グラフェンの表面に自然にできる細かいシワが、その場所の電気的な性質を変えている。アメリカのライス大学を中心に、イギリスのサセックス大学やマンチェスター大学、ペンシルベニア州立大学などが加わった研究チームが、そんな結果を材料科学誌のAdvanced Materialsに発表しました(2026年7月25日オンライン掲載)。筆頭著者はライス大学で博士課程を修めたサスヴィク・アジャイ・アイエンガー氏です。
扱われているのは「フレキソエレクトリシティ」という現象で、材料を不均一に曲げると電気的な偏りが生まれる、というものです。グラフェンでこれが起きることは18年前に理論で予測されていましたが、曲がりが原子数個ぶんの幅に収まってしまうため、直接測るのが難しいままでした。今回はその測定に成功したうえ、偏りの大きさが、これまで知られていた系とは桁違いだったという報告です。
グラフェンとシワの関係
グラフェンは、炭素原子が六角形の網目状に並んだ、厚さ原子1個ぶんのシートです。軽くて丈夫で電気をよく通す材料として、2000年代に単離されてから研究が続いてきました。
ただ、このシートは平らなまま置いておけるものではありません。作るとき、別の基板に移すとき、温度が変わるとき、あちこちにシワが寄ります。厚さが原子1個しかないので、紙よりずっと簡単に折れ曲がるためです。電子部品の材料としてグラフェンを使いたい人にとって、このシワは長らく「品質のばらつきの原因」でした。平らな部分と性質が違うので、できれば無くしたいもの、無くせないなら数を減らしたいもの、という位置づけです。
今回の研究は、そのシワを無くす話ではありません。シワの先端で何が起きているかを、原子のスケールで測りに行った話です。
曲げると電気が偏る現象
材料を変形させると電気が出る現象として、いちばん広く使われているのは圧電(ピエゾ)です。ガスコンロやライターの点火、スピーカー、超音波センサーなど、身近な道具にたくさん使われています。押すと電圧が出る、電圧をかけると伸び縮みする、という性質です。
フレキソエレクトリシティは、これとは別の現象です。違いは2つあります。1つは、起こる材料の範囲。圧電は、結晶の構造に「向き」がある特定の材料でしか起きません。一方でフレキソエレクトリシティは、原理上はどんな材料でも起きます。もう1つは、必要な変形の種類。圧電は材料全体を一様に押したり引いたりすれば起きますが、フレキソエレクトリシティは「場所によってひずみの度合いが違う」状態、つまり曲げのように変形に勾配があるときにだけ現れます。
どんな材料でも起きる、と書きましたが、実際にはほとんどの場合、効果が小さすぎて見えません。ふつうの大きさの物体を曲げても、ひずみの勾配はごくわずかです。圧電材料の中では圧電のほうが圧倒的に強く、フレキソエレクトリシティの分は埋もれてしまいます。これまでの実験的な報告は、主にペロブスカイトと呼ばれる種類のセラミック結晶など、大きな塊の材料で、探針で強く押し込んで無理やり曲げる、といった条件のものが中心でした。
ところが、シートが薄くなって曲げが急になるほど、この効果は大きくなるはずだ、という理論があります。2008年、ペンシルベニア州立大学のヴィンセント・ムニエ氏(当時は別の所属)らが、グラフェンのような原子1層のシートを鋭く曲げると、電子の分布が偏って電気的な応答が出る、と予測しました。ムニエ氏は今回の論文の責任著者の一人でもあります。
予測はあったものの、確かめるのは簡単ではありませんでした。効果が出る「鋭い曲げ」というのは、曲がりの幅が原子数個ぶん、つまり1ナノメートル(10億分の1メートル)に満たない領域の話です。そこで起きている電気的な変化だけを、周囲の平らな部分や、下にある基板の影響と切り分けて測る手段が、長いあいだ足りませんでした。
高さではなく先端の鋭さが決める応答
研究チームが使ったのは、二硫化モリブデン(MoS2)という別の原子層材料の上に、グラフェンを載せた試料です。2つの材料は原子の間隔も硬さも違うため、グラフェンを載せると勝手にシワが寄ります。シワの高さは6〜8ナノメートルほど。特別な加工をしたわけではなく、材料の組み合わせで自然にできたものです。
肝心なのは、シワの高さではなく先端の形でした。シワの頂点は、細く立ち上がった壁が寄り添うように閉じていて、そのてっぺんの曲がりを円で近似すると半径はおよそ0.5ナノメートルになります。炭素原子どうしの結合の長さが0.14ナノメートルなので、結合数本ぶんの幅で折り返している計算です。サッカーボール型の炭素分子として知られるフラーレン(C60)の半径が0.34ナノメートルで、これが炭素材料で作れる曲がりの下限に近い値ですから、シワの先端はその限界にかなり迫っています。
測定には、導電性原子間力顕微鏡を使いました。細い針で表面をなぞって凹凸を測るのと同時に、針と試料のあいだに流れる電流も記録できる装置です。これに、電圧をかけずに表面の電位を測る手法(ケルビンプローブフォース顕微鏡)と、レーザーで原子の伸び縮みを調べるラマン分光を組み合わせました。
結果は、シワの先端だけが、平らな部分とはっきり違う電気的なふるまいを見せる、というものでした。針に電圧をかけていくと、シワの先端ではおよそ1ボルトを境に電流が流れ始めます。平らなグラフェンにはこの境目がありません。電圧の向きを反転させると応答が非対称になることも、シワの内部に電気的な偏り、つまり向きのある分極ができていることと合っています。
そして、ここが今回の発見の中心ですが、この応答はシワの高さにほとんど影響されませんでした。同じ試料の中には高さの違うシワがたくさんあります。同じ電圧(2ボルト)をかけたとき、高いシワも低いシワも、流れる電流はほぼ同じ約67ピコアンペアでした。逆に、高さは変わるけれど先端が鋭く曲がっていない場所では、電流は出ません。効いているのは、シワが大きいかどうかではなく、先端がどれだけ鋭く折れているか、それだけでした。
計算のほうでも同じ結論が出ています。高さを約1.6、2.8、4ナノメートルと変えた3種類のシワで第一原理計算(原子と電子の動きを量子力学で解く計算)を行ったところ、電子の偏りの大きさは3つでほぼ同じでした。電流が流れ始める境目の電圧についても、計算は約1.2ボルトと予測していて、実験の約1ボルトと近い値です。
分極の強さを見積もると、理論で約4 C/m2、実験から逆算して約1 C/m2になりました。これは、これまで大きな塊の材料で報告されてきたフレキソエレクトリシティの分極密度と比べて、10万倍から1,000万倍にあたります。フレキソエレクトリシティの強さは「材料ごとの定数」を「曲がりの半径」で割った形で決まるので、定数がふつうでも、半径が原子数個ぶんまで小さくなれば値は跳ね上がります。つまり、グラフェンが特別に電気を偏らせやすい材料だったわけではなく、原子1層のシートだからこそ作れる極端に鋭い曲がりが、この数字を生んでいます。

アイエンガー氏は、シワの先端で電子がわずかに片側へ寄り、小さな電池の両端のような2つの逆向きの面ができる、と説明しています。ただしこれは、電気的な偏りができるという意味の比喩で、シワがエネルギーを蓄えたり、電気を取り出せる電源になったりするわけではありません。実験でも、針に電圧をかけない状態ではシワからの電流は観測されていません。
形で電気を制御する道筋
この結果が意味するのは、材料の化学的な組成を変えずに、形だけで電気的な性質を変えられる、ということです。
薄い材料の電気的な性質を調整したいとき、これまでの手段は主に化学でした。別の元素を微量に混ぜる、別の材料と重ねる、といったやり方です。今回の研究は、それとは別の軸を示しています。同じグラフェンでも、鋭く折れた場所には約1ボルトの境目が生まれ、折れていない場所には生まれない。シワの曲がり具合を制御できれば、そこに電気的なふるまいの違いを作れることになります。
論文が挙げている応用先は、ひずみをかけて動作を切り替えるトランジスタや高密度に並べたスイッチ、曲げに敏感なセンサー、それから機械的な変形から電気を取り出すエネルギーハーベスティングです。シワは基板の上で自然に、しかも広い面積に一様にできるため、加工の手間をかけずに大量の「境目」を並べられる、という点も利点として書かれています。
一方で、まだ示されていないことも多くあります。今回の測定は、顕微鏡の針でシワを一つずつ調べたもので、実際の素子として動かしたわけではありません。分極の値も、電流が流れ始める電圧と針の距離から逆算した推定値で、直接測ったものではありません。理論値と実験値には4倍の開きがあります。また、この試料では二硫化モリブデンの基板がシワの形を決めていて、別の基板や、狙った場所に狙った鋭さのシワを作る技術は、これからの課題です。
邪魔者だったシワの先端に、原子数個ぶんの幅で、化学では作れない性質が隠れていた。18年前の予測が測定で裏づけられたところまでが、今回の到達点です。
出典
論文:Iyengar, S. A., McHugh, J. G., Salvage, J. P., Vajtai, R., Gadhamshetty, V., Dalton, A. B., Tripathi, M., Ajayan, P. M., Meunier, V., “Sub-Nanometer Curvature Unlocks Quantum Orbital Flexoelectricity in Graphene”, Advanced Materials, 2026. https://doi.org/10.1002/adma.202518224
査読前の原稿(無料で読めます):arXiv:2503.21996
ライス大学のプレスリリース:Rice researchers show graphene nanowrinkles can reshape electricity
ScienceAlertの記事:Tiny Wrinkles in Graphene Turn It Into a Battery, Physicists Find


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