太平洋とインド洋の「連動」が切れた——サンゴ35本が残していた400年の記録

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太平洋とインド洋は、海としてはつながっていませんが、気候としては長いあいだ「連動」してきました。太平洋の側で大きな変化が起きると、数千キロ離れたインド洋の水温がそれに応じて動く——この関係が、少なくとも400年近く続いていたことを、サンゴや木の年輪の記録が示しています。ところが、この連動がここ数十年で壊れています。ウッズホール海洋研究所(WHOI)の研究チームが、その壊れ方が過去1000年のどの時期とも違う、という結果を2026年8月26日付の Nature Communications に発表しました。

太平洋とインド洋をつなぐ大気の橋

2つの海をつないでいるのは、海水ではなく空気です。熱帯の太平洋では、西側(インドネシア付近)の海が暖かく、東側(南米沿岸)が冷たい、という水温の差があります。暖かい西側で空気が上昇し、上空を東へ流れ、冷たい東側で下降して、海面近くを西へ戻る。この東西方向にぐるりと回る大気の流れを「ウォーカー循環」と呼びます。

エルニーニョが起きると、東側の海が暖まって東西の水温差が縮み、このウォーカー循環が弱まります。すると、下降する空気の場所がインドネシア付近まで西にずれ、その影響でインド洋の海面に入る熱が増えて、翌春にはインド洋全体の水温が上がります。逆に太平洋の循環が強まれば、インド洋は冷える側に動く。「太平洋の循環が弱まるとインド洋が暖まり、強まると冷える」という、はっきりした対応関係です。研究チームはこの関係を、大気を通じた「橋」と表現しています。

この関係が大事なのは、予測に使えるからです。インド洋の水温は、アフリカ・アジア・オーストラリアといった人口の多い地域の雨の降り方に効いてきます。太平洋の様子からインド洋の先行きが読めるなら、季節から数年先の気候を見通す手がかりになります。実際、この連動をモデルに組み込むと予報の精度が上がることも知られています。

百年しかない観測記録という壁

ところが1980年代あたりから、この対応関係がおかしくなってきました。太平洋のウォーカー循環はむしろ強まっているのに、インド洋は冷えるどころか暖まり続けています。研究者のあいだでは、温室効果ガスによるインド洋の温暖化が太平洋からの影響を上回ってしまった、という説明がすでに出ていました。

ただ、ここでひとつ困ったことがあります。海面水温をきちんと測った記録は、100年ほどしかありません。100年ぶんのデータで「いまの状態は異常だ」と言おうとしても、その100年より前に同じことが自然に起きていなかったかどうかは分からない。気候には数十年単位のゆらぎがあるので、「たまたま」の可能性を消せないわけです。

そこで研究チームが使ったのが、自然に残された記録でした。使ったのは、サンゴ35本、木の年輪3本、そして石筍(せきじゅん)1本。石筍は鍾乳洞の床からタケノコのように伸びる石で、雨水が少しずつ積み重なってできるため、層ごとに当時の雨や気温の情報を閉じ込めています。サンゴの骨格も同じで、育ったときの水温によって化学組成がわずかに変わるので、年輪のように読めば昔の水温が分かります。

これらを組み合わせて、1631年から1990年までの太平洋とインド洋の水温の変化を、1年刻みで復元しました。記録の9割がサンゴ、つまり海のなかで直接水温を記録していたものです。復元した値は、観測記録と重なる1881年以降でよく一致していたので、それより前の時代についても、ある程度信用してよいと判断できます。

19世紀初頭に起きていた前例

復元した記録を眺めると、2つの海はたしかに大部分の期間で連動していました。太平洋の循環が弱まる時期にはインド洋が暖まり、強まる時期には冷える。数十年単位のうねりまで、きれいに対応しています。

ところが、ひとつだけ大きく外れている時期がありました。1810年ごろから1850年ごろにかけての約40年間です。この時期、太平洋のウォーカー循環はかなり弱まっていたのに、インド洋は暖まるどころか冷えていました。本来なら暖まるはずの場面で逆に動いている——つまり、いまと同じように「つながりが切れて」いたのです。

この時期に何があったのか。1815年のタンボラ山(インドネシア)の大噴火です。過去500年でもっとも激しい噴火とされ、翌年のヨーロッパや北米で「夏のない年」を引き起こしたことで知られています。研究チームによると、1810年代から1830年代にかけて、1991年のピナトゥボ噴火を上回る規模の熱帯の噴火が少なくとも4回起きていました。

大きな噴火が起きると、硫黄を含むガスが成層圏まで届いてエアロゾルになり、太陽光をさえぎって地球を一時的に冷やします。ただ、この冷え方は一様ではありません。過去1000年ぶんの気候シミュレーションで調べると、インド洋と太平洋のそれぞれ西側が東側より強く冷え、その水温差の変化が風を変えて、太平洋のウォーカー循環を弱めていました。太平洋の循環が弱まれば、いつもならインド洋は暖まります。ところがこのときは、噴火による冷却がインド洋全体を直接冷やしていた。太平洋からの「暖める」信号と、火山からの「冷やす」効果がぶつかり、太平洋の影響が打ち消されてしまった、というのが研究チームの説明です。

つまり、このつながりは200年前にも一度切れていました。そのときの犯人は火山でした。

火山の時代とも違う現代の切れ方

ここからが本題です。火山で切れたことがあるなら、いまの断絶も「自然の範囲内」と言えるのではないか。研究チームは、この問いを正面から検証しました。

やり方はこうです。1945年から2025年までの80年間について、太平洋のウォーカー循環とインド洋の水温がどれくらい対応しているかを、相関という数値で出します。それを、過去1000年(西暦850年から現在)を80年ずつ区切ったすべての期間と比べる。比較相手には、13通りの気候シミュレーションと、サンゴなどから復元した実際の記録の両方を使いました。

結果は、はっきりしていました。通常の時代の相関はおよそマイナス0.5——「太平洋の循環が強まるとインド洋が冷える」という逆向きの対応です。火山が続いた19世紀初頭には、この値が0に近づきました。連動が弱まった、ということです。ところが1945〜2025年の相関はプラス0.37。弱まったのではなく、符号がひっくり返っています。太平洋の循環が強まっているのに、インド洋も暖まっている。過去1000年のどの80年間を取り出しても、シミュレーションでも復元記録でも、この値は95%の範囲の外にありました。火山噴火がもっとも激しかった時代を含めても、です。

符号が反転した理由は、2つの海がそれぞれ別の方向に動いているからです。熱帯インド洋は1950年代以降、10年あたりおよそ0.1℃のペースで暖まり続けています。温室効果ガスの増加で、海面から逃げる熱より入ってくる熱のほうが多い状態が続いているためです。一方、太平洋のウォーカー循環は1980年代以降、強まる傾向にあります。本来なら太平洋の循環が強まればインド洋は冷えるはずですが、インド洋の温暖化がその影響を飲み込んでしまっている。それが、符号の反転として現れているわけです。

ちなみに、観測記録の前半にあたる1880〜1960年の相関は、復元記録の値ともよく一致していて、過去1000年の分布のまん中あたりに収まっていました。人間の影響で連動が壊れ始めたのは、それより後だということになります。

切れたものと切れていないもの

「つながりが切れた」という言い方には、注意がいります。切れたのは、太平洋とインド洋のあいだの物理的な接続ではありません。大気の橋そのものは今も存在しています。壊れたのは、数十年単位で見たときの「太平洋の循環が強まればインド洋が冷える」という統計的な対応関係です。温暖化という別の要因がインド洋を暖め続けているせいで、太平洋からの信号が見えなくなっている、というほうが実態に近いでしょう。

また、インド洋側にはもうひとつ、インド洋自体のウォーカー循環(東西の水温差にともなう大気の流れ)という指標があります。こちらと太平洋の関係は、現代でも有意には崩れていませんでした。インド洋のすべてが太平洋から離れたわけではなく、「インド洋全体の水温」という指標に限って、太平洋から独立して動くようになった、という話です。

「95%の範囲の外」という言い方も、統計の話です。ありえないことが起きたという意味ではなく、過去1000年の自然の変動だけでは説明しにくい、という意味です。研究チームの筆頭著者のワン氏は、限られた観測記録だけでは言えなかった「いまの変化は本当に例外的だ」ということを、古い記録とモデルを合わせることでより確かに言えるようになった、と述べています。

限界もあります。復元に使った記録は35本のサンゴが中心で、地理的にはサンゴ礁のある海域に偏っています。シミュレーションは19世紀初頭の断絶を再現しましたが、その期間は復元記録より短く、火山の影響がモデルで十分に表現できていない可能性を研究チーム自身が指摘しています。そして、太平洋のウォーカー循環が今後どう変わるかは、気候科学のなかでもまだ見通しが定まっていない問題です。インド洋の温暖化は今世紀を通じて続くと予測されていますが、太平洋側の動き次第で、2つの海の関係がこの先どうなるかは分かりません。

研究チームは、海と海のあいだの安定した関係が気候予測の土台のひとつになっている以上、その関係が自然の要因でも人間の要因でも崩れうることを、予測の枠組みに組み込む必要があると述べています。温暖化はそれぞれの海を暖めるだけでなく、海と海の関係そのものを変えている——サンゴと年輪と石筍が残していた400年の記録から見えてきたのは、そういう話でした。

出典

元論文(Nature Communications、2026年8月26日、オープンアクセス):Coupling of Pacific and Indian Ocean variability disrupted by 19th century volcanism(Wang, Oppo & Ummenhofer)(DOI: 10.1038/s41467-026-76705-y)

ウッズホール海洋研究所のプレスリリース(2026年8月26日):Volcanic eruptions and a warming climate have disrupted close connections between the Indian and Pacific Oceans

解説記事:ScienceAlert の報道(2026年8月29日)

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