1953年9月、イギリスで長く続いていた砂糖の配給が終わりました。それから70年以上たった2026年、この「配給が終わった日」の前後に生まれた人たちの健康記録を調べた研究が、立て続けに2本発表されています。どちらも同じ結論に行き着きました。お腹の中にいた時期から2歳ごろまでを砂糖が少ない環境で過ごした人は、高齢になってからの認知症が明らかに少なかった、というものです。
アルツハイマー病のリスクは28〜46%低い。認知症全体では23〜27%低い。しかも、認知症と診断される時期そのものが平均で2.6年ほど遅れていました。生まれた月が数か月違うだけの人たちのあいだに、半世紀以上たってから、これだけの差が残っていたことになります。
早期の食事と病気の因果を確かめる難しさ
「小さいころの食生活が、一生の健康を左右する」。よく聞く話ですが、これを科学的に確かめるのは、実はかなり難しいことです。
いちばん確実なのは実験です。赤ちゃんをくじ引きで二つに分けて、片方には砂糖を制限し、もう片方には自由に与える。そして70年後まで追いかける。もちろん、そんな実験はできません。倫理的にも、時間の面でも不可能です。
そこで実際には、人々の食生活と病気の記録を集めて関連を探すやり方が取られます。ただ、この方法には弱点があります。砂糖を控えている家庭は、たいてい他のことにも気をつかっています。運動、たばこ、収入、住んでいる場所、受けた教育。砂糖の影響を見ているつもりで、実際にはそういう別の条件の差を見ているだけかもしれない。この「混ざり込み」を取り除ききれないため、栄養と病気の話は、いつまでたっても「関連がありそう」で止まりがちでした。
とくに注目されてきたのが、受精から2歳の誕生日までの「最初の1,000日」と呼ばれる時期です。脳も体も土台が一気に作られるこの期間の栄養が、その後の一生に響くのではないか——そう考えられてはいたものの、砂糖という特定の成分について、この時期だけを取り出した証拠はほとんどありませんでした。
配給の終了が生んだ比較条件
その証拠を、歴史のほうが先に用意していました。
第二次世界大戦中から戦後にかけて、イギリスでは食料の配給が続いていました。砂糖もその対象で、一人あたりの購入量が厳しく制限されていたのです。配給下での摂取量は1日およそ40グラム。角砂糖にすると10個ぶんで、これはたまたま現在のWHO(世界保健機関)が推奨する範囲におさまる水準です。2歳未満の子どもには、砂糖の別枠の配給がありませんでした。
そして1953年9月、配給が終わります。すると大人の平均摂取量は1日41グラムほどから80グラムほどへ、ほぼ倍に跳ね上がりました。子どものお菓子の消費にいたっては2倍以上です。制限が外れたとたん、人々はそれだけ甘いものに手を伸ばしたわけです。
これを、生まれた子どもの側から見てみます。1953年より少し前に生まれた子は、胎児期から乳幼児期までを砂糖の少ない環境で過ごしました。配給が終わってから受精した子は、最初から砂糖があふれる環境で育ちます。同じ国の、数か月違いで生まれた子どもたち。家庭の経済状況も、医療も、教育制度も、ほとんど同じです。違うのは「幼いころにどれだけ甘いものを食べたか」だけ。研究の世界では、こうした偶然の状況を「自然実験」と呼びます。
この線を最初に活用した研究は、すでに成果を出していました。2024年に発表された研究は、配給下で最初の1,000日を過ごした人は2型糖尿病のリスクが約35%、高血圧のリスクが約20%低かったと報告しています。砂糖のとりすぎは糖尿病や高血圧につながり、それが血管を傷めて脳にも響く——ここまでは、いかにも筋の通った話でした。
今回の2本の研究が調べたのは、その先です。脳そのものはどうなっていたのか。

脳の画像に残っていた差
1本目は、香港科技大学(広州)の鄭嘉臻(Jiazhen Zheng)氏らのチームが医学誌『Neurology』に発表したものです。UKバイオバンク(イギリスの約50万人の健康情報を集めた大規模データベース)から、1951年から1956年に生まれた6万4,737人を取り出しました。平均年齢55歳の時点から、最長15年にわたって医療記録を追跡しています。
結果は、胎児期に加えて1〜2歳まで配給下で過ごした人で、認知症全体のリスクが23%低く、アルツハイマー病が28%低いというものでした。発症の時期も違っていて、認知症全体で2.55年、アルツハイマー病で2.87年、血管性認知症で2.49年、それぞれ診断が遅れていました。
もう1本は、広州市第一人民医院の連星吉(Xingji Lian)氏らが医学誌『npj Aging』に発表したものです。こちらは同じUKバイオバンクから6万394人を分析し、認知症全体で27%、アルツハイマー病で46%リスクが低いという、さらに大きな差を報告しました。うつ病が11%、不安障害が20%低いという結果も出ています。
データの区切り方も分析の仕方も違う二つのチームが、それぞれ別々に、同じ方向の答えにたどり着いたわけです。
ただ、この研究の読みどころは、病名の記録の差ではありません。
両チームとも、参加者の一部について脳のMRI画像を調べています。そこに差が写っていました。配給世代は灰白質(脳の神経細胞が集まっている部分)の体積が大きく、白質病変——加齢とともに脳の中に増えていく、血流の低下と関係する白い斑点——が少なかったのです。記憶にかかわる海馬や、情報の中継地点である視床の体積も大きく、AIが画像から推定する「脳年齢」は、実年齢より0.39歳ぶん若く出ていました。処理速度や推論を測るテストの成績も上でした。
そして、もう一つ。『Neurology』のチームは、この差のうちどれだけが糖尿病と高血圧を経由したものかを計算しています。答えは25.5%。つまり、砂糖が血糖や血圧を狂わせて血管を傷めるという、誰もが思いつく筋道で説明できるのは、全体の4分の1にすぎませんでした。残りの4分の3は、それとは別の経路をたどっていることになります。
幼いころの砂糖は、生活習慣病を通じて間接的に脳に届いたのではなく、脳の作られ方そのものに直接手をつけていた可能性がある——研究者たちが示したのは、そういう絵でした。
2.6年という時間の意味
「リスクが23%低い」という言い方より、日々の暮らしに近いのは、発症が平均2.6年遅れたという数字のほうです。
認知症は、いまのところ進行を止められる治療法がありません。だから「かかる人を減らす」と同じくらい、「かかる時期を後ろにずらす」ことに意味があります。80歳で発症するはずだった人が83歳になれば、その3年は本人にとっても家族にとっても、そのまま元気に過ごせる時間として残ります。人口全体で見れば、介護を必要とする人の数がその年数ぶん押し下げられます。
もう一つ、この研究には別の経路も見えていました。配給世代は、50歳ごろの調査の時点でも砂糖の摂取が少なく、食べる量そのものも控えめで、より多様な食事を続けていたのです。国の制度はとっくに消えているのに、その制度の下で育った人たちの味覚には、痕跡が残り続けていた。体に刻まれた変化と、好みに刻まれた習慣。二つが重なって、70年後の差を作っていたようです。
日本の統制と団塊の世代
日本にも、よく似た時期があります。
砂糖は1939年に切符制となり、翌1940年には「砂糖配給統制規則」が施行されました。戦争が進むと台湾からの原料が届かなくなり、1944年には家庭への配給も、乳幼児や病人へのわずかな分を除いて止まっています。戦前のピーク時に一人あたり年16キロあった消費量は、終戦の1945年には年0.6キロまで落ち込みました。
統制が解けたのは1952年です。翌1953年には砂糖の需要が100万トンを超え、セメント・肥料と並んで「三白景気」と呼ばれる好景気を引っ張る産業になりました。1950年の需要が40万トンだったので、こちらも短期間で倍以上に増えたことになります。
時期をイギリスと並べると、日本の解除は1年ほど早い。1947年から1949年に生まれた、いわゆる団塊の世代は、最初の1,000日をちょうど統制下で過ごしたことになります。ただし、日本の場合は砂糖だけが足りなかったわけではありません。米も油も、食べもの全般が不足していました。砂糖の影響だけを切り出せる状況ではなかった、ということです。イギリスの配給が研究に使えたのは、砂糖以外の生活条件がある程度そろっていて、砂糖の制限だけがきれいに時間で区切られていたからでした。
解釈上の留意点
いくつか、押さえておいたほうがいいことがあります。
まず、これらはどちらも観察研究です。自然実験という条件のよさはあるものの、砂糖の制限が認知症を防いだと証明したわけではありません。研究チーム自身も、示せたのは関連であって因果ではないと明記しています。
UKバイオバンクという集団にも偏りがあります。参加しているのは、自分から研究に協力しようという意欲のある人たちで、イギリスの平均より健康で経済的に余裕がある傾向が知られています。ここで見つかった差が、そのまま他の集団に当てはまるとは限りません。
それから、配給の終了で変わったのは砂糖の量だけではなかったはずです。お菓子が手に入るようになれば、食事全体のパターンも変わります。「砂糖」という一点に結果を帰していいのかは、慎重に見たほうがいいところです。
そして、大人になってからでは手遅れという話ではありません。今回の研究が示したのは「幼いころの環境が長く効く」ことであって、「あとからでは意味がない」ことではないからです。今からの砂糖の減量が、肥満や糖尿病、心臓や血管の病気を減らすことで脳を守る——この経路は、これまでの研究で繰り返し確かめられています。
アメリカの食事ガイドラインは、10歳以下の子どもについて、加えられた砂糖は避けるよう勧めています。果物に自然に含まれる糖まで断つ話ではなく、飲みものやお菓子として後から加えられる砂糖を減らそう、という趣旨です。今回の2本は、その勧めの背中を押す方向の結果になりました。
それにしても、実験でどうしても作れなかった対照群を、歴史のほうが70年前に用意していた、というのは奇妙な話です。当時の政府は栄養実験のつもりで配給を敷いたわけではありません。物資が足りなかっただけです。その記録がいま、脳の老化を測る物差しとして読み直されている。同じUKバイオバンクのデータからは、まだ他の答えが出てくるのかもしれません。


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