取り出した細胞を増やして、400枚以上の移植片を作るのです。

やり方はこうです。まず、提供された角膜から角膜内皮細胞(角膜のいちばん内側にある細胞。角膜の中の余分な水分をくみ出して、透明さを保つポンプの役割をしています)を取り出します。この細胞を独自の方法で培養して増やし、「細胞バンク」と呼べる量まで蓄えます。同社によれば、ドナー角膜1枚からこの方法で、400枚を超える移植片に必要な細胞が得られるとのことです。

ドナー1人につき移植1件だったものが、1人につき400件以上。もしこれが実用になれば、ドナー不足の計算式は根本から書き換わります。

レーザーパルスで細胞を置いていく印刷工程

増やした細胞は、そのままでは移植に使えません。角膜の組織としての形に組み上げる必要があります。ここで登場するのが「印刷」です。

移植片は二層構造になっています。土台となるのは、人のコラーゲン(体の組織の骨組みになるタンパク質。角膜そのものの主成分でもあります)をベースにした層。その上に、培養した内皮細胞を印刷して並べます。細胞は「バイオインク」というゲル状の材料に混ぜてプリントヘッドから流し、レーザーのパルスを1発撃つごとに、細胞がひとつ置かれていく仕組みです。Batt氏は、家庭用のカラープリンターに赤・緑・青のインクを入れる代わりに、人の細胞を装填するようなものだと説明しています。

細胞を1個ずつ狙った場所に置けるため、体の中の組織と同じ並び方を再現できるのが、この方式の売りです。共同創業者のAnthony Atala氏(米ウェイクフォレスト大学医学部教授で、同大学再生医療研究所の所長でもあります)は、進化が作り上げた最良の設計を、この技術はそのまま複製しているのだと表現しています。

同社によれば、印刷した組織の細胞密度は1平方ミリメートルあたり4,000個を超え、天然のドナー組織の2,000〜2,500個を上回るそうです。ただしLive Scienceの編集部注が指摘しているとおり、これはあくまで実験室や動物実験での結果で、ドナー組織より優れているといえるかどうかは、進行中の臨床試験で確かめられるのを待つ必要があります。

できあがった移植片は丸めて細い器具に装填でき、目の中で広げて自然な角膜のカーブに沿わせる設計になっています。素材が角膜と同じコラーゲンなので、折り曲げても壊れにくいのだそうです。保存できる期間は今のところ4〜5日で、これはドナー角膜の輸送とほぼ同じ条件です。同社は凍結保存でこれを延ばす技術も開発中で、中東から米国まで輸送して動物に移植し、機能が保たれることを確かめる試験まで済ませているといいます。

14年ぶりに見えた最初の患者

この技術で最初に移植を受けたのは、片方の目が14年間、法的な失明状態だった女性です。原因は「水疱性角膜症(すいほうせいかくまくしょう)」——白内障の手術のあとに角膜の内皮細胞が働かなくなり、角膜がむくんで水ぶくれができ、濁ってしまう病気です。内皮というポンプが壊れた状態なので、まさにこの内皮移植片が対象とする症状でした。移植前は、目の前に立てた指の本数も数えられなかったといいます。

移植から数週間で、レストランのメニューとテレビの字幕が読めるようになりました。移植から9か月近くたった取材の時点で、彼女は新しい角膜で問題なく見えているとのことです。Atala氏によると、これまでに治療した患者の回復の経過は従来の角膜移植とよく似ていて、最初の数日から数週間で視力が急に回復し、その後も時間をかけて改善が続くそうです。

拒絶反応については、角膜がもともと血管もリンパ管も通っていない「免疫的に特別扱いされる場所」であるため、他の臓器移植に比べてリスクはかなり低いとされています。それでもゼロではないので、移植後は弱めのステロイド点眼でおさえ、経過とともに回数を減らしていくとのことです。

米国での実用化を見すえた今後の計画

現在進んでいる第1相試験は、内皮の機能不全で角膜がむくんだ患者10〜15人を対象に、安全性と忍容性(体が治療に耐えられるか)を確かめる単群試験です。6か月時点での視力などの有効性も併せて調べる設計で、同社は2026年内にさらに10人への移植を行って試験を完了し、主要な結果を2026年後半に発表する予定としています。

その先の計画も描かれています。第1相のあと、米国食品医薬品局(FDA)に治験許可申請(IND。新しい治療を臨床試験で人に使う許可を求める申請です)を出し、米国を中心に、欧州・イスラエルの施設も続けながら、より進んだ段階の試験へ進む。2027年に計画されている拡大試験では、糖尿病や高血圧のある患者にも対象を広げる可能性があるとのことです。商用化の目標は2030年に米国で、その後に欧州など。需要の大きいインドへの展開も視野に入れているといいます。

解釈上の留意点

期待の大きい話ですが、受け止めには距離が必要です。まず、これは第1相試験の途中経過で、移植を受けたのはまだ5人です。第1相は安全性を確かめる段階であって、効果を証明する段階ではありません。「ドナー不足が解決した」といえる状況には、まだ遠いところにいます。

最初の患者の劇的な回復も、あくまで1例です。記事として強く印象に残るエピソードですが、統計的な裏づけとは別のものとして読む必要があります。また、この記事のもとになった情報は基本的にPrecise Bioへの取材と同社の発表で、査読を経た論文は示されていません。細胞密度がドナー組織を上回るという数字も、手術がしやすいという利点も、現時点では「同社によれば」という但し書き付きの情報です。

印刷しているものの範囲にも注意が要ります。作られているのは角膜まるごとではなく、コラーゲンの土台と内皮細胞を組み合わせた、角膜のいちばん内側にあたる層の移植片です。内皮の故障で角膜がむくむタイプの病気には合いますが、角膜のすべての病気に使えるわけではありません。そして2030年の商用化は会社の見通しであって、確定した予定ではありません。臨床試験の結果次第で、道のりは伸びも縮みもします。

それでも、「足りないなら、1枚から400枚作ればいい」という発想が実際に人への移植まで到達したこと自体は、確かな一歩です。14年間見えなかった目でメニューが読めるようになった——その1例が積み重なって統計になる日が来るかどうか、続報を待ちたいところです。

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