世界の時計に1秒を足す「うるう秒」が、半世紀の歴史に幕を下ろそうとしています。2026年10月13日から15日にかけて、フランスのヴェルサイユで開かれる国際度量衡総会(CGPM)の第28回会合で、うるう秒を終わらせる決議案が採決にかけられます。可決されれば、1972年から27回続いてきた「1秒の調整」は行われなくなり、代わりに「うるう時間」と呼ばれる新しい考え方が導入されます。
時計から1秒が消えたり増えたりする話は、日常生活にはほとんど関係がないように聞こえます。ところが今回の決定を後押ししているのは、天文学者でも時計職人でもなく、コンピュータでした。この記事では、Natureのニュース記事とCGPMの決議案をもとに、なぜいま、うるう秒が終わろうとしているのかを追いかけます。
原子時計と地球の自転、二つの「1日」のずれ
まず前提を1行で。世界の標準時であるUTC(協定世界時)は原子時計で刻まれていますが、私たちの「1日」の感覚は地球の自転で決まっており、この二つは少しずつずれていきます。
かつて「1秒」は、地球の自転から決められていました。1日を24時間に割り、1時間を60分に、1分を60秒に割った長さです。ところが原子時計が登場すると、事情が変わります。セシウム原子の振動を数える原子時計は、地球の自転よりもはるかに正確に時を刻めるため、1秒の定義は原子側に移りました。現在のUTCは、この原子時計にもとづく時刻です。

問題は、地球の自転が一定ではないことです。長い目で見れば、月の引力による摩擦で自転は少しずつ遅くなっていきますが、短い期間では速くなったり遅くなったりと揺らぎます。原子時計の刻む時刻と、自転から求めた時刻(UT1)のずれが0.9秒を超えないように、ずれがたまったタイミングで1秒を挿入する——これがうるう秒です。1972年に始まり、これまでに27回足されました。最後に実施されたのは2016年の年末で、日本時間では2017年1月1日の朝、「8時59分60秒」という普段は存在しない時刻が刻まれています。
1秒の挿入がコンピュータにもたらす混乱
1秒を足すだけなら簡単そうに見えます。しかし、時刻の同期を前提に動いている現代のコンピュータシステムにとって、「1分が61秒になる日が不定期にやってくる」というのは、想像以上にやっかいな仕様です。電力網、通信、金融システム、インターネット——社会の土台になっているインフラの多くが、時刻同期の上に成り立っています。
実害も出ています。2012年7月1日のうるう秒では、Linuxカーネルの不具合が引き金となって各種プログラムが高負荷に陥り、国内外のウェブサービスで障害が相次ぎました。日本ではSNSのmixiが7月1日の朝9時ごろから約4時間つながりにくくなり、うるう秒を引き金とするネットワーク機器の異常が原因と説明されています。海外でもLinkedInなど複数のサービスが影響を受けました。
この経験から、2015年7月1日のうるう秒(18年ぶりの平日実施)では、予期せぬ不具合を警戒して社員を待機させる企業も出るほどでした。たかが1秒に、それだけの備えが要るようになっていたわけです。
正確であろうとして、ばらばらになった各社の運用
さらにやっかいなのは、うるう秒への対処法が組織ごとにばらばらなことです。Googleは、余分な1秒をその日1日のなかに少しずつ薄めて混ぜ込む「スミア」という方法をとっています。1秒をまるごと挿入する代わりに、1日の各秒をほんのわずかずつ長くして、気づかないうちにずれを吸収するやり方です。一方で、特定の1分に1秒をまるごと足して「61秒の分」を作る組織もあります。金融取引所のなかには、その61秒の分に市場が動いていないよう、取引時間のほうをずらすところもあります。
どの方法も「システムを壊さないため」の工夫ですが、結果として、同じUTCに合わせているはずのシステムどうしの時刻が、うるう秒の前後で微妙に食い違うことになります。カナダ・ハリファックスにある計測研究センターのジョーゼット・マクドナルド所長はNatureの取材に対し、連続であるはずのシステムに不連続が生まれてしまっている、という趣旨の指摘をしています。決議案も、こうしたばらばらな緩和策が時刻の一貫性を損ない、SIの秒に合わない時刻や周波数が配信される原因になっていると指摘しています。1秒を正確に扱おうとした結果、それぞれが別々の方法で「本当の時刻」からそっと目をそらしている——そんな状況が続いてきました。
速くなった自転と、一度もやったことのない「引き算」
それでも、うるう秒の廃止は「2035年までに」というゆるやかな予定でした。2022年の前回総会で、ずれの許容幅を広げる(=うるう秒を実質的にやめる)方針はすでに決まっていたのです。それが今回、前倒しで採決にかけられることになった理由が、この話のいちばん意外なところです。
地球が、速く回りはじめました。
2015年ごろから地球の自転はわずかに速くなっており、その原因は地球内部の液体の核の流れの変化にあると考えられています。といっても天変地異ではなく、1日の長さがミリ秒(1000分の1秒)単位で変わる程度の話です。ただ、時刻の管理にとっては向きが重要でした。自転が遅ければ原子時計との差がたまって1秒を「足す」ことになりますが、自転が速くなると、今度は1秒を「引く」必要が出てくるのです。
これが「負のうるう秒」です。23時59分58秒の次がいきなり0時0分0秒になる——つまり、23時59分60秒を足すのではなく、23時59分59秒が丸ごと飛ばされます。1972年以来、27回のうるう秒はすべて「足す」方向で、引き算は一度も行われたことがありません。2025年3月に時間・周波数諮問委員会(CCTF)と国際地球回転・基準系事業(IERS)が開いたワークショップでは、地球の自転の専門家たちによって、2035年までに負のうるう秒が必要になる確率は30%と見積もられました。
一度もやったことがないということは、世界中のシステムがテストされたことがないということです。決議案は、負のうるう秒は準備のできていない重要インフラに異常や混乱を引き起こすリスクが高く、備えるとなれば時刻同期に依存する産業には「2000年問題への対策と同程度」の投資が必要になると見積もっています。西暦2000年を迎えるために世界中のコンピュータを点検したあの騒ぎを、たった1秒の引き算のためにもう一度やる——それを避けるために、期限を待たずにやめてしまおう、というのが今回の決議案の背景です。放置すれば、UTCを見限ってGPSなどの衛星の時刻系に乗り換える組織が出かねない、という危機感も決議案には書き込まれています。
「うるう時間」という提案の中身
では、うるう秒をやめたあと、原子時計と自転のずれはどうするのか。決議案の答えはシンプルで、「ずれの上限を1秒から3,600秒(=1時間)に引き上げる」です。つまり、ずれが1時間たまるまでは何も調整しない。これが「うるう時間」と呼ばれている構想です。
可決された場合、うるう秒のない連続したUTCは2027年5月20日——世界計量記念日——から始まります。そして1時間分のずれがたまるのは、マクドナルド所長によれば何百年も、へたをすれば何千年も先のことです。決議案自身も、この上限でUTCの連続性は数世紀にわたって保たれるとしています。
1時間のずれと聞くと大ごとに感じますが、実は私たちの生活時間は、もともと太陽と1時間単位でずれています。タイムゾーンの区切り方によっては、太陽が真南に来る時刻と時計の正午が1時間以上ずれている国は珍しくありませんし、サマータイムを使う国では毎年、時計を1時間動かしています。数百年後の人類がずれを直すとしても、1秒の挿入という誰も慣れていない操作より、1時間の付け替えというおなじみの操作のほうがずっと扱いやすいだろう、というわけです。そのころの金融システムや社会は今とはまるで違っているはずで、今の私たちの事情で縛る必要もない、というのがマクドナルド所長の見立てです。
日本標準時から消える「8時59分60秒」
日本でうるう秒を実施してきたのは、日本標準時を維持・通報しているNICT(情報通信研究機構)です。UTCでの挿入時刻(12月31日または6月30日の23時59分60秒)は、9時間進んだ日本時間では翌日の午前9時直前にあたるため、日本のうるう秒はいつも「8時59分60秒」でした。電波時計の基準になる標準電波や、パソコンやスマートフォンの時刻合わせに使われるNTPサービスにも、この特別な1秒が織り込まれてきました。
2012年の障害を経て、2015年の実施では企業が待機態勢を敷き、結果として大きな混乱はありませんでした。ただ、それは「たった1秒のために社会全体が身構える」体制がすでに出来上がっていたということでもあります。10月の採決で決議案が可決されれば、2016年末(日本時間2017年1月1日朝)の27回目が、最後のうるう秒だったことになります。朝の9時直前に一瞬だけ現れる「8時59分60秒」という時刻表示も、見納めになるかもしれません。
解釈上の留意点
この話題を追ううえで、いくつか注意しておきたい点があります。
第一に、うるう秒はまだ廃止されていません。決議案は2026年10月13日から15日の総会で採決される予定であり、可決されて初めて決定になります。また、可決された場合でも、連続したUTCが始まるのは2027年5月20日からです。
第二に、「30%」という数字は観測にもとづく確率の見積もりであって、確定した予測ではありません。地球の自転の揺らぎは長期の予測が難しく、負のうるう秒が実際に必要になるかどうかは分かりません。だからこそ「必要になってから慌てる」のを避けたい、というのが今回の提案の趣旨です。
第三に、地球の自転が速くなっているといっても、1日の長さがミリ秒単位で変わる程度の現象です。生活に影響するような変化ではありません。
そして最後に、うるう秒をやめれば、原子時計の時刻と太陽の動きのずれは(ごくゆっくりですが)たまり続けます。そのずれをいつ、どう直すのかという宿題は、数百年後の誰かに引き継がれることになります。きれいな解決というより、「いま一番危ない橋を渡らないための現実的な選択」——今回の決議案は、そういう性格のものだと言えそうです。
出典
- The leap second is dead. Long live the leap hour?(Nature・2026年8月31日、Elizabeth Gibney)
- 28th meeting of the CGPM – Preparatory documents(BIPM・決議案C「UTCの連続性を確保するために必要な技術的措置について」を含む決議案全文)
- Resolution 4 of the 27th CGPM (2022)(BIPM・2035年までの許容幅拡大を決めた前回総会の決議)
- 「うるう秒」挿入のお知らせ(NICT・2015年1月のプレスリリース)
- 「うるう秒」18年ぶりの平日実施(INTERNET Watch・2015年、NICT説明会のレポート)
- 「うるう秒」でシステム障害発生(日経クロステック・2012年、mixi障害の報道)


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