5600万年前、地球は急激な温暖化を経験しました。そのとき森がどうなったのかを、化石になった葉の「細胞の形」から読み出した研究が、2026年8月13日付のScience誌に載っています。調べたのはアメリカ・ワイオミング州の地層で、答えは「森の樹冠はおよそ6割薄くなり、元に戻るまで10万年以上かかった」というものでした。
研究を率いたのは、ロサンゼルス郡立自然史博物館(ラ・ブレア・タールピット)の古植物学者リーガン・ダン氏。ワイオミング大学のエレン・カラーノ氏や、アメリカ地質調査所のマリーケ・デシェーン氏らが加わっています。二酸化炭素が増えると森は茂るのか、それとも枯れるのか。この研究は、その問いを地球がすでに一度やっている「実験」の記録から確かめた、という話です。
ワイオミングの石炭層に残された5600万年前の森
舞台は、ワイオミング州南部のハンナ盆地です。いまは乾いた低木の草地が広がる場所ですが、5600万年前には、メタセコイアの巨木の下にスズカケノキやハンノキ、ヤシが茂る亜熱帯から熱帯の森がありました。
この時期には、暁新世(ぎょうしんせい)と始新世(ししんせい)という2つの時代の境目にあたる、地質記録でも指折りの急激な温暖化が起きています。英語の頭文字をとってPETMと呼ばれる出来事で、大量の炭素が大気と海に流れ込み、世界の気温は5〜9度ほど上がったと見積もられています。炭素の主な出どころは火山活動とみられ、放出は数千年かけて進みました。
ハンナ盆地は石炭のできる盆地で、植物の有機物をたっぷり含んだ岩が積み重なっています。PETMの地層としてよく知られる同じワイオミング州のビッグホーン盆地にはない特徴で、この有機物の多い岩の中に、今回の手がかりになる葉の断片が眠っていました。カラーノ氏らのチームは10年以上かけて、PETMの前後をまたぐ数百点の試料をここから集めています。
二酸化炭素が増えたときの森の行方
二酸化炭素は植物の光合成の材料なので、濃度が上がれば植物はよく育つはずです。実際、1980年代以降の衛星観測では、地球の植生が全体として「緑化」してきた傾向が見えていて、人間が出した二酸化炭素が肥料のように効いた結果だと考えられてきました。
ただし、二酸化炭素が増えれば気温も上がります。暑さと乾燥、それに伴う病気や虫、山火事は、植物を弱らせます。肥料の効果と、暑さのダメージ。どちらが勝つのかは、モデル計算だけでは決めきれない問題でした。
そこでダン氏らは、過去に地球が経験した「大量の炭素が短期間で放出された出来事」を、そのまま実験結果として読むことにしました。PETMは、人類が地球をつくり変える前に起きた、いちばん近い自然の前例です。問題は、5600万年前の森の「濃さ」を、どうやって数字にするかでした。
葉の細胞の形から樹冠の密度を読む手法
使ったのは、葉のクチクラという薄い蝋(ろう)状の膜です。葉の表面を覆うこの膜は、有機物の多い堆積物の中なら何千万年も残ることがあり、表皮の細胞の輪郭がそのまま見えます。
同じ木でも、日なたの葉と日陰の葉では細胞の形が違います。日陰で育った葉は、光を求めて葉を伸ばそうとするため、細胞ひとつひとつが細長くなります。日なたの葉の細胞は、短くて丸い形です。つまり、細胞の形を見れば、その葉がどれくらい陰の中で育ったかが分かります。
ダン氏らはこの関係を、森の濃さを測る道具に仕立てました。まず中央アメリカと南アメリカの、密度の異なるさまざまな森に出向き、三脚に立てた魚眼レンズのカメラで真上を撮って「葉面積指数」を測ります。葉面積指数は、空のどれだけが葉でふさがれているかを表す数値で、森の樹冠の密度を示す標準的なものさしです。同時に、カメラの真下の土を採って、そこに混じっている葉の断片の細胞を何千個も測りました。
土の中の葉の断片は、その森のいろいろな木、いろいろな高さの葉が混ざったものなので、森全体の構造を映しています。細胞の形と葉面積指数を突き合わせると、細胞が細長いほど樹冠が濃い、という強い対応が見つかりました。この対応を、ワイオミングの5600万年前の岩に当てはめたわけです。

温暖化の入口で最も濃くなり、その直後に崩れた樹冠
読み出された記録で意外だったのは、森がPETMに弱った状態で入ったのではなかったことです。
急激な温暖化が始まる直前、ハンナ盆地の森の樹冠は、それまでの数十万年でいちばん濃い状態に達していました。大気の二酸化炭素が増え始めたことで、育ちやすい条件がそろったためとみられます。肥料の効果は、たしかに効いていたのです。
それが長くは続きませんでした。気温が上がるにつれて暑さと乾燥が二酸化炭素の恩恵を上回り、大量の木が枯れて、樹冠は一気に開きます。葉面積指数で見て、森はおよそ6割の樹冠を失いました。Smithsonian Magazineの報道によれば、PETMの残りの期間を通じて、樹冠は当初より35%ほど薄い状態が続いたとされています。
森の顔ぶれも入れ替わりました。花粉などの微化石から復元すると、ニレやクルミ、アボカドの仲間といった広葉樹が減り、いったんシダが広がったあと、ヤシをはじめとする暖かい地方の植物が北へ移ってきています。二酸化炭素で一度いちばん茂った森が、その先の暑さで6割を失う。この順番が、今回の記録の芯です。

薄くなった森が変えた地面と川
樹冠が開くと、地面に届く光が増え、水の動きも変わります。ハンナ盆地では、PETMの層で古い土壌が姿を消し、代わりに粗い川の堆積物が現れています。木が減って土を押さえる力が弱まり、侵食が進んで、水と土砂の流れ方そのものが変わったことを示しています。
森が薄くなれば、植物と土壌に蓄えられる炭素も減ります。気候が森を変え、森が地面と川を変え、それがまた炭素の循環に返ってくる。研究チームは、こうした植物群集の変化が大陸規模で地形を不安定にした可能性を指摘しています。
回復に要した10万年という時間
ワイオミングの森は、最終的には戻りました。温暖な気候のもとで岩石の風化が進み、大気の炭素が少しずつ海の堆積物へ引き抜かれて、気候が冷えて水が戻ると、樹冠はふたたび濃くなります。密な状態を取り戻したのは少なくとも5570万年前で、やがてPETM前よりも濃い森になりました。
ただし、それに10万年以上かかっています。人の寿命で数えれば数千世代です。ダン氏は、森は時間さえあれば回復するが、その「時間」は人間の尺度とはかけ離れている、と書いています。
そして、いまとの比較で押さえておきたいのは放出の速さです。PETMの炭素は火山活動から数千年かけて出ました。現在、人間が二酸化炭素を出している速さは、その10倍ほどとみられています。ダン氏は、地球はいま私たちがつくり出しているような速さの炭素放出を一度も経験したことがない、と述べています。研究に関わっていないカリフォルニア大学バークレー校の環境科学者トレヴァー・キーナン氏は、より遅く、汚染も伐採もない「きれいな版」の実験でさえ森が薄くなったのだとすれば、それは安心できる前例ではない、と英Guardian紙に語っています。
現代の衛星観測では、1980年代から続いた緑化の傾向が近年反転し、多くの地域で植生が衰える「褐色化」が見え始めているとダン氏は指摘しています。二酸化炭素の肥料効果を暑さと乾燥が上回る、というPETMの記録と同じ順番が、いま始まっているのかどうか。今回の研究が示すのは、少なくとも過去に一度、その順番で森が崩れたということです。
解釈上の留意点
この研究が復元したのは、ワイオミング州の1つの盆地の森です。研究チームは周辺地域のデータと合わせて大陸規模の変化を論じていますが、「地球全体の森が6割減った」という話ではありません。
「6割」という数字は葉面積指数の減少で、木の本数や森の面積そのものではありません。また、細胞の形と樹冠の密度の対応は現代の中南米の森で較正したもので、5600万年前の植物にも同じ関係が成り立つという前提の上に立っています。研究チームは化石特有の残り方の偏りを補正する計算を新たに組んでいますが、手法としては今回が初めての適用です。
PETMといまでは、炭素の出どころも、放出の速さも、森を構成する植物の顔ぶれも違います。研究者たちが言っているのは「安心できる前例ではない」ということであって、「同じことが起きる」とは言っていません。逆に、当時も森が戻ったからといって、いまの森にも同じ回復が見込めるとも言えません。いまの森は、温暖化に加えて伐採や分断、山火事など、当時にはなかった負荷を同時に受けているためです。
出典
Regan E. Dunn, Marieke Dechesne, Brady Z. Foreman, Keifer Nace, Jenna M. West, Ellen D. Currano, “Forest canopy decline under elevated CO2 during the Paleocene-Eocene Thermal Maximum,” Science 393(6812), 696–701, 2026年8月13日。DOI:10.1126/science.aec4776(本文は有料)
ロサンゼルス郡立自然史博物館のプレスリリース(EurekAlert!):Paleontologists reconstruct forests of 56 million years ago with chilling parallels for our warming planet
ワイオミング大学の紹介記事:UW’s Currano Helps Reconstruct Ancient Wyoming Forest Canopy
ダン氏による解説(The Conversation):Ancient forests took 100,000 years to recover from the last global warming period similar to today
Smithsonian Magazineの報道:Forests Didn’t Fare Well During an Ancient Global Warming Event, Offering a ‘Cautionary’ Tale About Today’s Climate Change


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