火星の衛星から砂を持ち帰る——まだ世界のどの国もやったことのない探査が、いよいよ動き出します。JAXA(宇宙航空研究開発機構)は2026年8月13日、種子島宇宙センターで火星衛星探査計画「MMX(Martian Moons eXploration)」の探査機を報道公開しました。そして8月20日には打ち上げ日も正式に決定。日本時間の10月20日午前4時41分、H3ロケット10号機で種子島から旅立ちます。
種子島でお披露目された機体と決まった打ち上げ日
公開されたMMXの探査機は、打ち上げ時の重さが4,480キログラム。日本の惑星探査機としては過去最大級で、開発は三菱電機が担当しました。「はやぶさ」「はやぶさ2」が500キログラム級だったことを考えると、およそ9倍。日本の探査機づくりが、ひと回りもふた回りも大きな段階に入ったことが数字からも伝わってきます。
打ち上げは2026年10月20日(火)午前4時41分03秒の予定です。この日に上がれなかった場合の予備期間は、10月21日から11月7日まで。地球と火星の位置関係の都合で、火星に向けて打ち上げられるチャンスは約26か月に一度しか巡ってきません。今回の窓を逃すと次は2年以上先になるため、この秋が正念場です。
決着のつかない火星衛星の正体
MMXが目指すのは、火星そのものではなく、その衛星です。火星にはふたつの衛星があります。内側を回るフォボス(差し渡し約22キロ)と、外側を回るデイモス(約12キロ)。どちらもじゃがいものようにいびつな形をした小さな天体です。
このふたつが何者なのかは、実はいまだに決着がついていません。説は大きくふたつ。ひとつは、若い頃の火星に巨大な天体がぶつかり、飛び散った破片が集まってできたという「巨大衝突説」。もうひとつは、たまたま近くを通りかかった小惑星が火星の重力に捕まったという「捕獲説」です。望遠鏡や周回機からの観測だけでは、どちらとも言い切れない状態が長く続いてきました。
答えを出す方法は、突き詰めればひとつしかありません。現物を持ち帰って、地上の設備でじっくり調べることです。MMXはフォボスに着陸し、表面の砂や石を10グラム以上採取して地球に持ち帰ります。巨大衝突でできたのなら火星と似た成分が、捕獲された小惑星なら太陽系の外側からやってきた物質の痕跡が見つかるはず。砂の中身が、そのまま答えになるわけです。
三つに分かれて旅する探査機
機体は「往路モジュール」「探査モジュール」「復路モジュール」という三つのかたまりでできています。探査機の重さの半分以上は燃料なので、使い終わった部分を順番に切り離して身軽になっていく設計です。火星に着いたら往路モジュールを分離し、探査を終えて火星圏を離れる前に探査モジュールも切り離して、最後は復路モジュールだけで地球に帰ってきます。サンプルを収めた帰還カプセルは、この復路モジュールに積まれています。
フォボスの表面には、フランスとドイツが共同開発した小型ローバー「イデフィクス(IDEFIX)」も降ろします。重さ25キログラムのこの探査ロボットの名前は、フランスの人気漫画『アステリックス』に登場する犬から取られました。フォボスの地面を走り回り、着陸に先立って表面の様子を詳しく調べます。

フォボスの砂に混ざる「火星のかけら」
ところで、この計画には面白いおまけが付いています。持ち帰るのはフォボスの砂のはずなのに、その中に火星の物質まで混ざっている可能性が高いのです。
火星には昔から数え切れないほどの隕石が衝突していて、そのたびに表面の物質が宇宙空間へ吹き飛ばされてきました。フォボスは火星のすぐ近く、高度約6,000キロという至近距離を回っているため、飛び散った火星のかけらが表面に降り積もっていると考えられています。JAXAの見積もりでは、採取するサンプルのうちおよそ0.1%が火星由来の物質になる計算です。
10グラムの0.1%というとわずか0.01グラムですが、これが実現すれば人類が初めて手にする「火星のサンプル」になります。NASAは探査車パーサヴィアランスが火星の地表で集めた岩石を持ち帰る計画を進めてきましたが、費用がかさみすぎて計画は見直し中で、実現時期は見通せていません。つまりMMXは、フォボスの謎を解きに行きながら、火星サンプルリターン競争の先頭に立ってしまうかもしれないのです。

2031年の帰還までの道のり
MMXの旅はおよそ5年がかりです。打ち上げから約1年かけて2027年に火星圏へ到着し、フォボスとデイモスを観測しながら着陸地点を選定。フォボスへの着陸とサンプル採取を経て、2030年に火星圏を離れ、2031年度に地球へ帰還します。カプセルはオーストラリアの砂漠で回収される予定です。なお、サンプルを採るのはフォボスだけで、デイモスは接近観測にとどまります。
日本にはこの分野の積み重ねがあります。「はやぶさ」が小惑星イトカワの微粒子を2010年6月に、「はやぶさ2」がリュウグウの砂を2020年12月に持ち帰りました。フォボスからのサンプルリターンは、それに続く3度目の挑戦です。ただし今回は月よりはるかに遠い火星圏との往復で、難易度は段違い。火星圏に探査機を送り、無事に帰ってきたミッションは、まだ世界に一つもありません。ロシアは2011年にフォボスのサンプルリターンを狙った「フォボス・グルント」を打ち上げましたが、地球を離れる前に失敗に終わっています。
ロケット側にも注目です。今回使われるH3ロケット10号機は、補助ロケット4本を備えた強力型「H3-24L」形態の初飛行になります。H3は2025年12月に8号機の打ち上げ失敗を経験しましたが、原因対策を経て2026年6月の6号機、8月の9号機と連続で成功しており、MMXはその再起の流れの中で打ち上げられることになります。
解釈上の留意点
打ち上げ日時は天候や機体の状態によって変わる可能性があります。最新の情報はJAXAの公式発表で確認してください。また「10グラム以上」はあくまで採取の目標値で、実際にどれだけ採れるかは着陸してみないと分かりません。火星由来の物質が0.1%含まれるという数字も現時点の見積もりであり、実際のサンプルを分析するまでは確定しない点に注意が必要です。フォボスとデイモスの起源についても、答え合わせができるのはサンプルが地球に届く2031年度以降になります。
出典
JAXAプレスリリース:H3ロケット10号機による火星衛星探査機(MMX)の打上げ(2026年8月20日)
火星衛星探査計画MMX 公式サイト:https://www.mmx.jaxa.jp/
Space.com:Japan unveils Mars moon sample-return spacecraft ahead of Oct. 19 launch (photos)(2026年8月21日、Mike Wall)


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