プラスチックが食べ物になるまで、酵母を三種類はさむ

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ペットボトルを分解して、食べられるクッキーにする。そんな研究が、8月23日から27日にかけてシカゴで開かれた米国化学会(ACS)の秋季大会で発表されました。手がけたのは南イリノイ大学カーボンデール校のチームで、クッキーには µBites(マイクロバイツ)という名前がついています。

先に二つ、はっきりさせておきます。ひとつは、プラスチックをそのまま生地に練り込んでいるわけではないこと。もうひとつは、このクッキーをまだ誰も食べていないことです。試食は学内の承認待ちの段階で、味の評価はこれから。査読を通った論文ではなく、学会での発表という点も押さえておく必要があります。

それでも、途中で起きていることはかなり変わっています。

宇宙食コンテストから出てきた発想

この研究の出発点は、NASAが2021年に始めた「ディープスペース・フード・チャレンジ」です。月や火星への長期飛行を想定して、限られた資源から食料をどう作るかを競う枠組みで、南イリノイ大のµBitesは最初の段階で選ばれた米国18チームのひとつでした。ちなみにコンテスト自体は2024年8月に終わっていて、最終的な優勝は別のチームです。µBitesはその後も、米国立科学財団(NSF)の若手研究者向け助成などを受けながら研究が続いてきました。

発想そのものは、あっけないほど単純なところから来ています。プラスチックは炭素でできていて、食べ物も炭素でできている。並び方が違うだけなら、並べ替えればいい——チームを率いる微生物学者のラヒル・ジャヤコディ准教授は、そういう趣旨の説明をしています。

問題は、誰が並べ替えるかです。化学的な反応と溶媒を使って実験室でやる手もありますが、チームが選んだのは微生物に外注する道でした。酵母を工場として使う考え方自体は珍しくありません。たとえばインスリンは、いまでは動物のすい臓から取り出すのではなく、酵母に作らせています。

酵母を挟む三段の工程

ペットボトルからクッキーまでは、大きく三段に分かれます。

一段目は、材料を崩す工程です。「酸化的水熱溶解」という手法で、水と酸素を高温・高圧の状態で働かせ、硬い材料を微生物が扱えるサイズの分子まで分解します。同大の地質学教授ケン・アンダーソン氏が開発した方法で、投入するのはPET(ペットボトルの素材)だけではありません。捨てられたトウモロコシの茎や葉といった農業廃棄物も一緒に放り込みます。

二段目が、この研究の中心にあたる発酵です。崩してできた分子を酵母に与えると、酵母がそれを材料にタンパク質・脂質・有機酸などを作ります。使われているのはパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)、整腸剤にも使われる Saccharomyces boulardii、そして Rhodosporidium toruloides の3種類です。人が口にするのは、プラスチック由来の分子そのものではなく、それを食べた酵母が作り出したものになります。

三段目は成形です。できた材料に食物繊維・デンプン・甘味料を加えて生地にし、3Dフードプリンターで層ごとに押し出して形を整えます。仕上げは電子レンジで加熱して固める、と報じられています。

ここまでで所要時間は1〜2日。工程の数は現状33段階あり、廃棄物に含まれる炭素のうち5割強が食品側に移ります。残りのうち1割ほどはガスとして抜けるか、変換されないまま残る計算だといいます。

ただ、この流れを聞くと引っかかるところがあるはずです。PETを分解すると出てくるのは、テレフタル酸とエチレングリコールという二つの部品です。後者は自動車の不凍液の主成分でもあり、飲むと危険な物質としてよく知られています。それを材料にして、口に入れるものを作る——そこはどうなっているのか。

不凍液の成分からビタミンのもとへ

チームがこのエチレングリコールを担当させたのは、3種類の酵母のうち Rhodosporidium toruloides でした。実験室で世代を重ねさせ、その環境でうまくやれる個体を選び続ける「適応進化」という方法で、エチレングリコールを炭素源としてしっかり使えるように鍛えています。

そしてこの酵母が作り出すのが、βカロテンです。ニンジンのオレンジ色のもとになっている色素で、体の中でビタミンAに変わります。つまり、いちばん口に入れたくない分子が、酵母を一度くぐったあとにはビタミンのもとに置き換わっている。プラスチック由来のものを無害化しているのではなく、栄養として使える形に組み替えているわけです。

同じことは香りにも起きています。大学院生のサンディヤ・ジャヤセカラ氏が手を加えたパン酵母は、フェルラ酸という物質からバニリンを作ります。バニリンはバニラの香りと風味の正体で、フェルラ酸のほうは植物の細胞壁に多く含まれる成分です。一緒に投入したトウモロコシの茎から、バニラの香りが出てくることになります。

酵母をゴミの分解係として使っているのではない、というのがこの研究の勘所です。何を食べさせて何を作らせるかを株ごとに設計して、必要な材料をそれぞれ担当させている。色も香りも栄養も、廃棄物の中の炭素を並べ替えて出てきたものです。

試食の順番待ちという現在地

とはいえ、冒頭に書いたとおり、まだ誰も食べていません。

安全性の確認自体は進んでいて、チームは学内に加えて第三者の認定ラボでも分析を行い、有害な化学物質・重金属・アレルゲン・食中毒の原因菌が含まれていないことを確かめたとしています。いまは消化のされ方を模擬的に調べる試験などを進めていて、人を対象とした試験の準備段階にあたります。試食にゴーサインが出ていないのは、この手続きが残っているためです。

味以外の官能評価はすでに行われました。香りの評判は良く、参加者の多くが「資源が限られた状況であれば食べてもよい」と答えたとのこと。手触りについても悪くない評価が出ています。ただ、香りと手触りが良いことと、おいしいことは別の話です。

数字の受け止め方にも注意が要ります。炭素の変換率5割強という値も、改良を重ねて100%近くまで持っていきたいという目標も、チーム自身の説明にもとづくものです。査読を経た論文として検証されたわけではありません。

それから、いま加えている食物繊維・デンプン・甘味料は、廃棄物から作ったものではなく外から足しています。将来はこれも微生物に作らせたいというのがチームの目標で、裏を返せば現時点のµBitesは、材料のすべてがペットボトルとトウモロコシの茎から出てきているわけではありません。もうひとつ、無重力に近い環境でこの装置をどう動かすかは大きな宿題として残っています。宇宙食として出発した技術なのに、宇宙で使う目処はまだ立っていない、というのが正直なところです。

宇宙より先に地上で使われる可能性

ジャヤコディ氏が実際の使い道として挙げているのは、むしろ地上のほうです。装置一式を持ち運べる形にまとめられるため、潜水艦や災害救援の車両に積んでその場で食料を作る、といった使い方が想定されています。砂漠や極地のように、食べ物を運び込むのが難しい場所も候補です。数年以内に一般の人が口にできる形にしたい、とも話しています。

作れるものもクッキーに限りません。タンパク質・香り・ビタミンが揃うなら、牛乳や肉の代替品にも展開できるはずだ、というのがチームの見立てで、家畜の飼料への応用も検討されています。

日本から見ると、この話は少し違う角度で引っかかります。日本のペットボトルは2024年度のリサイクル率が85.1%と、欧米と比べても高い水準にあります。集めるところまでは、かなりの精度でできている国です。その先で何にするかという選択肢に「食品」が並ぶかどうかは、安全性の評価もコストも含めてまったく別の議論になりますが、集めたものの行き先を考える材料が一つ増えたことにはなります。

ただし、これを「プラスチックごみ問題の解決策」として受け取るのは早すぎます。もともとは、補給が届かない場所で人が食べていくための技術です。ごみを減らすことより、限られた炭素をどこまで使い切るかのほうが主眼にある。誰かが実際に食べて味の感想を言う日が来るまでは、µBitesは「食べ物になりうるもの」の段階にとどまっています。

出典

プレスリリース(一次情報):This cookie started its life as a plastic bottle(American Chemical Society / EurekAlert!)。ACS Fall 2026での発表であり、査読論文ではありません。

紹介記事:Scientists Just Made A Cookie Out of Recycled Plastic ‘Slurry’. Welcome to 2026(ScienceAlert、Michael Irving)

ディープスペース・フード・チャレンジの経過:Deep Space Food Challenge(NASA)

日本のリサイクル率:PETボトルリサイクル年次報告書2025(PETボトルリサイクル推進協議会)

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