眠りが長い火山ほど危ういのか――M8.8カムチャツカ地震が起こした475年ぶりの噴火

スポンサーリンク

2025年7月30日の午前11時24分(現地時間)、ロシア・カムチャツカ半島の沖合でマグニチュード8.8の地震が起きました。観測史上でも上位に入る規模で、日本を含む太平洋の各地に津波警報が出たのを覚えている人も多いはずです。その数日後、半島の中ほどにあるクラシェニンニコフ火山が噴火しました。この火山、直近の噴火は1550年とされていて、475年ものあいだ一度も噴いていなかった山です。

地震のあとに火山が噴く。それだけなら「揺れて目を覚ました」で話は終わりそうですが、英エクセター大学の火山学者James Hickey氏らのチームが調べてみると、そう単純ではありませんでした。地震の力を計算すると、マグマだまりを壊すにはまるで足りない。しかも噴火の前、この火山には準備をしている気配がひとつもなかった。では何が噴かせたのか。チームが2026年9月にEarthArXivで公開した論文(査読前のプレプリント)が、その筋道を追っています。

地震と噴火をつなぐ細い糸

カムチャツカ半島は、太平洋プレートがオホーツクプレートの下に沈み込む場所の真上にあります。巨大地震も火山も、どちらもこの沈み込みが生み出したものです。半島には約160の火山があり、そのうち29が活火山とされています(UNESCO世界遺産「カムチャツカの火山群」の記載より)。地球でいちばん火山の密度が高い土地のひとつです。

実際、2025年の地震のあとは複数の火山がいっせいに活発になり、ロシアの当局が「噴火のパレード」と呼ぶ状態になりました。ただしその中身を見ると、たとえばカリムスキー火山は1996年からほぼ休みなく噴き続けている山で、地震のあとに噴いても「いつもどおり」の範囲です。数十の火山が同じ揺れを受けたのに、反応したのはひと握り。地震が火山のスイッチを直接押しているのなら、もっと多くが噴いていたはずです。

火山学ではこの点が長年の問題でした。過去の事例から見積もられた地震による応力(岩にかかる力)の変化は、たいてい1メガパスカル未満、極端な例でも3メガパスカルほど。一方、マグマだまりが壊れて噴火に至るには1〜10メガパスカルの過剰な圧力が必要だと考えられています。桁が合わないのです。そこで「地震は引き金にはなれるが、それはもともと噴火寸前だった火山に限る」という考え方が主流になりました。この「噴火寸前」の状態を、火山学では臨界状態と呼びます。

ここで問題になるのが、臨界状態とはどんな状態なのか、外からどう見分けるのか、という点です。ふつうは地面の隆起、火山性の地震、ガスの放出といった「前ぶれ」で判断します。ではクラシェニンニコフはどうだったのか。

衛星が見ていた九年間の静けさ

研究チームは、欧州の観測衛星センチネル1号の合成開口レーダー(InSAR。地面の高さの変化をミリ単位で捉える手法)で、2016年から地震直前までの9年間の地面の動きを調べました。噴火の準備が進んでいる火山では、地下にマグマが集まってきて山体がふくらむのがふつうです。ところがクラシェニンニコフは、ふくらむどころか年に4ミリほど沈み続けていました。しかもその沈み方は、マグマだまりが冷えて縮む場合のものとは違い、山腹の浅いところがずるずると滑っているパターン。チームは永久凍土が解けているせいではないかと見ています。地下のマグマの動きを示すものは何もありませんでした。

ガスの方も同じです。別の衛星センチネル5Pに載ったTROPOMI(大気中の微量ガスを測る装置)のデータで二酸化硫黄を追うと、地震前のカムチャツカでは複数の火山から二酸化硫黄が出ているのが見えているのに、クラシェニンニコフの上空だけは空白でした。二酸化硫黄は浅いところにマグマがあり、火道が開いている火山から出るガスなので、それが出ていないということは、地下が「閉じていた」ことを意味します。現地の監視機関KVERT(カムチャツカ火山噴火対応チーム)からも、前兆になる活動の報告はありませんでした。

つまり、隆起なし、ガスなし、地震活動なし。火山監視で使われる三つの物差しのどれにも、この山は引っかかっていませんでした。

噴火に先立つ地下の動き

上の図のような地下の動きが見えてくるのは、地震のあとです。震源はペトロパブロフスク・カムチャツキー市の南東約100キロ、深さ約35キロで、クラシェニンニコフ火山はそこから北へ約230キロ離れています。地震から2日半ほどたった8月1日の午後(世界時)、この火山の周りでマグニチュード4前後の地震が5時間のあいだに12回起きました。この程度の地震が短時間に集まるのは、他の火山でも岩の割れ目にマグマが割り込むときによく見られます。

衛星レーダーの画像がそれを裏づけました。地震の前後をまたぐ画像には、地表が変形したことを示す「蝶の羽」のような模様が浮かび、ほぼ垂直な割れ目が地下で押し開かれたことを示していました。この変形を解析すると、深さ約6キロのマグマだまりから、約3,200万立方メートルのマグマが割れ目に入り込んだと見積もられます。東京ドームでいえば26個分ほどの量です。

そして8月3日の早朝(現地時間)、北側の火口で爆発が始まり、火山灰は最初は高度3〜4キロ、のちに8〜10キロまで上がりました。同時に北西斜面に割れ目が開いて溶岩が流れ出し、噴火のあとは二酸化硫黄も大量に出るようになります。噴火開始から数時間で放出された二酸化硫黄は約1万4,000トンと計算されました。噴火はその後も続き、論文執筆時点の2026年8月にも溶岩は流れ続けています。記録に残る歴史上はじめての噴火です。

ちなみに、割れ目に入ったマグマの量と、マグマだまりが減った量を比べると、だまりの減り方のほうが半分以下しかありません。この差はマグマが圧縮性をもつ、つまり泡を多く含んでいると考えれば説明がつきます。この「泡の多いマグマ」という手がかりが、あとで大事になります。

揺れの力では足りない計算

ここで地震の力を計算してみます。地震が起きると、周りの岩にかかる力が永久に変わります(静的応力変化)。その大きさをクラシェニンニコフの地下6キロで求めると、0.01〜0.05メガパスカル。マグマだまりを壊すのに必要な1〜10メガパスカルと比べると、2桁から3桁小さい値です。論文が引き合いに出しているのは潮の満ち引きです。月と太陽の引力で地面がわずかに上下することで生じる力と、同じくらいの大きさしかありません。しかも力の向きを見ると、全体としては岩を押し縮める方向で、マグマだまりを壊すよりむしろ安定させるほうに働いています。

もうひとつ、揺れている最中に一時的にかかる力(動的応力)があります。こちらは大きく、ピークで約1.0メガパスカル(誤差はプラスマイナス0.6)。マグマだまりを壊す下限にかろうじて届くかどうか、という値です。理屈のうえでは、揺れが直接だまりを壊した可能性がゼロとは言えません。

ただしチームは、その線は薄いと見ています。重なっている範囲がぎりぎりで狭いこと。1.0メガパスカルはピークの値で、揺れている大半の時間はそれより小さかったこと。そして何より、タイミングです。揺れが直接だまりを壊したのなら、マグマは地震の直後に動き出すはず。ところが割れ目へのマグマの割り込みが始まったのは、地震から1日半〜2日半あとでした。この「遅れ」が、直接の力で壊れたという説明を退けています。

力は足りない。前ぶれもない。それでも噴いた。

泡が育てた「見えない臨界状態」

チームの答えは、マグマの中の泡です。

クラシェニンニコフの噴出物はデイサイトという、粘り気が強くガスをたくさん含むタイプのマグマです。噴火の間隔が数百年単位と長いこの火山では、マグマだまりの中で結晶がゆっくり成長していく時間が長い。結晶ができるとき、水や二酸化炭素は結晶の中に入れずに残りのマグマに押し出されるので、何百年もかけて溶けきれないガスが泡として溜まっていったと考えられます。沈み込み帯のマグマがもともと水に富んでいることも、これを後押しします。

そこにM8.8の揺れが来ます。この地震は断層の破壊が終わるまでに190〜280秒、つまり3分から4分半かかりました。揺れが長く続くと、マグマの中の圧力が繰り返し上下します。この圧力の振動が、すでにある泡にさらにガスを吸い込ませて成長させ、新しい泡の芽も作ります。結晶だらけのマグマは泡ができる足場が多いので、なおさらです。泡がふくらめばマグマだまりの内圧が上がる。上がり続ければ、いずれ壊れる。ただし泡の成長には時間がかかるので、壊れるのは揺れが収まってからしばらく後になります。これが、地震から1日半〜2日半という遅れの説明です。

つまり地震は、マグマだまりを叩き割ったのではなく、中のガスをじわじわ膨らませて内側から壊した。そういう筋書きです。

この見方に立つと、噴火前に何も見えなかった理由も説明できます。マグマだまりの中で泡が溜まっていく過程は、地面をふくらませないし、火道が閉じていればガスも外に出ません。火山は臨界状態にあったのに、その臨界状態は衛星からも地上の観測からも見えない種類のものだった。論文はこれを「隠れた臨界状態」と呼んでいます。

もうひとつ、土地の条件も重なっています。カムチャツカの火山弧は横に引き伸ばされる力がかかる場所で、こういう環境ではマグマだまりを外から押さえる岩の圧力が弱く、だまりがもともと不安定になりやすいと考えられています。ガスの多いマグマ、引き伸ばされる地殻、そしてM8〜9の巨大地震が繰り返し起きる沈み込み帯。この三つがそろっているのがカムチャツカで、世界の他の地域と比べて地震が噴火を誘発する例が多いのも、この組み合わせのせいではないかとチームは述べています。

静かな火山への見方

この研究が投げかけているのは、「前兆がない」ことの意味です。火山の監視は、隆起・地震・ガスという三つの前ぶれを頼りにしています。それ自体は今も有効で、ほとんどの噴火はこの三つのどれかを先に見せます。ただ、クラシェニンニコフの例は、三つとも静かなまま、外からの一撃で噴く火山があることを示しました。長く眠っていた火山ほどガスを溜め込んでいる可能性があり、その眠りの長さがかえって危うさの源になっている、という逆転も含んでいます。

日本にとっても遠い話ではありません。日本列島も同じ太平洋の沈み込み帯の上にあり、巨大地震と火山が同居しています。今回の研究が示した条件のうち、どれが日本の火山に当てはまり、どれが当てはまらないのかは、これから比べていく必要のある問いです。

解釈上の留意点

この論文はEarthArXivに投稿されたプレプリントで、査読はまだ通っていません。内容が今後の審査で修正される可能性はあります。

観測はすべて衛星などの遠隔観測です。クラシェニンニコフには地上の観測網がなく、8月1日の地震群の深さも決まっていません。マグマだまりの深さや体積は、地表の変形からモデルで逆算した「一次近似」の値で、論文自身が地形や地下の不均質を無視した単純化だと明記しています。地震の力の計算も、現地の地震計の記録ではなく米地質調査所の推定値をもとにしたものです。

「隠れた臨界状態」も、証拠から直接示されたものではなく、いちばん無理のない説明として組み立てられた仮説です。チームは論文の中で、「火山は臨界状態になかった」という可能性と、「臨界状態は今の遠隔観測では捉えにくい」という可能性の両方を並べたうえで、後者を選んでいます。泡の成長にかかる時間が実際に1日半〜2日半のスケールになるのか、といった点は、今後の実験や他の事例との比較で確かめられていくことになります。

出典

論文(プレプリント・査読前):J. Hickey ほか, “Krasheninnikov eruption facilitated by M8.8 Kamchatka earthquake and hidden critical state”, EarthArXiv(2026年9月3日公開)
https://doi.org/10.31223/X5479G

解説記事(ScienceAlert):2025’s Megaquake Appears to Have Awakened a Volcano That Was Dormant For 500 Years

コメント

タイトルとURLをコピーしました