肺の移植手術を受けた女性が、それまでなかったピーナッツアレルギーを発症しました。原因を調べていくと、肺を提供したドナーがピーナッツアレルギーを持っていたことが分かります。アレルギーが、臓器と一緒に引っ越してきたのです。
カナダのトロントの医療チームが2011年に報告した症例です。このほどLive Scienceの医療症例連載「Diagnostic dilemma(診断のジレンマ)」で改めて取り上げられ、話題になりました。15年前の報告ですが、免疫の仕組みがこれ以上ないほど分かりやすい形で表れた症例なので、順を追って紹介します。
病院の朝食から始まった発作
患者は47歳のカナダ人女性。非特異性間質性肺炎(肺の組織に炎症が起きて硬くなっていく、間質性肺疾患の一種)の治療のため、両肺の移植手術を受けました。
異変が起きたのは、術後の入院中です。朝食にシリアルを食べたところ、顔のほてり、かゆみ、息苦しさ、血圧の低下が一度に襲ってきました。アナフィラキシーと呼ばれる、命に関わることもある激しいアレルギー反応です。発作は2時間ほどでおさまりましたが、退院後も同じことが繰り返されます。ココナッツクリームパイを食べたとき、アーモンドの菓子を食べたとき——症例報告によれば、こうしたアナフィラキシー様の発作は合計4回起きました。
移植前の彼女に、食物アレルギーの既往はありません。手術を境に、体が突然、何かを「敵」と見なすようになったのです。
検査が指し示した意外な出どころ
移植から2か月後、皮膚プリックテスト(皮膚に微量のアレルゲンを付けて反応を見る検査)が行われました。結果は、ピーナッツと松の実に陽性。一方で、発作のきっかけになったはずのココナッツにもアーモンドにも反応しませんでした。ココナッツは後日、医師の監督下で実際に食べる試験も行われましたが、何も起きていません。つまりパイや菓子そのものではなく、そこに微量に混入していたピーナッツが引き金だった可能性が高い、ということになります。発作を起こした食品はどれも、原材料にピーナッツの表示はないものの、「ピーナッツ不使用」の保証もない食品でした。
では、なぜ突然ピーナッツに反応するようになったのか。手がかりはドナーにありました。彼女に肺を提供したのは、ピーナッツアレルギーを持つ12歳の少年だったのです。
臓器と一緒に移るアレルギー
アレルギーがドナーから移植患者へ「移る」ことは、この報告の時点でもすでに知られていました。最初に確認されたのは骨髄移植です。骨髄は免疫細胞を作る工場なので、ドナーの骨髄を移植すればドナーの免疫の性質ごと引き継がれるのは、理屈として分かりやすい話でした。
意外だったのは、肺や肝臓のような「臓器そのもの」の移植でも同じことが起きると分かってきたことです。固形臓器の移植でアレルギーの移転が初めて報告されたのは1997年、ピーナッツアレルギーのあるドナーからの腎臓・肝臓の同時移植でした。以来、症例は少しずつ積み上がり、2025年に発表されたレビュー論文によれば、この現象は肺と肝臓の移植でとくに多く報告されています。これらの臓器には、アレルゲンに対する抗体を作るBリンパ球という免疫細胞が豊富に含まれているためではないか、と考えられています。
ここで、アレルギー反応の基本の仕組みを押さえておきます。体がある物質を「敵」と誤認すると、Bリンパ球がその物質専用のIgE抗体を作ります。この抗体は、マスト細胞や好塩基球という免疫細胞の表面にびっしりと取り付いて待機します。そこへアレルゲンがやってくると、抗体がそれを捕まえ、細胞が炎症物質を一斉に放出する——これがアナフィラキシーの正体です。つまりアレルギー反応が起きるには、「抗体を作る細胞」か「抗体を積んだ細胞」のどちらかが体内にいればよいわけです。
彼女の肺の中には、少年の体で作られ、ピーナッツ用の抗体を積んだ状態の免疫細胞が、移植のときそのまま残っていたと考えられます。

1年後、アレルギーが消えた理由
この症例の本当に面白いところは、ここからです。皮膚テストのピーナッツへの反応は、検査を繰り返すたびに少しずつ弱くなっていき、移植から1年後には完全に陰性に戻りました。その数か月後、彼女は医師の監督下で実際にピーナッツを食べましたが、何も起きませんでした。アレルギーは、来たときと同じように、静かに去っていったのです。
なぜ消えたのか。答えのヒントは、血液検査にありました。皮膚テストを受けた日に採られた血液からは、ピーナッツに対するIgE抗体が検出されなかったのです。皮膚はピーナッツに反応するのに、血液中に抗体はない。この食い違いが意味するのは、彼女の体は抗体を自分で作ってはいなかった、ということです。
つまり彼女の体内でピーナッツに反応していたのは、ドナーの体で抗体を積み込まれ、肺と一緒に持ち込まれた細胞たちでした。免疫細胞には寿命があります。そして彼女自身の体はピーナッツを敵と認識していないので、新しい抗体も、新しく感作された細胞も補充されません。持ち込まれた細胞が寿命を迎えて入れ替わっていくにつれ、反応できる細胞は減っていく。皮膚テストの反応が回を追うごとに弱まっていったのは、その「在庫の減り」がそのまま数値に表れたものでした。在庫が尽きたとき、アレルギーも期限切れになったのです。
ちなみに、レビュー論文によれば、ドナー由来のアレルギーがこうして時間とともに消えていく経過は、この女性に限らず他の症例でも確認されています。
ドナーのアレルギー歴という盲点
この症例が示しているのは、移植で運ばれるのは臓器だけではない、ということです。臓器の中に住んでいた免疫細胞も、記憶ごと一緒に引っ越してきます。多くの場合それは問題になりませんが、ドナーが重いアレルギーを持っていた場合、受け取った側が思いもよらない食品でアナフィラキシーを起こすことがある——命に関わりうる話なので、報告した医師たちも2025年のレビューの著者たちも、ドナーのアレルギー歴を詳しく記録し、移植後の患者にアレルギー検査を検討すべきだと指摘しています。
一方で、分かっていないことも残っています。彼女の体内で実際に反応を起こしていた細胞が、抗体を積んだマスト細胞・好塩基球だったのか、それとも抗体を作るBリンパ球も関わっていたのかは、この症例だけでは確定できませんでした。血液に抗体がなかったことは前者を支持しますが、肺に持ち込まれたマスト細胞が皮膚まで移動して反応を起こせるのかどうかは分かっておらず、報告した医師たちも両方の可能性を挙げています。どちらにしても、抗体の供給元ごと持ち込まれ、供給が絶たれて消えた、という大枠は変わりません。
アレルギーは体質として一生ものになることも多いだけに、「臓器と一緒にやってきて、1年で去っていったアレルギー」というのは、免疫が細胞たちの働きの総和でできていることを、これ以上なく具体的に見せてくれる症例だと思います。
出典
- Diagnostic dilemma: A woman got a lung transplant — and ended up with a peanut allergy, too(Live Science、2026年9月2日、Lauren Schneider)
- Bhinder S, Heffer MJ, Lee JK, Chaparro C, Tarlo SM. Development of Transient Peanut Allergy Following Lung Transplantation: A Case Report. Canadian Respiratory Journal. 2011;18(3):154-156.(PubMed)
- 同論文DOI:10.1155/2011/768750


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