アメリカンフットボールの元選手の脳に、繰り返しの衝撃による病変が見つかる——という話は、ここ20年ほど何度も報じられてきました。ただ、そのたびに答えが出なかった問いがあります。「では、元選手の何割がその病気なのか」。
2026年8月25日、医学誌『BMJ』にその割合を出そうとした論文が載りました。マス・ジェネラル・ブリガムとハーバード大学医学部のダニエル・ダネシュヴァール医師を筆頭に、ボストン大学などのチームによるものです。出てきた数字は、少なくとも24.5%、最大で97.7%。約4分の1から、ほぼ全員まで。
ふつうなら「幅が広すぎて使えない」と言われそうな結果です。ところが、この幅こそがこの研究のいちばん面白いところでした。
死後の解剖でしか確かめられない病気
話の中心にあるのは、CTE(慢性外傷性脳症)という病気です。頭部に繰り返し衝撃を受けた人に起きる、進行性の神経の病気で、記憶や判断力の低下、気分の変化などが、多くは中年期以降にゆっくり進みます。ボクシングの「パンチドランカー」として1920年代から知られていたものと、同じ病気だと考えられています。
やっかいなのは、診断のしかたです。CTEは、亡くなったあとに脳の組織を調べて、タウというたんぱく質の特徴的なたまり方を確認して初めて確定します。生きている人を検査して「あなたはCTEです」と言える方法は、今のところありません。症状から疑うことはできても、それは確定診断ではないのです。
つまり、この病気の割合を知ろうとすると、亡くなった人の脳を実際に開けて調べるしかない。ここが出発点になります。
脳バンクの数字に混じっていた偏り
これまで報じられてきた数字は、脳バンク(研究のために脳の提供を受ける仕組み)に集まった脳を数えたものでした。たとえば2017年には、提供された元NFL選手の脳の9割以上でCTEが見つかった、という報告が大きく取り上げられています。
ただ、この「9割」をそのまま「元選手の9割」と読んではいけない、というのは研究者もずっと指摘してきたことです。理由は単純で、脳を提供するかどうかが、たまたま決まっていないからです。
提供を申し出るのは、多くの場合、生前に記憶の問題や性格の変化が見られた人の家族です。「もしかしてあの病気だったのでは」と思うから、調べてほしいと申し出る。逆に、最後まで元気だった人の家族は、そもそも提供を思いつきません。集まってくる脳は、最初から「CTEがありそうな人」に寄っているわけです。
この状態で割り算をしても、分母が偏っているので意味のある割合になりません。統計の用語では選択バイアス、この研究の文脈では「分母が作れない問題」と呼ばれてきました。
調べていない643人をどう数えるか
今回のチームがやったのは、まず分母を作ることでした。
プラスチック製ヘルメットの着用が義務化された1949年以降にデビューし、NFLの試合に1試合でも出た選手。そのうち2008年から2021年のあいだに亡くなった人を、国の死亡記録から全員洗い出しています。1,712人。このうち脳が提供されたのは338人(19.7%)で、ボストン大学のUNITE脳バンクとカリフォルニア大学サンフランシスコ校の脳バンクで調べられました。判定する病理医には、その人の競技歴も生前の症状も伏せられています。結果、338人中315人(93.2%)にCTEがありました。
次に、チームは2016年から2021年の6年間に絞り込みます。この時期は脳の提供率がいちばん高く、亡くなった878人のうち235人(26.8%)が提供されていました。そのうち215人にCTEが見つかっています。
問題は、残りの643人です。脳を調べていないので、CTEがあったかどうか分かりません。ここで研究チームが取った方法が、この論文の肝でした。
推定しなかったのです。かわりに、両端を計算しました。
下限は、643人が全員CTEではなかったと仮定した場合。それでも215人は確実にCTEなので、215÷878で24.5%になります。上限は、643人が全員CTEだったと仮定した場合。(215+643)÷878で97.7%です。

上の図が、これまでの数え方と今回の数え方の違いです。左が脳バンクだけを見た場合、右が亡くなった878人全員を分母に置いた場合になります。
つまり24.5%という数字は、推定値ではありません。「これ以上は下げようがない床」です。調べていない643人にとって最も有利な——CTEが一人もいなかったという——仮定を置いてなお、4人に1人は残る。どんな仮定を持ち込んでも、この数字を割り込ませることはできない。だからこの研究は「24.5%から97.7%のどこか」という、一見すると頼りない言い方をしています。幅が広いのは、推定が甘いからではなく、正直に言えばここまでしか言えないからです。
ちなみに2008年から2021年の全期間で同じ計算をすると、幅は18.5%から98.7%になります。2016年以降のほうが下限が高いのは、CTEが増えたからではなく、脳の提供率が高かったからです。調べた人が多いほど、床は自然に上がります。
認知症との関係、そして死亡診断書のずれ
この論文にはもう一つ、割合の話とは別の結果が入っています。
脳を提供した人のうち104人(30.8%)が、CTEのなかでも最も進んだ段階(ステージIV)でした。また202人(59.8%)が、生前の記録から認知症の臨床基準を満たしていたと判定されています。この判定をした臨床医には、脳の病理の結果は伏せられていました。提供者と非提供者の違いを統計的に調整したうえで比べると、ステージIVの人は、そうでない人より認知症のリスクが44%高いという結果でした。
もう一つ、地味ですが気になる数字があります。臨床医が「認知症だった」と判定した提供者のうち、死亡診断書に神経変性の病気が死因(主要因または副次的な要因)として記載されていたのは、40.6%だけでした。残りの6割は、書類の上では認知症の記録が残っていないことになります。統計として集計されるのは、この書類のほうです。
NFLだけの問題ではないという指摘
ダネシュヴァール氏が繰り返し述べているのは、この話がプロリーグの中で完結しないという点です。元NFL選手が受けた頭部への衝撃の大半は、プロになってから受けたものではありません。大学、高校、場合によっては少年時代から積み上がってきたものです。
そして本人によれば、リスクを決めるのは脳しんとうの回数だけではなく、生涯を通じて頭に加わった力の合計です。派手なぶつかり方だけでなく、記録にも残らないような小さな衝撃の積み重ねが効いてくる。だから対策も、脳しんとうを起こさないようにする話ではなく、そもそも頭に衝撃が加わる回数を減らす話になります。実際に彼が挙げているのは、NFLがすでに導入している「接触を伴う練習は週1回まで」といった制限を、下のカテゴリーにも広げることでした。
CTEはアメリカンフットボールだけの病気ではなく、ボクシングや格闘技、アイスホッケー、サッカー、レスリング、それに軍務での爆風被害などでも報告されています。日本でも、量子科学技術研究開発機構などのチームが、格闘技経験者や重い頭部外傷の既往がある人を対象に、生きている人の脳のタウを可視化するPET検査の研究を進めてきました。生前に診断できるようにする、という方向の取り組みです。
解釈上の留意点
数字の読み方について、研究チーム自身が挙げている注意点がいくつかあります。
まず、これは「2016年から2021年のあいだに亡くなった元NFL選手」の割合です。いま現役でプレーしている選手の割合でも、存命の元選手を含めた全体の割合でもありません。亡くなった時点での割合と、生きている人のあいだでの割合は別のものです。
次に、97.7%は上限であって、推定値ではありません。「元選手のほぼ全員がCTE」と読むのは、24.5%を「元選手の4人に1人」と読むのと同じくらい、母集団の取り違えになります。真の値はこの幅のどこかにある、というのが論文の言っていることです。
また、対象は1949年以降にデビューした選手で、亡くなったのは2021年までです。近年ルールや装具が変わったあとにプレーした世代がどうなるかは、この研究では分かりません。研究チーム自身、より最近の世代を対象にした調査が必要だとしています。アメリカンフットボール全体、まして他の競技や他の国にそのまま当てはめられる数字でもありません。
CTEとの関連が示された認知症についても、観察研究なので「CTEが認知症を起こした」と証明したことにはなりません。関連の強さが見えた、という段階です。
そして、この研究は誰かにスポーツをやめさせるためのものではありません。ダネシュヴァール氏の主張は一貫して予防側にあります。CTEは治す方法がまだない一方で、原因は分かっている。だから頭に加わる衝撃を減らせば、リスクは減らせる、という話です。
最後に、心配になった人のために書いておくと、いまのところ生きている人のCTEを確定できる検査はありません。記憶の変化や気分の落ち込みが気になる場合、それがCTEかどうかを自分で判断する材料はないということです。気になる症状があれば、脳神経内科など医療機関で相談するのが確実です。


コメント