AIが設計したウイルスが、天然のウイルスに勝った——16種類のファージが耐性菌を止めるまで

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ウイルスのゲノム——遺伝情報のひとそろい——を、生成AIに一から書かせる。その設計図どおりにDNAを合成して細菌に入れたら、本当に増えるウイルスができた。米スタンフォード大学とアーク研究所(Arc Institute)のチームが、2026年8月6日付の米科学誌サイエンスにそう報告しています。できたのはバクテリオファージ(ファージ)と呼ばれる、細菌にだけ感染するウイルスです。人にも動物にも植物にも感染しません。約70万通りの設計案のうち、実際に機能したのは16種類でした。

細菌だけを襲うウイルスという素材

バクテリオファージは、細菌の表面に取りついて自分の遺伝情報を注ぎ込み、細菌の中で自分のコピーを作らせ、最後は細菌を壊して外に出ていくウイルスです。狙う相手が細菌に限られているので、人の細胞には手を出しません。抗生物質が効かなくなった細菌を、ウイルスにやっつけてもらう——「ファージ療法」と呼ばれるこの発想自体は、抗生物質が普及する前からありました。

そこに関心が戻ってきたのは、薬剤耐性の問題が重くなってきたからです。世界の研究者が参加したGRAMプロジェクトの解析(2024年、ランセット誌)では、2021年に細菌の薬剤耐性が関与した死亡は世界で約471万人、うち耐性が直接の原因と見積もられたのが約114万人とされています。前者は「亡くなった人が耐性菌の感染症を抱えていた」という広めの数え方で、耐性そのものが死因と確定した数ではありません。それでも、桁として無視できる数字ではないことは確かです。

今回のチームが設計の下敷きに選んだのは、ΦX174(ファイ・エックス・174)という古くから調べ尽くされたファージでした。宿主は大腸菌。ゲノムは約5,386塩基対で、遺伝子はたった11個です。ヒトのゲノムが約30億塩基対ですから、比べものにならないほど小さい。ちなみにこのΦX174は、1977年にフレデリック・サンガーらが人類で初めて全塩基配列を読み切ったゲノムでもあります。読む対象として最初に選ばれた小ささが、そのまま「書く」対象としての選定理由になったわけです。

ゲノムを丸ごと書くという課題

AIに生き物の部品を設計させる研究は、ここ数年で一気に増えました。ただしその多くは、タンパク質1個や遺伝子1個が対象です。ゲノム全体となると話が変わります。遺伝子どうしが噛み合い、いつどれを働かせるかを決める配列が挟まり、しかも塩基が1文字ずれただけで全部が動かなくなることもある。部品として正しいものを並べれば動く、という単純な足し算にならないところが、ゲノム設計の難しさでした。

使われたのは、Evo 1 と Evo 2 という「ゲノム言語モデル」です。文章の続きを予測する仕組みの生成AIと考え方は同じで、扱う対象が言葉ではなくDNAの塩基配列になっている、と思えばだいたい合っています。学習に使われたのは膨大な生物のDNA配列ですが、ヒト・動物・植物・真菌に感染するウイルスの配列は、意図的に学習データから外してあります。設計できる相手をあらかじめ細菌のウイルスに限る、という安全側の設計です。

そのうえでΦX174とその近縁のファージを追加で学ばせ、ゲノムを端から端まで一気に書かせました。責任著者のブライアン・ハイ助教授(化学工学)は、途中で人が手を入れることはしなかったと説明しています。出てきた候補はおよそ70万通り。そこから実験に回せる数まで絞り込む必要がありました。この絞り込みの枠組みを作ったのが、筆頭著者で大学院生のサミュエル・キング氏です。5,400文字ほどの塩基の並びを眺めて、遺伝子ごとに良し悪しを判断するのは人間の目には無理があり、DNA合成の費用も安くはありません。結果として、実際に合成して大腸菌の中で組み立てられたのが285個、そのうち増殖して細菌を殺す本物のファージになったのが16個でした。

天然のファージを上回った設計

ここまでなら「AIでも一応それらしいものが作れた」という話に見えます。実際に起きたのは、もう少し先でした。

実験室で比べたところ、AIが設計したファージのいくつかは、下敷きにしたΦX174そのものより増えるのが速く、増殖競争でも天然のΦX174を押しのけたのです。手本より強いものが出てきた。この時点で、AIがやったのは既存のウイルスの模写ではなくなっています。

成功率の低さが弱点にならない理由

ファージ療法には、抗生物質とよく似た弱点があります。細菌は、ファージに対しても耐性を獲得するのです。一種類のファージを薬として使い続ければ、そのファージが効かない大腸菌が現れて、そこで打ち止めになる。ハイ助教授の言い方を借りれば、単一のファージに耐性がついた時点でその薬は終わりです。だから複数の、しかも遺伝的にできるだけ違うファージを混ぜて使いたい。混ぜたもの全部に一度に耐性を持つのは、細菌にとってもずっと難しくなります。

問題は、遺伝的にばらばらなファージを何種類もそろえること自体が簡単ではない点でした。自然界から探してくるしかなく、探し当てたものが都合よく違っている保証もありません。

今回の実験で確かめられたのは、まさにその部分です。AIが設計した16種類を混ぜたものを、ΦX174に耐性を持つようになった大腸菌2株にぶつけたところ、これを抑え込むことができました。同じ相手に対して、天然のΦX174単体は歯が立たず、天然のファージを混ぜたカクテルでも足りなかった、と報告されています。

つまり、この研究の成果は「よくできたウイルスを1個作れた」ことではありません。自然界の進化が用意していないほど互いに違う設計を、まとめて16通り手に入れられたことのほうです。そう考えると、285個作って16個という歩留まりの低さも、この用途では致命傷になりません。1個の完璧な設計を狙う仕事なら5.6%は苦しい数字ですが、必要なのは「違うものが何種類もあること」で、数を打てる相手には数で応じればいい。AIが自然界にない配列を大量に吐き出してしまう性質は、ふつうは扱いにくさとして語られます。耐性菌が相手のときだけ、それがそのまま武器になる、というのがこの結果の面白いところです。

培養皿から先にある距離

ただし、ここまでは全部シャーレの中の話です。動物にも人にも使われていませんし、治療として成立するかどうかは何も分かっていません。設計されたファージが感染できる相手は、実験に使った大腸菌の株に限られていることも確認されています。ファージ療法そのものが、まだ広く承認された治療法ではないという前提も変わっていません。

設計対象を大きくできるかどうかも未知数です。合成ゲノム工学を専門とするインペリアル・カレッジ・ロンドンのトム・エリス氏は、このファージのゲノムは設計して作るには文字どおり最小・最易の部類だと指摘しています。新型コロナウイルスのゲノムはこの6倍ほどの長さがあり、モデルにとっての難しさは長さに比例して増えるのではなく指数的に増していく。6倍長いものは、およそ100倍難しくなるだろう、という見立てです。今回できたことが、そのまま大きなウイルスに広がるとは限りません。

公開されている設計道具と、審査の遅れ

それでも懸念は残ります。トロント大学の感染症専門家アイザック・ボゴック氏は、耐性菌に新しい手で立ち向かえる可能性を認めたうえで、同じ技術が有害な病原体に向けられればバイオセキュリティ上のリスクになると述べ、強固なガードレールと審査、監督がこの技術と並んで育つ必要がある、としています。

この点について、研究チームの側は二つのことをしています。ひとつは前述のとおり、人や動植物に感染するウイルスの配列を学習データから除いたこと。もうひとつは、通常のファージ研究より厳しい安全対策のもとで実験を行い、その手順を論文の付随資料として示したことです。一方でEvo 2そのものは、誰でも入手して使えるかたちで公開されています。ハイ助教授は、自然に生まれてくる病原体のほうが入手も作製も容易で危険性は高く、しかも自然の進化には安全チェックを組み込めないのに対し、AIの道具には組み込める、という立場を取っています。

同じサイエンス誌には、ジョンズ・ホプキンス大学のトーマス・イングルスビー氏とモーリッツ・ハンケ氏による論考が併載されました。二人は、危険な配列が含まれていないかを合成DNAの注文段階で調べる仕組みを、業界の自主的な取り組みに任せるのではなく、法律で義務づけるべきだと主張しています。設計はソフトウェアの中で完結しても、それを現実の物質にするにはDNAを合成する工程が必ず要る。そこが現実的な関門になる、という考え方です。

AIがゲノムを書けるようになったこと自体は、もう起きてしまった出来事です。今回の16種類は、シャーレの中で大腸菌を止めただけで、それ以上の何かではありません。ただ、書ける長さがどこまで伸びるのか、そのときに審査の仕組みが間に合っているのかは、まだ誰も答えを持っていません。

出典

Samuel H. King ほか「Generative design of bacteriophages with genome language models」Science(2026年8月6日)
https://www.science.org/doi/10.1126/science.aec2657

査読前のプレプリント版(無料で全文が読めます)
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2025.09.12.675911v1

スタンフォード大学プレスリリース「AI designs a novel E. coli killer」(2026年8月6日)
https://news.stanford.edu/stories/2026/08/evo-2-ai-tool-e-coli-killer-bacteriophages

Smithsonian Magazine「Scientists Used A.I. to Design New Viruses.」(2026年8月24日、Sara Hashemi)
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/scientists-used-ai-too-design-new-viruses-the-technology-could-be-a-boon-for-medicine-but-experts-worry-about-harmful-pathogens-180989336/

薬剤耐性の死亡推計:GRAMプロジェクト「Global burden of bacterial antimicrobial resistance 1990–2021」The Lancet(2024年)
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(24)01867-1/fulltext

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