心筋梗塞(しんきんこうそく)は、心臓の筋肉に血を送っている冠動脈が詰まって起きます。血が止まった先の心筋は、酸素も栄養も届かなくなって死んでいく。ただ、体のほうも黙って見ているわけではなく、詰まった場所を避けて血を回すための「迂回路」を自分で作ろうとします。この迂回路のことを、医療の現場では側副血行路(そくふくけっこうろ)と呼びます。
中国科学院大学の研究チームが、その迂回路がどこの細胞から作られているのかを、マウスで細かく追いかけた結果を『Science』に発表しました。ついでに、その作られ方を人工的に後押しする方法まで見つけています。

側副血行路という体内の迂回路
心筋梗塞を起こした人の中には、詰まった冠動脈の先へ、別ルートで血が流れ込んでいる人がいます。上の図のような、詰まった場所をぐるりと迂回する細い血管の道です。これがしっかりできている人は、心筋のダメージが小さくて済み、命を落とす危険も下がることが知られています。
ただ、これができる人とできない人がいて、しかも自然にできる迂回路は、たいていの場合、十分な太さになるまでの速さも量も足りません。だから現実には、カテーテルでステント(血管を内側から広げる金属の筒)を入れたり、バイパス手術で別の血管をつないだりして、外から血流を戻します。どちらも体への負担が大きく、誰にでも使えるわけでもない。もし体が自前で作る迂回路を強化できるなら、それは別の選択肢になります。
そのためには、迂回路がどうやって作られているのかを知る必要があります。ところが、そこがはっきりしていませんでした。
迂回路の作り手をめぐる従来の見立て
長いあいだ有力だったのは、もともと存在していた細い動脈同士のつなぎ目が、血流の圧力を受けて太くなっていく、という説明です。詰まりが起きると血の逃げ道に圧がかかり、そこが押し広げられて迂回路になる、という筋書きでした。
近年になって、それとは別に「ゼロから新しく作られる」経路も報告されました。既存の動脈から内皮細胞(血管の内側を覆っている細胞)が離れて移動し、別の場所で並び直して新しい動脈を組み立てる、という見立てです。動脈の細胞が動脈を作る。ごく自然な想像ですし、実際にそういう報告が積み重なっていました。
つまり、どちらの説でも主役は動脈でした。今回のチームが確かめようとしたのは、そこです。
毛細血管による動脈への転換
チームが使ったのは、遺伝子を組み換えたマウスで細胞に目印をつけ、その細胞がのちに何になるかを追いかける方法です。系譜追跡と呼ばれます。今回はこれを二重に組み合わせ、既存の動脈の内皮細胞と、毛細血管の内皮細胞を、別々の目印で区別できるようにしました。毛細血管は、動脈と静脈をつなぐ、髪の毛よりはるかに細い血管のことです。
心筋梗塞を起こさせたマウスで、新しくできた迂回路がどちらの目印を持っているかを調べたところ、既存の動脈から来た細胞の割合はごくわずかでした。迂回路を組み立てていたのは、毛細血管の内皮細胞のほうだったのです。
血管の世界でいちばん細く、いちばん末端にあるはずの毛細血管が、自分から動脈へと作り変わっていく。研究者たちはこれを「毛細血管の動脈化」と呼んでいます。そして、この転換を邪魔すると心臓の修復がうまくいかなくなることも確かめました。おまけの現象ではなく、修復の本体だということです。

発生初期の手順の再利用
上の図の右側で起きていることには、見覚えがあります。生まれたばかりのマウスの心臓が育つとき、細い冠動脈の枝は、まさに毛細血管の内皮細胞が寄り集まることで作られます。大人のマウスの心臓は、梗塞という非常事態に直面して、その手順をもう一度呼び出していた。
新しい能力をどこかから獲得したのではなく、心臓が作られていく段階で使っていた手順が、しまい込まれたまま残っていた。それが引っ張り出されている、ということになります。
形成を後押しする分子の特定
ここまで分かれば、次に気になるのは「その転換を人の手で強められるか」です。チームが目をつけたのは、VEGF-A という、血管を新しく作らせる合図になるタンパク質でした。
やり方が少し変わっています。タンパク質そのものを注射するのではなく、そのタンパク質の設計図にあたる mRNA を化学的に手を加えたもの(改変mRNA)をマウスに入れ、体内で一時的にだけ作らせる、という方法をとりました。新型コロナのワクチンで一般に知られるようになった、あの mRNA の技術です。ずっと作らせ続けるのではなく、必要な時期に一過性で流すのがポイントになっています。
結果、迂回路の形成ははっきりと増えました。傷んだ場所の周りの血流がよくなり、心臓に残る傷あと(瘢痕)が小さくなり、心臓のポンプとしての働きも改善しています。
さらに、なぜ VEGF がこの転換を進めるのかという道筋も追いかけていて、細胞の中で遺伝子の読み出しを調節するいくつかのタンパク質を経て、HES1 という遺伝子の働きが変わることが、動脈化のスイッチになっていました。細かい仕組みまで見えているぶん、どこに手をかければよいかも見当がつく、ということです。
血管新生療法の来歴と今回の位置づけ
ここで、期待をふくらませすぎないための前提を一つ。VEGF で血管を増やして心臓を助ける、という発想自体はまったく新しいものではありません。1990年代の終わりごろから、遺伝子治療やタンパク質の投与という形で、ヒトを対象にした臨床試験が何度も行われてきました。
そして、そのほとんどが期待どおりの結果を出せていません。VEGF の遺伝子を心筋に直接注射した試験でも、血流の改善は偽薬(プラセボ)を上回りませんでした。動物ではうまくいくのに、ヒトでは再現できない。投与のしかた、量、届け方、対象とする患者の選び方——うまくいかなかった理由の候補はいくつも挙がっていますが、決定打は出ていないのが現状です。
今回の研究がその歴史を一気に覆すとは言えません。ただ、これまでの試みは「血管を増やせば血が回るだろう」という前提の上に立っていて、体が実際にどの細胞から迂回路を組み立てているのかは分かっていませんでした。その部分の地図が描かれたことになります。狙う相手が毛細血管の内皮細胞だと分かれば、いつ・どれだけ・どうやって効かせるかの設計もしやすくなる。積み上げ直しの土台としての意味は小さくありません。
解釈上の留意点
いちばん大事なところを書いておきます。この研究は、すべてマウスで行われたものです。ヒトの心臓でも同じことが起きているかどうかは、まだ確かめられていません。似た仕組みが働いている可能性は高いと考えられていますが、現時点では推測にとどまります。
VEGF-A の使い方についても同じで、マウスで効果が見られた段階です。しかも効いたのは「一過性に、ほどよい量だけ」という条件のもとであって、VEGF を増やせば増やすほどよい、という話ではありません。過去の臨床試験がつまずいた原因の一つも、そのあたりにあると考えられています。ヒトの治療として使えるかどうかは、これから確かめられていくことになります。
それと、この記事を「心筋梗塞になっても心臓が自分で治してくれる」と読まないでください。自然にできる迂回路は、たいていの場合、間に合いません。心疾患は日本人の死因の第2位で、そのうち急性心筋梗塞による死亡は年間3万人あまりにのぼります。胸の痛みや強い圧迫感が続くときに救急車を呼ぶかどうかは、いまも予後を大きく左右する分かれ目です。
出典
元記事・一次情報は下記の通りです。
Your Heart Can Actually Build Its Own Bypass After a Heart Attack(ScienceAlert、2026年8月23日)


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