宇宙飛行士が宇宙で便秘に悩まされることは、有人宇宙飛行が始まった頃から知られていました。ところが「なぜそうなるのか」は、実ははっきり確かめられていませんでした。コペンハーゲン大学の研究チームが、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在した宇宙飛行士52人分・488本もの血液サンプルを解析し、その手がかりを見つけたと報告しています。血液の中に、腸内細菌の「ある変化」を示すサインが残されていたのです。
研究は査読を経て、2026年6月29日に学術誌Nature Communicationsに掲載されました。サンプルはNASAが2006年から2018年にかけて行った研究プログラムで集められたものです。
宇宙で昔からの悩みだった便秘
宇宙のトイレ事情が大変だという話はよく知られていますが、問題はトイレの使いにくさだけではありません。宇宙に行くと、そもそも便が出にくくなるのです。多くの飛行士にとっては不便で済む程度ですが、中には下剤に頼らざるを得ない人もいて、下剤はいまも宇宙ミッションの標準装備になっています。便秘のほかにも、お腹の張りや消化不良、胸やけなど、消化まわりのトラブルは宇宙飛行士の定番の悩みです。
原因としてずっと疑われてきたのは無重力です。ただ、疑いはあっても証明は簡単ではありませんでした。宇宙で腸の中を直接調べるわけにはいきませんし、宇宙では食事もストレスも生活リズムも地上とは違うため、「食事が変わったせいでは?」という別の説明をなかなか排除できなかったのです。
血液に残された腸内細菌の痕跡
今回のチームが目をつけたのは血液でした。血液には「代謝産物」——体や腸内細菌が食べ物などを分解したときにできる物質——が溶け込んでいて、これを網羅的に測ると、体の中で何が起きているかを間接的に読み取れます。ISSでは飛行士から定期的に採血が行われているので、宇宙滞在中の体の変化を追いかける材料としてはうってつけです。
チームは、2〜9か月のISSミッションに参加した52人の飛行士から、飛行前・飛行中・帰還後にわたって集められた488本の血液サンプルを解析しました。すると、宇宙滞在にともなって変動する物質が約40種類見つかりました。
ここでひとつ、前提を押さえておきます。私たちの大腸にすむ腸内細菌のいちばんの好物は、食物繊維をはじめとする炭水化物です。ふだんの腸内細菌は、私たちが消化しきれなかった繊維を発酵させてエネルギーを得ています。血液の変化は、この「ふだんの食生活」が宇宙で崩れていたことを示していました。
繊維からたんぱく質への切り替え
約40種類の変化の中でもっとも目立ったのは、腸内細菌がたんぱく質を発酵させたときにできる物質の増加でした。p-クレゾール硫酸やフェニルアセチルグルタミンといった物質が、宇宙滞在中の血液で軒並み増えていたのです。共同筆頭著者のジョルジャ・ラ・バルベラ氏は「宇宙飛行士の血液には、腸内細菌がふだんよりたんぱく質を多く発酵させ始めたことを示す変化が見られる」と説明しています。
なぜ細菌は好物の繊維ではなく、たんぱく質を食べ始めたのでしょうか。共著者のヘンリク・ロアガー氏の説明はこうです。無重力では、食べたものが腸の中をおそらくゆっくりとしか進みません。滞在時間が長くなると、腸内細菌はまず繊維や炭水化物を食べ尽くしてしまいます。食べるものがなくなった細菌は、生き延びるために次の燃料——食べ物に含まれるたんぱく質(アミノ酸)——の発酵に切り替える。その副産物が血液に現れていた、というわけです。
つまり血液のサインが指し示していたのは、「腸の中身の進みが遅くなっている」という状態でした。これは宇宙飛行士の便秘の説明としてぴったり噛み合います。実際、地上の研究でも、こうしたたんぱく質発酵の産物は腸の通過時間が長い人ほど多いことが繰り返し確認されており、ロアガー氏らのグループはその研究を長年続けてきた本家でもあります。

この変化のタイミングも興味深いところです。たんぱく質発酵のサインは打ち上げから数週間のうちに現れ、滞在が続くあいだずっと維持され、帰還すると数日で元の状態に戻っていました。宇宙に着いたら切り替わり、地球に戻ったら元通り——無重力という環境に、腸内細菌が素直に反応している様子がうかがえます。
食事の違いでは説明できない残り
「宇宙食のせいでは?」という疑問にも、この研究は答えを出しています。血液からは食事の変化も確かに読み取れました。カフェインの摂取が減っていたこと(ISSで飲まれるインスタントコーヒーはカフェインが少なめです)、魚や一部の脂の摂取パターンが変わっていたことなどです。
ただし、こうした食事由来の変化は、宇宙で変動した物質全体の3分の1未満にとどまりました。残りの大部分は食事では説明がつかない——消去法で残るのは、無重力そのものが腸の環境を変えているという説明です。長年の「無重力犯人説」に、血液のデータで裏付けを与えたことが、この研究の大きな貢献といえます。
長期ミッションへの懸念と対策
問題は、これが便秘だけの話では終わらないかもしれない点です。たんぱく質発酵では、アンモニアや硫化水素といった、体にとって好ましくない物質も一緒に作られます。共著者のラース・オヴェ・ドラグステッド氏は、たんぱく質発酵の産物が「腎臓へのダメージや、気分への影響、集中力の低下といった好ましくない健康影響と関連づけられることが多い」と指摘しています。腸の粘膜の炎症や弱まりとの関連を示す報告もあります。
ここで気をつけたいのは、これらの健康影響は、あくまで地上の研究で「たんぱく質発酵の産物一般」について知られてきたことだという点です。今回の研究が、宇宙飛行士に腎臓障害や集中力の低下が起きたことを示したわけではありません。ISSに数か月滞在する程度なら、リスクは限られているだろうと研究チーム自身も見ています。
それでも、火星往復のような数年がかりのミッションとなれば話は別かもしれません。好ましくない物質にさらされる期間が桁違いに長くなるからです。ラ・バルベラ氏は、火星などへのより長い旅を計画するなら、腸への悪影響を抑える対策が必要になるかもしれないと述べています。候補として挙がっているのは、食物繊維を増やした食事、プロバイオティクス(体に良いはたらきをする生きた菌)の補給、マッサージや薬で腸の動き(ぜん動運動)そのものを促すことなどです。細菌に好物の繊維を絶やさず供給できれば、たんぱく質発酵への切り替えを防げるだろう、という理屈です。
この話は、実は地上で暮らす私たちとも無縁ではありません。腸内細菌が繊維を食べ尽くしてたんぱく質発酵に傾く現象は、地上でも食物繊維が不足したときや、腸の動きが鈍っているときに起こります。「食物繊維をとりましょう」とよく言われる理由のひとつが、宇宙飛行士の血液からくっきり見えてきた、とも読める研究です。チームは、長期の寝たきりで便秘になりやすい患者さんの理解にもつながる可能性があるとしています。
解釈上の留意点
この研究で直接確かめられたのは、血液中の代謝産物の変化です。腸の中の細菌や便の動きを宇宙で直接観察したわけではなく、「無重力で腸の通過が遅くなり、細菌がたんぱく質発酵に切り替わった」という筋書きは、地上の知見と突き合わせた推定です。研究者自身も腸の動きについては「おそらく」という言い方をしています。ただの憶測ではなく、地上で積み上げられた通過時間と代謝産物の研究に支えられた、確度の高い推定と受け取るのがよさそうです。
また、対象となったのは2〜9か月のISS滞在です。数年規模のミッションや、月面基地のような「弱い重力が長く続く環境」で同じことが起きるのか、より深刻になるのかは、まだ分かっていません。健康影響についても、上で書いたとおり、この研究が宇宙飛行士での実害を確認したものではない点は繰り返しておきます。
出典
- La Barbera, G., Stanstrup, J. et al. “Longitudinal metabolomics profiles reveal increased gut microbial protein fermentation during Spaceflight”, Nature Communications 17, 8384(2026年6月29日・オープンアクセス)
- Scientists finally know why astronauts struggle to poop in space — and reveal a hidden risk of long-haul spaceflight(Live Science, 2026年8月21日)


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