ロンドンの排ガス規制で子どもの肺の成長が改善——「規制が効いた」世界初の証拠

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ロンドンで排ガス規制が始まったあと、市内の子どもたちの肺の成長が速くなっていた——そんな研究結果が、医学誌The Lancet Public Healthに2026年8月19日付で発表されました。クイーン・メアリー大学ロンドンを中心に、インペリアル・カレッジ・ロンドンやオックスフォード大学などが加わった研究チームが、3,400人以上の小学生を5年間にわたって追いかけた大規模調査です。

大気汚染が子どもの肺に悪い、という研究はこれまでにもたくさんありました。この研究が新しいのは、その逆——「規制で空気をきれいにしたら、子どもの体は実際に良くなるのか」を測った点です。研究チームは、これを示した証拠は世界で初めてだとしています。

大気汚染と子どもの肺の関係

子どもの肺は、大人になるまで成長を続けます。そして交通量の多い場所で育つと、この成長が遅れることが、これまでの研究で繰り返し示されてきました。問題は、遅れた成長が将来に響くことです。若いうちに肺が十分な大きさまで育たないと、大人になってから喘息(ぜんそく)やCOPD(タバコや汚染物質で肺が傷んで息がしづらくなる病気)、心臓や血管の病気にかかりやすくなり、寿命にも影響することが分かっています。

それなら、排ガスを減らす規制をかければ子どもの肺は守れるはずです。実際、車の乗り入れを制限したり課金したりして空気をきれいにする「クリーンエア・ゾーン」という仕組みは、イギリスやヨーロッパを中心に世界各地の都市で導入されてきました。ところが、「規制で子どもの肺の育ちが実際に良くなった」ことを確かめた研究は、これまでありませんでした。

理由は単純で、比較のしようがなかったからです。規制は都市全体にかかります。「規制を受けた子」と「受けなかった子」を同じ条件で並べて比べる、ということが普通はできません。薬の効果を調べるときのような比較試験を、都市まるごとの政策で組むのは難しいのです。

ロンドンとルートンという比較の構図

ロンドンには、その「比較」を成立させる条件がそろっていました。

2019年4月、ロンドン中心部にULEZ(ウルトラ・ロー・エミッション・ゾーン)という規制が導入されました。排ガス基準を満たさない車でゾーン内を走ると、1日あたり12.50ポンドの課金がかかる仕組みです。一方、ロンドンの北にあるルートンという町には、こうした規制がありませんでした。しかも交通由来の汚染物質の構成がロンドンと似ていて、比較対象としてちょうどよかったのです。

研究チームはULEZの導入前から準備を進め、ロンドン中心部とルートンの84の小学校から、6〜9歳の子ども3,400人以上を集めました。そして2018年から2022年まで、毎年学校を訪れて肺の検査を続けました。測ったのは、思いきり息を吸ってから最初の1秒間に吐き出せる空気の量(FEV1・1秒量)。肺の健康を測る標準的な指標です。あわせて、車の排ガスをよく反映する汚染物質である二酸化窒素(NO2)に、それぞれの子どもがどれだけさらされているかも追いかけました。

規制が始まる前の測定で、ひとつの事実がはっきり出ていました。ロンドンの子どもたちの肺は、ルートンの子どもたちより小さかったのです。これは研究チームの過去の調査とも一致する結果でした。都会の汚れた空気の中で育った分の「遅れ」が、すでに体に刻まれていたことになります。

5年間の測定が示した追い上げ

導入から5年間のデータを解析すると、まず空気の変化が数字に出ました。ロンドンの子どもたちがさらされる二酸化窒素は、ルートンの子どもたちと比べて2倍以上のペースで減っていました。年あたりの低下量にすると、ロンドン中心部で約3.8マイクログラム/立方メートル、ルートンでは約1.8マイクログラム/立方メートル。どちらも下がってはいるものの、規制のかかったロンドンの下がり方が明らかに大きかったのです。

そして肺のほうにも、はっきりした差が出ました。ULEZ導入後、ロンドンの子どもたちの1秒量は、ルートンの子どもたちより年あたり10ミリリットル多く伸びていました。小さじ2杯ぶんの空気です。数字だけ見ると小さく感じますが、これが毎年積み重なります。

その結果どうなったか。5年後の測定では、ロンドンの子どもたちの1秒量は、ルートンの子どもたちと同じ水準になっていました。つまり、導入前に開いていた差が消えたのです。汚れた空気の中で育って一度は遅れた肺の成長が、空気がきれいになったあとの5年間で加速し、追いついた——研究チームはこれを、失われていた成長が「取り戻された」ことを示す結果だとしています。

肺機能が臨床的に低いと判定される子どもの割合も動きました。ロンドンでは5年間で14%から9%へ、およそ7人に1人から11人に1人まで減っています。同じ期間のルートンでは9%から7%への低下でしたから、もともと状態の悪かったロンドン側で、より大きく改善したことになります。

解釈上の留意点

ここまで読むと「規制が子どもの肺を良くした」と言いたくなりますが、研究チーム自身はそこまで踏み込んでいません。この研究は、規制の前後と2つの土地を比べる観察研究(自然実験)であり、示されたのはあくまで「空気の改善と肺の成長の改善が関連していた」ことです。ロンドンとルートンは大気汚染以外の条件も同じではないので、他の要因が影響している可能性は残ります。

また、筆頭著者でクイーン・メアリー大学ロンドン研究員のHelen Wood氏は、改善を認めつつも釘を刺しています。ロンドンもルートンも、大気汚染のレベルはいまだWHO(世界保健機関)の指針値を上回ったままで、やるべきことは残っている、と。

それから、この規制が現地で歓迎一色だったわけではないことにも触れておくべきでしょう。ULEZは基準を満たさない車に毎日課金する仕組みなので、古い車に頼らざるを得ない人ほど負担が重くなります。2023年8月に対象がロンドン全域へ拡大された際には、負担増への反発から抗議デモが起き、取り締まり用カメラを壊して回る人たちまで現れました。空気の改善という便益と、家計への負担という痛み。その両方を抱えた政策の上に、今回の結果は乗っています。

日本の前例との接点

実は日本にも、よく似た構図の前例があります。東京都が2003年10月に始めたディーゼル車規制です。石原慎太郎都知事(当時)が黒いすすの入ったペットボトルを振って訴えた「ディーゼル車NO作戦」から続く政策で、粒子状物質の基準を満たさないディーゼル車は都内を走れなくなりました。規制は首都圏の3県にも広がり、当時「空気は本当にきれいになったのか」「効果に見合う負担だったのか」が長く議論されました。

あのとき東京は、空気の汚れ具合で効果を測りました。今回のロンドンは、そこから一歩踏み込んで、子どもの肺という体そのもので測ったわけです。規制の効果を大気の数値ではなく健康の数値で確かめる——この研究のいちばんの意義はそこにあり、研究チームは、交通由来の大気汚染に悩む世界中の都市でクリーンエア・ゾーンの導入を検討する価値がある、と結論づけています。

一度遅れた子どもの肺の成長でも、空気がきれいになれば取り戻せる可能性がある。因果関係の証明にはまだ検証が必要ですが、この一点だけでも、都市の空気について考える材料としては十分に大きい結果です。

出典

論文:Impact of the Ultra Low Emission Zone on lung function growth in children in London, UK: a prospective parallel cohort study(The Lancet Public Health)

プレスリリース:Introduction of London’s Ultra Low Emission Zone linked to improved lung growth in children(クイーン・メアリー大学ロンドン)

参考記事:First Evidence That London’s Scheme to Cut Car Emissions Worked To Improve Child Health(ScienceAlert)

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