【地球年表13-1】新生代 古第三紀 – 哺乳類が空席を埋めた世界

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古第三紀は、6600万年前から約2303万年前まで続いた、新生代の最初の紀です。直前には白亜紀末の小惑星衝突があり、鳥をのぞく恐竜はここでいなくなりました。古いほうから暁新世(ぎょうしんせい)・始新世(ししんせい)・漸新世(ぜんしんせい)という3つの世に分かれます。

この記事で追いかけるのは、そのいちばん最初の時期です。衝突で空になった生態系の席を、生き残りたちがどう埋めていったのか。「恐竜が消えて、哺乳類の時代が来た」と一行で書かれることの多い場面ですが、実際の足取りを化石で追ってみると、話はそれほど単純ではありませんでした。

灰の中から始まった回復

衝突の直後、陸の風景は一変していました。世界各地の地層で、境界の直上からシダ植物の胞子が異常な割合で見つかります。森が崩壊した焼け跡に、まずシダだけが一面に茂った時期があったことを示す痕跡で、「シダ・スパイク」と呼ばれています。北アメリカでは植物の種の半分ほどがこのとき失われました。

動物の側で生き残ったのは、カメ、ワニ、トカゲ、鳥、そして小さな哺乳類たちです。哺乳類は種の数こそ致命傷を免れたものの、体の大きな種はほぼ全滅しました。衝突をくぐり抜けた哺乳類は、最大でも体重500グラムほど。ネズミより少し大きい程度の動物が、生き残り組の「最大級」だったのです。

空席を埋めたのは哺乳類だけではない

暁新世の哺乳類の顔ぶれは、いま動物園で見られるどの動物ともつながりの分かりにくい、とらえどころのない集団でした。恐竜時代からの古株で、齧歯類のような前歯で植物をかじる多丘歯類(たきゅうしるい)。蹄のある哺乳類の遠い親戚にあたる、雑食や植物食の「顆節類(かせつるい)」と呼ばれるグループ。どれも地味な姿で、走るのも噛むのも中途半端な、よく言えば何でも屋のような動物たちです。

そして、大型動物の席にすんなり哺乳類が座ったわけでもありません。ヨーロッパや北アメリカの暁新世の地層からは、ガストルニスという飛べない鳥の化石が出ます。背の高さは2メートル近く、頭は馬のように大きく、巨大なくちばしを持っていました。長らく哺乳類を襲う捕食者と考えられてきましたが、骨に残るカルシウム同位体の分析から、いまでは植物食だったという見方が有力です。南アメリカのコロンビアでは、約5800万年前の熱帯雨林から、全長13メートル・体重1トンを超えるヘビ、ティタノボアが見つかっています。史上最大のヘビです。恐竜がいなくなってしばらくの陸では、いちばん目立つ大型動物が鳥やヘビだった場所もあったのです。

コロラドの崖に眠っていた最初の100万年

では、哺乳類はどんなペースで席を埋めていったのか。それを異例の解像度で記録していたのが、アメリカ・コロラド州のコラル・ブラフスという崖です。ここには衝突の瞬間からそのあと約100万年ぶんの地層が連続して残っていました。

デンバー自然科学博物館のチームがこの崖の調査を始めた当初は、骨のかけらしか見つからず、めぼしい成果がありませんでした。転機は探し方を変えたことです。骨を探すのをやめ、コンクリーション(団塊)と呼ばれる丸い岩の塊を割ってみたところ、中から哺乳類の頭骨が次々に現れました。最終的に集まった脊椎動物の化石は1000点近く。植物の葉や花粉もそろい、火山灰による正確な年代測定と組み合わせることで、「衝突から何万年後に何がいたか」を段階ごとに並べられる、世界でもほとんど例のない記録になりました。この成果は2019年にScience誌で報告されています。

回復の階段を刻んでいたのは植物

コラル・ブラフスの記録から浮かび上がった哺乳類の回復は、なだらかな右肩上がりではなく、はっきりした階段状でした。衝突直後の最大級はネズミサイズ。10万年後にはアライグマほど(6キロ前後)の雑食の哺乳類が現れ、衝突前の最大サイズにほぼ戻ります。30万年後にはビーバーほど(20キロ台)の植物食の動物が登場し、70万年後にはエクトコヌスという、ずんぐりしたブタのような体格の50キロ級の草食獣が歩いていました。生き残り組と比べて、およそ100倍の重さです。

興味深いのはここからです。体重の段が上がるタイミングは、毎回、植物側の変化とぴったり重なっていました。30万年後のジャンプは森の植物の種類が急に増えた時期と一致し、70万年後の最大のジャンプが記録された地層からは、マメ科の植物として世界最古級の化石が見つかったのです。マメは葉も豆もタンパク質に富む、動物にとって栄養価の高い植物です。研究チームは、この「食べもののグレードアップ」が大型化を後押しした可能性を挙げています。さらに、それぞれの段は地球が一時的に温暖化した時期とも重なっていました。

つまり、恐竜の空けた席は、哺乳類が我先に飛び込んで埋めたのではありません。まず植物が回復し、森が豊かになり、気候が後押しし、そのつど哺乳類の体格の上限が一段ずつ引き上げられていった。回復のペースを決めていたのは哺乳類自身の頑張りというより、足元の植生だったのです。

木の上にいた、私たちの側の系譜

この回復劇の中に、私たち自身につながる系譜もすでに顔を出しています。アメリカ・モンタナ州の地層から見つかっているプルガトリウスは、霊長類の最初期の仲間と考えられている動物です。現れたのは衝突からわずか10万年ほどのち。体はネズミほどしかありませんが、足首の骨は枝をつかんでよじ登るのに向いた形をしていて、歯は果実をすりつぶすのに適していました。

地上では体重を競う回復レースが進むいっぽうで、霊長類の系譜はごく早い段階から木の上という別の席を選び、果実を食べて暮らし始めていたことになります。サルも類人猿もヒトも、たどっていけばこの小さな樹上生活者に行き着きます。

主役交代にかかった本当の時間

「恐竜が消えて哺乳類の時代が来た」という一行の裏には、植物と気候に歩調を合わせながら、10万年単位の階段を一段ずつ上っていく地道な回復がありました。生態系の主役交代は一夜のクーデターではなく、食べものから組み直す長い工事だった、というのがコラル・ブラフスの教えてくれたことです。

ただし、この精密な記録はコロラドという一地域のものです。世界中で同じ階段が刻まれたのか、それとも土地ごとに別のペースだったのかは、同じ解像度の記録がほかにほとんどないため、まだ分かっていません。また、現在の哺乳類の主要グループ(胎盤類の各系統)がいつ・どこで枝分かれしたのかをめぐっても、DNAから推定した年代と化石の記録のあいだにずれが残っています。空席が埋まっていく光景の全体像は、まだ描きかけです。

出典

コラル・ブラフスの回復記録の論文:Lyson, T. R. et al.(2019)“Exceptional continental record of biotic recovery after the Cretaceous–Paleogene mass extinction”, Science. DOI:https://doi.org/10.1126/science.aay2268

デンバー自然科学博物館の研究紹介ページ:Rise of the Mammals(Denver Museum of Nature & Science)

本文中の境界年代は、国際層序委員会(ICS)の国際年代層序表に基づいています。

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