半世紀前のソ連製真空管460本で、自宅の壁に計算機を新しく設計した退職者の話

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イギリスに住む「マイク」と名乗る退職者が、自宅の空き部屋の壁に、真空管460本でできた計算機を掛けています。使った真空管は、ソ連時代に作られた6N3Pという型番の中古品。1950〜60年代に東欧の工場で作られ、その後50年以上どこかにしまわれていたものです。技術系メディアのThe Registerが2026年9月8日にこの計算機を取り上げ、本人が公開しているサイトとHackaday.ioのプロジェクトページで詳しい中身が読めます。

先に断っておくと、Registerの見出しには「スーパーコンピュータ」とありますが、これは記事の言葉遊びで、性能の話ではありません。中身は8ビットの、ごく素朴な計算機です。ただ、この計算機には昔の機械の復元とも、昔の機械のレプリカとも違う点があります。古い部品を使って、設計は新しく起こしている。そこが面白いところです。

6N3Pという真空管の素性

真空管は、ガラスの管の中で電子の流れを制御する部品です。トランジスタが普及する前の1950年代には、計算機のスイッチ役として何千本も使われていました。マイク氏が選んだ6N3Pは、1本の管の中に三極管(さんきょくかん)と呼ばれる基本素子が2つ入った「双三極管」で、ヒーターを共用しているぶん場所も電力も半分で済みます。

この管は当時の東側諸国で大量に作られ、ラジオやテレビにふんだんに使われました。だから今でも中古が安く、まとまった数を手に入れられます。ただし、品質にはかなり幅があります。軍用に選別された最上級品は寿命5,000時間、家庭用の上位品で1,500時間、いちばん下の等級は500時間しかもちません。しかも一度使われてから半世紀以上保管されていた品で、等級の刻印が消えかけているものもある。本人の言葉を借りれば、寿命は「管についても、私についても」怪しいということになります。

マイク氏がこの計算機を作ろうと思ったきっかけは、暗号解読で知られるブレッチリー・パークを訪ねたことでした。博物館では昔の真空管計算機が復元されて動いている。ところが、新しい真空管計算機は50年以上、誰も作っていない。それなら現代の設計で、大きさと電力と高電圧の危険をどこまで抑えられるか試してみよう、というわけです。

NOR回路だけで組んだ8ビット設計

460本の管には合わせて920個の三極管が入っています。これを10本ずつ載せた基板が46枚、その基板を差し込む5枚のバックプレーン(親基板)があり、全体は190cm×130cmのアクリル板に取り付けて壁に掛けてあります。重さは約20kg。本人いわく「幸い、壁がレンガだった」そうです。

設計の骨組みは、一種類の論理回路しか使わないことです。NOR(ノア)回路といって、2つの入力のどちらも0のときだけ1を出す、それだけの回路です。実はこれ一種類を組み合わせるだけで、どんな論理でも作れます。マイク氏は最初いろいろな回路を混ぜて設計を試し、どれも複雑になりすぎて挫折したあと、NORだけで組み直しました。演算装置も、カウンタも、レジスタも、内蔵のメモリも、すべて同じNOR回路の寄せ集めです。面白いのは、アポロ誘導計算機のようにNOR回路だけで組まれた有名な計算機があることを、本人は組み終わってから知ったという点です。「先に知っていればよかった」と書いています。

できあがったのは8ビットの計算機で、命令は16種類。数を読み込む、足す、桁上げ付きで足す、ゼロなら分岐する、といった素朴なものばかりです。ただ桁上げを保持するレジスタがあるので、16ビット、32ビット、その気になれば128ビットの計算もプログラム次第でできます。本人によると、32ビットの計算を走らせれば紅茶を淹れる時間が取れ、128ビットならコース料理を食べる余裕があるそうです。基板のつくりは1950年代のIBM 700シリーズを意識していて、真空管のソケットの下に部品を詰め込む当時の流儀を、現代の多層基板でやり直しています。

計算どおりに動かない部品

設計で本当に苦労したのは、回路の理屈ではなく部品のほうでした。

ふつう電子回路を設計するときは、部品の特性が揃っていることを前提にします。真空管の性質が決まっていれば、まわりの抵抗やコンデンサの最適な値は計算で出せる。ところが手元にある6N3Pは、別々の工場で、別々の年代に、別々の品質で作られた中古品です。特性のばらつきがあまりに大きく、計算で求めた値どおりに組んでも、動いたり動かなかったりする。本人はこう書いています。「部品の値を計算して結果を試したのですが、多くの場合、理論は実際と正確には合いませんでした」。

そこでマイク氏がやったのは、計算を諦めることでした。代わりに試験装置を作り、いろいろな値の部品を差し替えては動作を確かめ、「たいていの管なら動く値の範囲」を実測で探し当てたのです。設計図から部品を決めるのではなく、部品の実物に合わせて設計を寄せていく。教科書とは逆向きの手順ですが、半世紀前の中古品を460本も相手にするなら、それしか道がなかったということでしょう。

同じ問題は、今も残っています。論理レベル、つまり「0」と「1」を表す電圧を、全体で0ボルトと5ボルトに揃えたかったのに、実際には管ごとに揺れが出る。操作卓の表示回路はその揺れに耐えられず、本人は「あまりに単純すぎた」と認めて、全面的な設計し直しを予定しています。理論と実際のずれは、部品の値を決めるときだけでなく、完成したあとも計算機のあちこちに顔を出しているわけです。

起動後の待ち時間と日々の調整

電源を入れると、真空管が温まるまで待つ必要があります。横から見ると赤く光り始め、1分ほどでほこりが焼ける独特のにおいが部屋に漂う。全体の温度が安定して計算に使えるようになるまで10〜15分。しかも管は電源投入時にでたらめな状態で立ち上がるので、毎回リセットしないと始められません。発熱は部屋ひとつを暖めるほどで、本人は消火器が満タンかどうかを確かめてから動かすのを習慣にしています。以前作った機械が2度「バン」と音を立てたことがあるそうで、消火器は奥さんからの贈り物です。

いま動いているプログラムは、64ビットのフィボナッチ数列を出力するものです。結果は数字の表示器に出ますが、この表示器がまた古い。1980年代にイギリスの鉄道駅で時刻を示していた機械式の7セグメント表示器で、黄色い羽根がカチカチと動いて数字を作ります。計算機の二進の出力を変換回路で十進に直し、羽根を1枚ずつ動かしているそうです。

本命の用途は、まだ先にあります。1920年代のイギリスに実在した飛行船R80の計画が承認されていたら、という架空の設定で、ブライトンの飛行場からパリまでを飛ぶ操縦シミュレータです。ボタンでバラストやガス放出、エンジン出力、舵を操作し、数秒ごとに計算機が飛行船の位置を計算する。孫のために書いたプログラムだそうですが、入出力の仕組みがまだ1系統しかなく、本人も「シミュレータはまだ動かない」と書いています。

計算機そのものも、完成品とは言いがたい状態です。調整を続けないと安定せず、壁の高い位置に掛けてあるので、その調整には脚立が要る。「小さなドライバーと大きな脚立の両方が必要な、数少ない計算機のひとつだろう」というのが本人の言い方です。理論と実際が合わないところを、実物に合わせて少しずつ埋めていく。この計算機は2021年に動いた1台目から数えて3台目で、その作業がまだ続いています。

出典

Retired man turns spare room into Soviet-era supercomputer(The Register、2026年9月8日、Brandon Vigliarolo)

The Tube Computer(製作者本人のサイト。技術ページに回路構成や部品選定の経緯がまとまっています)

Vacuum Tube Computer(Hackaday.io のプロジェクトページ)

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