2026年8月30日、NASAの新しい宇宙望遠鏡「ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡」が打ち上げられます。ロケットはスペースXのファルコンヘビー(ファルコン9を3本束ねた大型ロケット)で、場所はフロリダのケネディ宇宙センター。打ち上げ予定時刻は現地時間の朝7時26分、日本時間だと8月30日(日)の夜8時26分です。
ローマンの主鏡(光を集めるいちばん大きな鏡)は直径2.4メートルで、ハッブル宇宙望遠鏡とまったく同じ大きさ。ただし一度に写せる空の広さは、ハッブルの赤外線カメラのおよそ100倍(設計上の値)もあります。ハッブルが一点をじっくり撮る望遠鏡だとしたら、ローマンは同じ解像度のまま空を広く塗りつぶしていく望遠鏡です。宇宙の膨張を加速させている正体不明の「ダークエネルギー」の調査や、系外惑星(太陽系の外にある惑星)の大量発見が期待されています。

ここまでは、よくある新型望遠鏡の紹介です。この記事で書きたいのは、その先の話——この望遠鏡の心臓部が「どこから来たのか」です。
宇宙望遠鏡の宿命だった費用と遅れ
大型の宇宙望遠鏡は、とにかく高くて、遅れます。代表例がジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)で、1990年代半ばから開発が続き、打ち上げは2021年12月。当初の計画から大幅に遅れ、費用は最終的におよそ100億ドル、日本円で1兆円を超える規模にふくらみました。性能は文句なしですが、「宇宙望遠鏡は予算も日程も守れないもの」という印象を強く残したのも事実です。
ところがローマンは、この規模の宇宙望遠鏡としては珍しく、予算も日程もおおむね守られています。それどころか、直前まで「2027年5月までに打ち上げ準備完了」を約束していたところ、実際の打ち上げは2026年8月。約束より9か月ほど早い、旗艦級の科学ミッションとしてはかなり異例の前倒しです。
なぜそんなことができたのか。理由のひとつが、この望遠鏡の光学系(鏡やその支持構造など、光を集めて像を結ぶ部分一式)の出どころにあります。
主鏡の出どころ——打ち切られたスパイ衛星計画
ローマンの光学系は、NASAが自前でゼロから作ったものではありません。もとをたどると、アメリカの国家偵察局(NRO)——CIAなどのために偵察衛星を作っている機関——のスパイ衛星計画の「余り物」です。
1999年、NROは「Future Imagery Architecture(FIA)」という次世代偵察衛星の計画を始め、設計と製造をボーイングに発注しました。2001年の同時多発テロ以降、安全保障への関心が高まるなかで計画は拡大していきます。ところが開発は難航し、費用の超過は数十億ドル規模に。結局、光学衛星の部分は2005年に打ち切られました。ニューヨーク・タイムズは2007年の記事で、この計画を「アメリカのスパイ衛星計画の50年の歴史のなかで、おそらく最も派手で高くついた失敗」と評しています。
そして2012年。NROは、この計画のために作られたまま使われなかった宇宙望遠鏡2本を、NASAに寄贈しました。1本あたり少なくとも2億5,000万ドルの価値があると言われた品で、光学系の性能はハッブルに匹敵するとされました。偵察衛星は要するに「地球に向けた高性能望遠鏡」なので、向きを宇宙に変えれば天文学の道具になりうる——そういう理屈です。
ちょうどその少し前、2010年にアメリカの天文学界がまとめた10年計画で、ローマン(当時の名前はWFIRST)は最優先ミッションに挙げられていました。JWSTの予算超過が問題になっていた時期に、ハッブル級の光学系がタダで転がり込んできたわけです。NASAはこれを使う道を選びました。

黒塗りの文書と入れ替えた電子機器
ただし、「もらったものをそのまま打ち上げた」わけではありません。スパイ衛星がそのまま宇宙望遠鏡になったのでもありません。譲られたのはあくまで光学系で、NROは引き渡す前に電子機器を取り外していました。ローマンのチームは、その電子機器を全部作り直して入れ替え、観測装置や機体の残り全部を新たに設計・製造する必要がありました。
しかも、相手は機密のかたまりだった機関です。ワシントン・ポストの当時の報道によると、望遠鏡についてチームに渡された技術文書には、大きく黒塗りされた箇所がいくつもあったといいます。他人が機密の中で作った望遠鏡を、黒塗りの資料を頼りに解読しながら、自分たちの観測ミッションに合わせて作り直す——ローマンの開発は、そういう仕事でした。
では、結局この「もらい物」は節約になったのか。実は、はっきりしていません。改修や再設計にも当然お金がかかるため、開発当時の専門家のあいだでも「安く済む」「かえって高くつく」と見方が割れていました。それでも結果だけ見れば、ローマンはこの規模の宇宙望遠鏡として異例なほど日程と予算を守り、前倒しで発射台までたどり着きました。軍の計画の派手な失敗から出てきた余り物が、20年あまりを経て、宇宙の謎に挑む道具として打ち上がる——数字の損得はさておき、めぐり合わせとしてはできすぎた話です。
倉庫に残るもう1本
この話には続きがあります。2012年にNROが寄贈した望遠鏡は2本。ローマンに使われたのはそのうち1本で、もう1本はいまもNASAの手元に残っています。何に使うのかは、発表されていません。ハッブル級の光学系が、使い道未定のまま眠っている状態です。いつか2本目にも出番が来るのか、静かに気にしておきたいところです。
なお、望遠鏡の名前になっているナンシー・グレース・ローマンは、NASA初のチーフ天文学者を務め、ハッブル宇宙望遠鏡の実現に力を尽くしたことから「ハッブルの母」と呼ばれた人物です。ハッブルを生んだ人の名を持つ望遠鏡が、ハッブルと同じ大きさの鏡で——それも思いがけない出自の鏡で——宇宙へ向かうことになります。
最後にひとつ注意を。この記事の打ち上げ日時は執筆時点(2026年8月27日)のNASAの発表にもとづくもので、天候や機体の状況によって直前でも変わる可能性があります。予備日として8月31日も確保されています。最新の日程はNASAの公式情報で確認してください。
出典
- Space.com「From spy satellite to space telescope: The unlikely origins of NASA’s Roman Space Telescope」(2026年8月26日、Chelsea Gohd):https://www.space.com/astronomy/from-spy-satellite-to-space-telescope-the-unlikely-origins-of-nasas-roman-space-telescope
- NASA「Roman Launch Countdown」(打ち上げ日時の一次情報):https://science.nasa.gov/mission/roman-space-telescope/roman-launch-countdown/


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