広島湾の砂粒に残っていた、地球に前例のない原子の並び方

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広島湾の砂浜には、1945年8月6日にできたガラスの粒が、いまも混じっています。イタリア・フィレンツェ大学の地質学者ルカ・ビンディ氏らの研究チームが、その粒のひとつを詳しく調べたところ、中に含まれていた金属の粒が、地球上でこれまで報告のない原子の並び方をしていることが分かりました。論文は2026年7月29日、査読誌のScience Advancesに掲載されています。

この記事の内容は、1945年末までにおよそ14万人が亡くなったと推計される出来事の、物理的な残りものについての研究です。研究チーム自身も、この物質はそれを生んだ人間の破局から切り離せない、と明言しています。そのことを前提に、研究が何を調べ、何を示したのかを、できるだけ淡々と書きます。

広島湾の砂浜に残るガラスの粒

話の出発点は2019年にさかのぼります。スイス在住の地質学者マリオ・ワニエ氏は、海の微小な生き物の殻を調べるために、広島湾の元宇品(もとうじな)半島や宮島周辺の砂浜から砂を集めていました。顕微鏡で一粒ずつ見ていくうちに、殻でも岩の破片でもない、丸くてつるりとしたガラス状の粒がいくつも混じっていることに気づきます。

ワニエ氏はカリフォルニア大学バークレー校の研究者らと共同でこの粒を分析し、成分が当時の広島の街にあった材料、つまりコンクリートや大理石、ステンレス鋼、ゴムなどと一致することを確かめました。1800℃を超える温度でしかできない鉱物の組み合わせも見つかりました。結論は、原爆の火球のなかで街の材料が溶けて混ざり、雨のように降ってきた「降下物」だというものです。チームはこの粒に、ニューメキシコの核実験場のガラス「トリニタイト」にならって「ヒロシマイト(hiroshimaite)」という名前をつけました。砂浜の表面から深さ10センチほどの範囲に、1平方キロあたり数千トン規模で残っていると見積もられています。

ここで大事なのは、ヒロシマイトの多くは「ふつうの材料が溶けてガラスになったもの」だという点です。カルシウムやアルミニウム、ケイ素が主成分で、それ自体は特別な物質ではありません。ただ、火球のなかでは金属やガラス、土、建材が一度に蒸気になり、混ざり合い、火球が膨らむにつれて数秒のうちに冷えます。そういう場所で、ふつうなら混ざらないものが混ざり、ふつうならできない並び方の原子が、安定な形に落ち着く前に凍りついてしまうことがある。それが今回の研究の前提でした。

34点の試料と1粒の違和感

ビンディ氏らは、ヒロシマイトのなかに珍しい金属相(=金属の結晶のかたまり)が残っていないかを探すため、大きさが数百マイクロメートルから数ミリのヒロシマイト34点を選び、電子顕微鏡やX線を使って一点ずつ中身を調べました。研究チームは、フィレンツェ大学のビンディ氏とテレサ・サルヴァティチ氏、バークレー校のハンス=ルドルフ・ウェンク氏、そしてワニエ氏の4人です。日本の研究機関は加わっていません。

34点のうち1点は、ガラスの中に鉄とクロムを主成分とする金属の小さな破片を、いくつも閉じ込めていました。街のステンレス鋼が溶けたものと考えれば、ここまでは想定どおりです。ところが化学分析をすると、そのなかの1粒だけ、まわりの粒より明らかにケイ素を多く含んでいました。差し渡しは約10マイクロメートル。赤血球ひとつと同じくらいの大きさです。

チームはこの粒と、比較用に同じくらいの大きさの粒3つを選び、細い針を使って研磨した試料から一粒ずつ手作業で取り出しました。そして単結晶X線回折(=1粒の結晶にX線を当てて、原子がどう並んでいるかを割り出す方法)で、内部の構造を調べています。

ありふれた元素と前例のない並び方

比較用の3粒は、ふつうの鋼と同じ「体心立方」という単純な並び方でした。問題の1粒は違いました。

含まれていたのは、鉄を主に、クロム、ケイ素、ニッケル、モリブデン、マンガン、アルミニウム。どれも鉄鋼の材料としてありふれた元素で、街の建物や設備に使われていたものが混ざったと考えれば説明がつきます。珍しいのは中身ではなく、並び方のほうでした。この粒の原子は「AlAu₄型」と呼ばれる、はるかに複雑で規則正しい立方体の構造をとっていたのです。βマンガンという金属の構造から派生した形で、この元素の組み合わせがこの構造をとった例は、工業用の合金にも、これまでに報告された核爆発の生成物にも見当たりません。

合金は、何が入っているかだけで決まるものではありません。同じような元素を含んでいても、原子の並び方が違えば別の物質で、性質も変わります。ビンディ氏が「新しさは、この化学組成と結晶構造の組み合わせにある」と説明しているのはそのためです。つまり、材料はどこにでもある鉄鋼なのに、原子の並び方だけが地球に前例のないものだった。それがこの1粒の正体でした。

ひとつ書き添えておくと、これは「新鉱物」ではありません。鉱物として登録されるには天然にできたものである必要があり、爆発の生成物は対象外です。論文でも「これまで知られていなかった多成分合金」「新しい相」と呼んでいて、鉱物として届け出たものではありません。

数秒の条件が凍りつかせたもの

なぜこんな並び方ができたのか。研究チームの見立ては、火球のなかで街の金属が一度まとめて蒸気になり、そこから金属の液滴として凝縮し、極端に速く冷やされたから、というものです。ゆっくり冷えれば、原子はもっと単純で安定な並び方に落ち着きます。今回はそこへ移る前に、複雑な配置のまま固まってしまった。だから残った、という説明です。

この条件、つまり7000℃を超える温度でいろいろなものが同時に蒸気になり、激しく混ざり、数秒で冷えるという組み合わせは、自然界にもめったにありませんし、実験室でわざわざ再現するのも簡単ではありません。ビンディ氏はこれを、膨大な数の材料実験が制御なしに一度に行われたようなものだと表現しています。研究者が何年もかけて試すような組み合わせが、あの数秒に詰め込まれていた、ということです。

似た話はほかにもあります。ビンディ氏らは、1945年7月のトリニティ核実験の跡地に残るガラス「トリニタイト」から、2021年に準結晶(=結晶に似た規則性を持ちながら、ふつうの結晶のようには繰り返さない特殊な固体)を、2026年には別の新しい結晶を報告しています。今回の合金も、そうした「核爆発の残りものに眠っている、めったにできない相」のひとつと位置づけられています。ビンディ氏は、こうした相は数マイクロメートルの粒の中に隠れていて見落とされやすく、まだ相当な数が残っているかもしれない、と述べています。

破局から切り離せない研究

ここまでの内容だけを取り出せば、「極端な条件でしかできない構造が、81年後の砂粒から見つかった」という材料科学の話です。ただ、それを生んだのが何だったかを抜きにして、この話を書くことはできません。

研究者自身も同じことを言っています。ビンディ氏は、科学的にはこの物質は並外れているが、それを生み出した人間の破局から切り離すことはできない、この研究は謙虚さと敬意をもって、知識が計り知れない苦しみの残りものから来ていることを自覚して進めなければならない、と語っています。

見つかったのは、1粒だけです。似たものがほかにもあるのかどうか、火球のなかのどの材料がどう混ざってこの粒になったのか、確かなことはまだ分かっていません。分かったのは、あの数秒に何が起きたかを、街の材料そのものが原子の並び方として記録していた、ということです。

留意点

今回の研究が測ったのは、粒の元素組成と原子の並び方です。試料の放射線量を評価したものではなく、広島湾の砂浜の安全性について何かを述べたものでもありません。この記事の内容から「いまの砂浜が危ない」とも「安全だ」とも読み取ることはできません。

構造がAlAu₄型であることはX線回折で確かめられていますが、「火球のなかで蒸気から凝縮し、急冷されてできた」という形成過程は、研究チームの解釈です。論文でも「〜とみられる(likely)」という書き方になっています。また、見つかった合金は1粒だけで、この構造がどのくらいの頻度でできるのかは分かっていません。

「地球上で前例がない」というのは、既知の工業合金や、これまでに報告された爆発生成物のデータベースと照らして一致するものがなかった、という意味です。この記事では、その範囲を超えないように書いています。

出典

論文:Luca Bindi, Hans-Rudolf Wenk, Mario Wannier, Teresa Salvatici, “Discovery of a multicomponent alloy forged by the Hiroshima atomic blast,” Science Advances, 12, eaeg8299(2026年7月29日)
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aeg8299

解説記事:ScienceAlert “The Hiroshima Atomic Blast Forged a Metal Never Seen Before on Earth”(Michelle Starr、2026年8月28日)
https://www.sciencealert.com/the-hiroshima-atomic-blast-forged-a-metal-never-seen-before-on-earth

ヒロシマイトの発見(2019年):Berkeley Lab News Center “Study: Glassy Particles Found Near Hiroshima are Fallout from A-Bomb”
https://newscenter.lbl.gov/2019/05/13/study-concludes-glassy-menagerie-of-particles-in-beach-sands-near-hiroshima-is-fallout-debris-from-a-bomb-blast/

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