2型糖尿病の治療でまず選ばれることの多いメトホルミンという薬について、主な効き方を突き止めたとする論文が、今年5月に『Nature Metabolism』に掲載されました。米ノースウェスタン大学のZachary L. Seboさんらのチームによるもので、たどり着いた先は肝臓ではなく、腸の細胞でした。
先に一つ、はっきりさせておきたいことがあります。「効き方が分かっていなかった」というのは、「効くかどうか怪しかった」という意味ではありません。メトホルミンが血糖を下げることは、長い使用実績と大規模な臨床試験ではっきり確かめられています。決まっていなかったのは、体のどこで何が起きてそうなるのか、という理由のほうです。
この薬の歴史は思いのほか古く、フランスで承認されたのが1959年、日本での発売が1961年。世界的に広く使われるようになったのは1990年代で、いまでは薬価の安さもあって、多くの国で第一選択薬の一つに置かれています。それだけの年月と処方数を重ねながら、主な作用機構は決着していませんでした。
作用機構をめぐる長年の混乱
この分野がどういう状態だったかは、論文の責任著者であるナヴディープ・チャンデルさんの言い方がよく表しています。毎年のようにメトホルミンの新しい作用機構が出てきて、そのたびに前の年の機構は間違いだったと言われる——Live Scienceの取材にそう答えています。
混乱の原因の一つは、この薬がいろいろな臓器に手を出してしまうところにあります。今回の研究には関わっていないサン・ジョアン・デ・デウ研究所の薬理学研究者マヌエル・バスケス・カレラさんも、複数の臓器と複数の代謝の側面に効くため、そのすべてを説明できる単一の機構を特定するのが難しいのだ、と同誌にコメントしています。
そのなかで長く主流だったのが、肝臓に注目する説でした。肝臓には、食事をしていない時間帯に糖を新しく作り出して血糖を保つ働き(糖新生)があります。メトホルミンはこの糖新生を抑えることで血糖を下げている、という考え方です。
複合体I説が退けられた経緯
では肝臓の中で、薬は具体的に何を止めているのか。2000年前後に出た有力な答えが、ミトコンドリア複合体Iでした。ミトコンドリアは細胞の中で酸素を使ってエネルギーを作る小器官で、複合体Iはその入り口にあたる巨大なタンパク質のかたまりです。ここが止まれば、細胞は効率よくエネルギーを作れなくなります。
ところが、この説はほどなく旗色が悪くなりました。試験管の実験で複合体Iを止めるには、メトホルミンがミリモルという相当高い濃度で存在している必要があります。しかし患者が普段飲む量では、肝臓の中の濃度はそこに遠く及ばない。濃度が足りないのだから標的のはずがない、と判断され、研究者たちは肝臓の中の別の候補を探しにいきました。
標的ではなく場所の取り違え
今回の論文が指摘したのは、複合体Iという答えのほうは合っていた、ということです。合っていなかったのは、それを探す場所でした。
メトホルミンは飲み薬で、口から入って腸を通ります。そして腸の細胞には、この薬が桁違いに溜まる。論文がまとめたところでは、腸の中の濃度は血液中の最大300倍、肝臓の10〜100倍に達します。裏を返せば、肝臓が浴びているのは腸の1〜10%ほどでしかない。複合体Iを止められるミリモルという高さに届くのは、体の中で腸だけだったわけです。

最初の手がかりは、ヒトのデータから出てきました。チームは公開されているヒトの血中代謝物データを解析し直し、メトホルミンを飲んだ前後で最も大きく減っている物質を探しています。首位に立ったのが、シトルリンというアミノ酸の一種でした。
これが効いてくるのは、シトルリンの出どころが限られているからです。シトルリンを作る酵素はミトコンドリアの中にあり、体内では肝臓と小腸にしか存在しません。しかも肝臓で作られたぶんはその場で使われてしまい、血液中に出てくるシトルリンは小腸産です。血中のシトルリンが減ったということは、小腸のミトコンドリアの働きが落ちている、という意味になります。
次に、チームはマウスで直接確かめにいきました。使ったのは、酵母が持つNDI1という酵素です。複合体Iと似た仕事をこなしつつ、メトホルミンには邪魔されないという性質があります。これを腸の上皮細胞だけに作らせれば、腸にだけ複合体Iの迂回路がついたマウスができる。
このマウスにメトホルミンを与えると、血中シトルリンの低下も、腸への糖の取り込みの増加も起きなくなりました。血糖を下げる効果自体もはっきり弱まっています。チャンデルさんはLive Scienceに対し、この遺伝子改変で血糖への効果が80%落ちたと述べています(この数字は論文本文には出てこない、取材でのコメントです)。
つまり、効いている場所は肝臓ではなく腸で、標的は四半世紀前に一度は退けられた複合体Iだった。容疑者は最初から合っていて、捜査していた現場のほうが違っていた、という決着です。
腸が糖の受け皿になる仕組み
複合体Iが止まると、細胞はエネルギーの作り方を切り替えざるをえません。ミトコンドリアが正常なら、ブドウ糖1個からATP(細胞が使うエネルギーの通貨)がおよそ30個作れます。それが使えないと、解糖系という古い経路に頼ることになる。こちらはブドウ糖1個からATPが2個です(この30対2は教科書的な概算で、今回の論文が測った値ではありません)。
効率が15分の1になっても必要なエネルギーは変わらないので、材料をその分たくさん流すしかない。腸の細胞はブドウ糖をどんどん取り込み、解糖系に流し、余りを乳酸として吐き出します。血液の側から見れば、腸が糖の受け皿になったということです。その結果として、血糖が下がる。

この筋書きは、臨床の現場で以前から知られていた妙な現象ともつながります。がんを探すFDG-PETという検査では、ブドウ糖によく似た薬剤がどこに集まるかを見るのですが、メトホルミンを飲んでいる人は腸がやたらと明るく写ってしまい、腫瘍が隠れてしまう。そのため2010年代初めから、検査の前にメトホルミンを一時中止するのが標準的な扱いになっています。理由が分からないまま経験的に知られていた現象が、今回の説明にそのまま収まった形です。
蓄積ではなく、その都度の積み重ね
実験からはもう一つ、意外な指摘が出ています。メトホルミンの効き目は、薬が体に溜まって代謝が少しずつ作り変わることで生まれるのではなく、飲むたびの急性の効きが積み重なった結果らしい、というものです。
マウスに2週間毎日与えたあと、薬がほぼ抜けきる16〜20時間後に測ると、空腹時の血糖も糖負荷への反応も、与えていないマウスと変わりませんでした。飲み水に混ぜてだらだら与えた場合には、そもそも血糖が下がりませんでした。効いていたのは、まとまった量が一度に腸を通るそのときだけ、ということになります。
これはマウスでの結果であり、飲み方についての知見ではありません。実際の服用のしかたは処方する医師が決めることで、この研究を根拠に何かを変える性質のものではない、という点は押さえておきたいところです。
同じ経路を使う別の物質
チームは、この仕掛けが他の物質でも働くかどうかも調べています。かつて使われていた別のビグアナイド薬フェンホルミン(乳酸アシドーシスのリスクで1970年代に使用中止になった薬)でも、腸に迂回路をつけたマウスでは血糖低下が弱まりました。
面白いのはベルベリンのほうです。オウレンやキハダなどに含まれる植物成分で、化学構造はビグアナイドとまったく似ていません。海外では代謝を整えるサプリメントとして売られています。そのベルベリンも、腸に迂回路をつけたマウスでは血糖を下げる働きが完全に消えました。生まれも構造も違う物質が、同じ場所の同じ標的を通っていたわけです。ただしこちらもマウスでの結果で、ヒトでの臨床データは限られています。
解釈上の留意点
まず、機構を詰めた遺伝学の実験は、すべてオスのマウスで行われています。ヒトのデータが使われているのは血中代謝物の解析部分で、それも公開済みデータの再解析です。バスケス・カレラさんも、機構の証拠の多くがオスのマウス由来であるため、ヒトにどこまで当てはまるのか、性別による違いがあるのかははっきりしないと指摘しています。「ヒトの体でこう起きている」と読むには、まだ足りません。
次に、腸に迂回路をつけたマウスでも、メトホルミンの効果が完全に消えたわけではありません。論文自身がこれを不完全な耐性として認めており、腸の複合体I以外にも標的があるか、あるいは迂回路が複合体Iの仕事を完全には肩代わりできていないか、そのどちらかだろうと書いています。腸が主役だとしても、唯一の舞台ではなさそうです。
そして、これで決着したと書くのはおそらく早い。冒頭のチャンデルさんの言葉——毎年新しい機構が出てきて、去年のは間違いだったと言われる——は、今回の論文にもそのまま向けられる可能性があります。それを承知したうえで、腸という場所と複合体Iという標的の組み合わせに、これまでで一番はっきりした証拠が付いた、というのがいまの位置です。
効いているという事実と、なぜ効くのかの説明は、まったく別のものです。60年以上使われてきた薬について、後者がいまだに書き換わり続けている。それ自体が、薬というものの分かりにくさをよく表しているように思います。
なお論文は査読を経て『Nature Metabolism』に掲載されたもので、査読前のプレプリントではありません。オープンアクセスなので、誰でも全文を読めます。


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