AI企業が紙の本を大量に買い、背を裁ち落としてスキャンし、原本を捨てている——この慣行を調査するよう、18の市民団体が2026年8月21日、米連邦取引委員会(FTC。日本の公正取引委員会と消費者庁を合わせたような役割の機関です)に申し立てました。名指しされたのは、Claudeを開発するAnthropicと、Amazonの2社です。
先に押さえておきたいのは、これはあくまで「調査してほしい」という申立てだという点です。FTCが調査を始めたわけでも、この慣行が違法と判断されたわけでもありません。それでもこの申立てには、注目すべき点があります。書籍のスキャンと破棄をめぐっては、すでに著作権の裁判で一度「適法」という判断が出ているのです。その行為が、なぜいままた問題にされているのか。順を追って見ていきます。
18団体によるFTCへの調査申立て
申立てを行ったのは、消費者団体のConsumer Federation of Americaや、デジタル政策の市民団体Demand Progress Education Fundなど18の組織で、なかには書店も名を連ねています。宛先はFTCのファーガソン委員長とメドー委員。申立書は、AI企業による紙の本の大量購入・スキャン・破棄を「hoard-and-destroy(買い占めて破壊する)」慣行と呼び、FTC法にもとづく調査を求めています。
Demand Progress Education Fundの特別顧問ケイト・オー氏は、The Registerに寄せた声明で、AnthropicやAmazonのような大手AI企業が秘密裏に、無謀なやり方で動いていること自体が、FTCが調べるべき火種の存在を示している、という趣旨を述べています。
ではその「秘密裏のやり方」とは、具体的に何を指しているのでしょうか。
AI時代に高まった紙の本の価値
背景には、AIの学習データをめぐる事情の変化があります。文章を生成するAI(大規模言語モデル。ChatGPTやClaudeの中身にあたる技術です)は、大量の文章を読み込ませて作ります。これまでその供給源はネット上の文章でしたが、いまのネットにはAI自身が書いた文章が大量に混ざっています。AIが書いた文章でAIを学習させると品質が落ちていくことが知られており、「汚染されていない」文章の価値が上がりました。
そこで注目されたのが、生成AIが登場する前に印刷された紙の本です。人間だけが書いたことが保証されていて、編集の手も入っている。AI企業にとってこれほど質のよいデータ源はなく、AI登場以前の本にはプレミアムが付くようになりました。この需要に応えて、AI企業の代わりに匿名で本を大量調達する仲介業者も現れています。そのなかには、絶版本や現存部数の少ない希少本も含まれると報じられています。
買い集めた本は、背を裁断してページをバラし、機械でスキャンして電子化されます。スキャンが終われば、紙の原本は保管コストがかかるだけなので、捨てられます。

「Project Panama」と裁判で認められたフェアユース
この慣行が広く知られるきっかけになったのは、作家たちがAnthropicを訴えた著作権訴訟(Bartz v. Anthropic PBC)でした。裁判の証拠開示手続きで表に出た2024年の社内メモには、「Project Panama」という暗号名の計画が記されています。メモはこれを「世界中のすべての本を破壊的にスキャンする我々の取り組み」と説明し、暗号名を付けた理由についても、この件に取り組んでいると外部に知られたくないためだと明記していました。
Amazonについても、米メディア404 Mediaが最近、希少本の輸送を追跡したところ行き先がAmazonのAI学習施設だったと報じています。Anthropic、Amazonとも、The Registerの取材に回答していません。また、AI企業向けに本の調達を仲介していたとされる書籍データ会社ISBNdbは、「AI向けの紙書籍調達」を掲げていたサイトのページを削除し、その方向からは撤退すると表明しました。
ここで意外に思えるのは、裁判所の判断です。Bartz訴訟でカリフォルニア北部地区連邦地裁は、購入した紙の本をスキャンして原本を破棄する行為そのものについて、米国著作権法のフェアユース(公正利用。一定の条件を満たせば許諾なしの利用を認める仕組みです)にあたると判断しました。紙を破棄して電子版に置き換えれば、コピーが増えるわけではなく、単なる媒体の変換にとどまる、という理屈です。この判断では、電子版を社外に配っていないことが重視されました。実際、自分でスキャンした本を貸し出していたインターネット・アーカイブは、別の訴訟でフェアユースを認められず敗訴しています。破棄して、外に出さない。だからこそ適法——そういう構図です。
著作権の土俵では、一度決着がついている。それなのに、なぜいま申立てができるのでしょうか。
著作権から競争へ移った争点
今回の申立ての核心は、争点をまるごと別の法律に移したところにあります。18団体が問題にしているのは、著作権ではなく「競争」です。
申立書の理屈はこうです。AI登場以前に人間が書いた文章は、これから増やすことのできない有限の資源になった。そのなかには、電子化されたことが一度もなく、紙でしか存在しない本もある——外国の本、小さな出版社の本、古い本、絶版本などです。資金力のある企業がそうした本を買い占め、スキャンして自社だけのデータベースに囲い込み、原本を破壊してしまえば、あとから来る競合他社や研究者、そして公衆は、その資源に二度とアクセスできなくなります。競争法の言葉でいう「インプット・フォークロージャー」、つまり商売に不可欠な材料の入口を塞いでしまう行為にあたるのではないか、というわけです。
フェアユースの判決との関係についても、申立書は正面から答えています。いわく、フェアユースは著作権侵害に対する抗弁であって、競争を締め出してよいという免罪符ではない。Bartz訴訟で審理されたのは著作権法上の問題だけで、競争への影響はそもそも争点になっていない。知的財産の権利があっても独占禁止の審査を免れるわけではない、という判例(FTC対アクタビス事件の最高裁判決)も引いています。つまり、同じ行為でも「著作権として合法か」と「競争として公正か」は別の問いであり、後者はまだ誰も答えていない——これが申立ての柱です。
そして申立書には、もうひとつ重い一文があります。破棄された本のうち、どれだけが「現存する最後の1冊」あるいはそれに近いものだったのか。それは外部からは確認しようがない、というのです。AI企業は学習データの中身を明かさないため、ある本がこの世から紙としては消え、特定企業のデータベースの中だけに存在する状態になっていても、誰も気づけません。契約による囲い込みなら後から解消できますが、破壊された本は元に戻らない。だからこそ、調査権限を持つFTCが実態を調べるべきだ、というのが18団体の求めです。
日本の著作権法との比較
この話を日本に引き寄せると、前提の違いが見えてきます。日本の著作権法には第30条の4という規定があり、AIの学習のような「情報解析」目的であれば、著作物を許諾なしに複製することを原則として認めています(著作権者の利益を不当に害する場合は除く、というただし書き付きです)。米国のフェアユースが裁判でケースごとに争われるのに対し、日本は条文で最初から広く認めている形で、仕組みがかなり違います。
ただ、今回の申立てが突いているのは著作権の話ではありません。仮に学習が著作権法上は適法でも、資源の買い占めと破壊によって競争相手を締め出すことが公正かどうかは、別の問題として残ります。この問いは、著作権のルールが違う日本でも同じように立ちうるものです。
留意点
いくつか、読み違えないための注意点を挙げておきます。
まず、繰り返しになりますが、今回のものは市民団体による「申立て」です。FTCが調査を開始したという事実はなく、AnthropicやAmazonの行為が違法と認定されたわけでもありません。FTCが実際に動くかどうかは現時点で分かりません。
また、書籍のスキャンと破棄について、裁判所が著作権法上のフェアユースを認めた判断が現に存在します。今回の申立ては、その判断を覆そうとするものではなく、別の法律の観点から調査を求めるものです。「AI企業が違法に本を破壊している」という話ではない点は、区別しておく必要があります。
「破棄された本のなかに現存最後の1冊が含まれている」という点も、申立書自身が「外部からは確認できない」と認めているとおり、確認された事実ではなく、だからこそ調べてほしいという懸念です。両社が申立ての内容について公に反論した事実も、この記事の時点では確認できていません。
最初の大量破壊を私たちが知ったのは、裁判記録と内部メモを通じた、あくまで事後のことでした。いま何冊が、どんな本が同じ道をたどっているのかは、当事者以外誰も知りません。FTCがこの申立てを受けて動くのか、それとも受理されずに終わるのか。学習データの出どころをめぐる議論の、次の節目になりそうです。
出典
The Registerの記事:AI companies are burning books, advocates complain to FTC(2026年8月21日、Thomas Claburn)
18団体によるFTCへの申立書(PDF・英語):Re: AI Industry’s “Hoard-and-Destroy” Practice of Bulk Acquiring and Destroying Physical Books(2026年8月21日付)


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