ダイエットで体重を落としたあと、以前より痩せにくくなる。この現象について、昭和医科大学などの研究チームが、脂肪組織のなかにいる免疫細胞にその原因の一端があることを報告しました。論文は医学誌「Science Translational Medicine」に掲載され、同誌のオンライン表紙にも選ばれています。
調べたのは、脂肪組織マクロファージと呼ばれる細胞です。マクロファージは体のなかを見回っている免疫の細胞で、細菌と戦うだけでなく、死んだ細胞や傷んだ細胞を片づける掃除役も担っています。脂肪組織のなかでは、この細胞がいちばん数が多い。太らせてから痩せさせたマウスを使って、この細胞に何が起きているのかを追いかけたのが今回の研究です。
脂肪組織の免疫細胞に向けられた着目
研究チームは、マウスを高脂肪の餌で太らせたあと、低脂肪の餌に切り替えて減量させました。同じように減量させても、体重の落ち方には個体差が出ます。そこで、体重が落ちにくかったマウスと落ちやすかったマウスを比べ、脂肪組織のマクロファージを詳しく解析していきました。
すると、体重の落ちが鈍かったマウスでは、マクロファージの核のなかにあるCWC22というたんぱく質が少なくなっていました。ここが糸口になります。
これまでの「肥満記憶」の説明と、残されていた空白
一度肥満になると痩せにくくなる、という現象そのものは以前から知られていました。体重を落としても体が元の状態に戻ろうとする——この性質は、研究者のあいだで「肥満の記憶」という言葉で語られてきたものです。
これまでに提案されてきた説明は、おもに遺伝子の「使われ方の量」に関するものでした。脂肪細胞やマクロファージで、ある遺伝子がよく使われる、あるいはあまり使われなくなる。そうした状態が減量後も残り続ける、という考え方です。実際、2024年には脂肪組織にエピゲノム(遺伝子の使われ方を決める目印)レベルの記憶が残ることを示した研究も出ています。
ただ、この説明には届かない部分がありました。マクロファージは、死んだ脂肪細胞を片づけたり炎症を調整したりする役目を持っています。その細胞が、痩せにくさとどうつながっているのか。遺伝子がどれだけ使われたかという量の話だけでは、そこの筋道が引けていませんでした。
今回の研究が見にいったのは、量ではなく、別のところでした。
遺伝子の読み分け方に残っていた変化
ここで出てくるのがスプライシングです。遺伝子は設計図にたとえられますが、その設計図はそのまま一枚まるごと使われるわけではありません。必要な部分を切り出してつなぎ合わせ、そこからたんぱく質が作られます。同じ設計図でも、どの部分をつないでどこを捨てるかによって、できあがるたんぱく質は変わる。この「どうつなぐかの選び方」がスプライシングです。CWC22は、そのつなぎ方を取り仕切る役目を担っています。
肥満によるストレスでCWC22が減ると、この読み分けがうまくいかなくなります。そして研究チームが確かめたのは、その乱れが減量後にどうなるかでした。
肥満によって読み分けが変わった遺伝子のうち、51.9%が、体重が落ちたあとも変わったままでした。半分以上が元に戻らない。そのうち約4分の1は、CWC22が減ったことによる変化だと突き止められています。
つまり「肥満の記憶」が保たれていた場所は、遺伝子がどれだけ使われるかという量ではなく、同じ遺伝子をどう読み分けるかというパターンのほうだった、ということになります。研究チームは論文のなかで、スプライシングのありようがマクロファージのなかに「肥満の記憶」として保たれうる、と書いています。この言葉は、研究者自身がカギ括弧つきで使っているものです。

掃除役の低下から脂肪分解の鈍化まで
上の図で示した流れを、順に追ってみます。読み分けが変わった遺伝子のなかで、とくに効いていたのがScarb1でした。この遺伝子から作られるたんぱく質の型が変わってしまうと、マクロファージの掃除の働き——エフェロサイトーシス、死んだ細胞を取り込んで処理する機能——が落ちます。
掃除が滞ると、死んだ脂肪細胞のまわりにマクロファージが取り囲むように集まった構造が増えていきます。そして、この掃除の過程で放出されていたイノシンという物質が減りました。イノシンは脂肪の分解を促す働きを持っています。
片づけがうまくいかないぶん、脂肪を分解する合図が減る。だから体重が落ちにくくなる。ここまでが、CWC22が減ることから始まって痩せにくさに行き着くまでの一本の道筋です。実際、マクロファージのCWC22をあらかじめ働かなくしたマウスは、普通のマウスに比べて減量時の体重の落ち方が鈍く、脂肪組織の重さも増えていました。
不要な型を狙った投与で起きた変化
ここまでだと、体のなかに戻りにくい仕掛けが残る、という話で終わってしまいます。ただ、研究はもう一歩進んでいます。
研究チームは、Scarb1から作られてしまう不要なほうの型だけを狙って抑える薬(アンチセンスオリゴヌクレオチドという種類のもの)を、CWC22を欠損させたマウスに投与しました。すると内臓脂肪が減り、体重の減少も進みました。記憶が残っているマウスでも、その記憶が作り出している一点を狙えば、痩せる方向に押し返せたということです。
ヒトについても手がかりがあります。肥満の人のマクロファージでは、痩せている人と比べてCWC22が核のなかにとどまる度合いが下がっていました。マウスで見つかった入口の部分は、人の体でも起きているらしいと分かります。
解釈上の留意点
ここは慎重に押さえておきたいところです。まず、この研究の中心はマウスです。ヒトで確認されたのは、肥満の人でCWC22の核内での局在が下がっているという点であって、CWC22からイノシンまでの経路の全体が人の体で確かめられたわけではありません。薬の投与実験もマウスでのものです。人に使える治療になるまでには、まだ距離があります。
もうひとつ、この研究の読み方について。示されたのは「一度太ると体重が戻りやすくなる仕組みが体に残る」ということであって、「減量に意味がない」ということではありません。むしろ逆で、減量が続かないことの背景に、意志や努力とは別の生物学的な仕掛けがあると分かったという話です。そして、その仕掛けの中身が分子の名前まで特定されたことで、狙う場所がひとつ増えました。
宮崎拓郎教授は毎日新聞の取材に対して、痩せやすい人と痩せにくい人の仕組みが分かれば効果的な肥満治療につながる、という趣旨を語っています。細胞のなかにどんな形で「記憶」が残るのかは、脂肪細胞、皮膚の免疫細胞と、細胞の種類ごとに少しずつ違う形で見つかりはじめています。それぞれがどう組み合わさって減量後の体を作っているのかは、まだ分かっていません。
出典
論文(Science Translational Medicine、DOI: 10.1126/scitranslmed.adv0221):https://www.science.org/journal/stm
ScienceAlert「Our Fat Tissue May ‘Remember’ Obesity, Even After We’ve Lost Weight」(2026年8月30日、David Nield):https://www.sciencealert.com/our-fat-tissue-may-remember-obesity-even-after-weve-lost-weight
毎日新聞「一度太るとなぜ痩せにくい? 免疫細胞に残る「肥満の記憶」解明」(2026年8月27日):https://news.infoseek.co.jp/article/mainichi_20260826k0000m100282000c/


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