Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏には「あなたの利ざやは、私のチャンスだ」という有名な言葉があります。英テックメディアのThe Registerが2026年8月22日に伝えた記事は、この言葉をもじった皮肉な副題から始まります。「あなたの無責任は、誰かにとっての商機である」。
何の話かというと、AIに書かせたコードの後始末です。細かい仕様を書かずに「こんな感じで」とAIに頼み、出てきたコードをそのまま使う作り方は「バイブコーディング」と呼ばれています。この作り方で生まれたアプリをめぐって、いま何が起きているのか。記事の中身を見ていきます。

誰でもアプリが「作れてしまう」時代
Claude CodeやOpenAI Codexのようなコーディング支援ツールが普及して、プログラミングの経験がない人でも、AIとの対話だけでアプリを組み立てられるようになりました。画面ができて、ボタンが動いて、見た目にはちゃんとしたアプリに見えます。
もっとも、他人が書いたコードを見直して整える作業自体は、昔からある仕事です。The Registerの取材に答えたソフトウェア開発会社Redwerkと品質保証会社QAwerkの創業者、コンスタンティン・クリャギン氏によれば、バイブコーディングという言葉が生まれる前から、コードレビューやリファクタリング(動作を変えずに中身を整理し直す作業)の依頼はあったし、企業がアプリを買収する前に中身を点検してほしいという相談も珍しくなかったそうです。開発の一部として、直す工程はもともと組み込まれていました。
「AIコードの掃除」を看板に掲げる会社
変わったのは、その「直す仕事」が独立した商売として看板になり始めたことです。
記事にはSlopfixという会社が登場します。バイブコーディングで作られたコードベースを保守できる状態に書き直すことを専門にする、シニアエンジニア3人のチームです。社名の「slop」は、AIが吐き出す粗悪な生成物を指す英語のスラングで、日本語にすると「残飯」や「生ゴミ」に近いニュアンスがあります。つまり「Slopfix」は「AIのゴミ、直します」とほぼ直訳できる、身も蓋もない名前です。
前述のクリャギン氏も、2025年11月から自社サイトに「バイブコードのクリーンアップをやります」と掲げたところ、依頼が着実に増えていると語っています。氏によれば、単にコードの行数を減らすことが目的ではなく、実際の顧客に使ってもらえる本番品質まで引き上げることがサービスの中身だといいます。
持ち込まれるアプリの中身
では、バイブコーディングで作られたアプリの何が問題なのか。クリャギン氏が挙げる実例が具体的です。
ニューヨークの顧客から持ち込まれたあるアプリでは、決済の処理経路が重複して作られていました。その結果、トップページに表示される価格と、申し込み手続きの途中で表示される価格が食い違っていたそうです。さらに権限まわりの作りも壊れていて、プロフィール登録を飛ばして、いきなり申し込みページや決済ページに進めてしまう状態でした。入力フォームはスクリーンリーダー(画面の内容を音声で読み上げる支援ツール)で読み上げにくく、テストもほとんど書かれていなかったといいます。
氏いわく、バイブコーディングで作られたアプリは、表面上はよくできて見えるそうです。問題はその下にあります。想定外の操作をされたときにアプリがどうふるまうか、入力内容のチェックは機能しているか、セキュリティに穴はないか。うまくいく場合の動作だけでなく、そこまで含めて初めて「本番で使える」と言えるわけです。
いちばん困るのは、技術者ではない創業者
興味深いのは、誰がこのサービスを必要としているかです。クリャギン氏によれば、技術のバックグラウンドを持つ創業者がAIでアプリを作った場合、後始末の依頼はあまり来ないそうです。困るのは、ソフトウェア開発の経験がない創業者たちです。
理由ははっきりしています。保守しやすいアプリを作るには、設計の方針を決めて、AIに制約を課して、正しい方向に誘導してやる必要があります。設計の土台を知らないと、その舵取りができません。AIは頼まれたとおりに動くものを作ってくれますが、「頼み方」の質までは補ってくれない、ということです。
ここは取り違えやすいところですが、記事が言っているのは「AIにコードを書かせるのは悪い」ではありません。クリャギン氏自身、増えた後始末の仕事を、AIを使ってこなしていると明かしています。AIはみんなを速くする。ただし、規律を持って使う人と、そうでない人がいる。何を作るのかを言葉にして、できたものをテストするという規律は、AIが普及してもなくならない——それが氏の結論です。
読むうえでの留意点
この話には注意点もあります。今回の記事の根拠は、後始末サービスを提供している当事者への取材です。「需要が伸びている」という証言には、当然その立場が反映されますし、市場規模を示す統計や第三者の調査データは示されていません。「後始末が一大産業になった」とまで言えるかは、現時点では分かりません。
それでも、AIでアプリを作るハードルが下がった先で、「作れること」と「保守できること」の間に落差が生まれている、という指摘には説得力があります。日本でも、非エンジニアがAIでアプリを作る事例は盛んに紹介されるようになりました。その次に来るのが何なのかを、この記事は少し先回りして見せてくれているのかもしれません。
出典
この記事は、以下の報道をもとに書きました。
・The Register(2026年8月22日・Thomas Claburn記者):AI slop is good for business if you know what you’re doing


コメント