【カンブリア紀の生物】サッコリタス – 肛門のない1mmの袋が人類の祖先と呼ばれた理由

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名前サッコリタス(Saccorhytus coronarius)。ラテン語の「袋(saccus)」とギリシャ語の「しわ(rhytis)」から。種名の coronarius は「冠のような」の意味で、突起に縁取られた口を指す
分類脱皮動物(節足動物や線虫を含むグループ)の初期のなかま。2017年の記載時は後口動物とされた
時代カンブリア紀最初期(フォーチュニアン期)、約5億3500万年前
発見地中国・陝西省西郷県の寛川鋪(かんせんほ)層
大きさ体長約1mm。楕円形の袋のような体

サッコリタスは、カンブリア紀のごく初期の海底に暮らしていた、体長1mmほどの小さな動物です。体はしわの寄った袋のような楕円形で、体の大きさに不釣り合いなほど大きな口をもち、肛門はありません。2017年に「人類を含む後口動物の最古の祖先」として発表され、世界的に報道されましたが、2022年の再研究で分類がまったく別のグループに移されました。

砂粒のあいだで暮らした、口だけの袋

サッコリタスの化石は、岩石を酸で溶かして取り出す微小な粒として見つかります。肉眼では黒い砂粒にしか見えませんが、体の組織がリン酸塩に置き換わって立体のまま残っているため、電子顕微鏡で見ると表面のしわや口のまわりの突起まで観察できます。2017年の記載に使われた標本は45点、2022年の再研究では新たに数百点の標本が加わりました。

体は楕円形で、片方の端に大きな口が開いています。口のまわりには先が三つに分かれた突起が輪になって並び、その外側にも放射状のしわが走っていました。体の表面は薄くやわらかく、化石が強く折りたたまれて残っていることから、生きているときは伸び縮みできる皮だったと考えられています。体の側面には円錐形の膨らみが左右に並び、その頂点に円い穴が開いているように見えました。この穴の正体が、のちにこの生物の分類を左右することになります。

目や手足はなく、肛門もありません。食べたものの残りは口から出していたと考えられています。大きさが1mmほどしかないため、海底の砂粒のすき間にもぐりこんで暮らし、体をくねらせて移動しながら、大きな口で有機物の粒や小さな生き物を丸ごと飲みこんでいたと推定されています。呼吸は専用の器官をもたず、体の表面から直接取り込むだけで足りる大きさでした。

サッコリタスが見つかった寛川鋪層は、カンブリア紀が始まってまもない時代の地層で、同じ岩石からは小さな殻をもつ生き物の化石や、クラゲの仲間の幼体・胚がリン酸塩化した化石が多数見つかっています。三葉虫もアノマロカリスもまだ登場しておらず、海底には目に見えないほど小さな動物たちが先に広がっていた時代です。

「人類最古の祖先」から脱皮動物へ

サッコリタスは2017年1月、中国・西北大学の韓健(ハン・ジエン)氏、イギリス・ケンブリッジ大学のサイモン・コンウェイ・モリス氏らによって、科学誌『ネイチャー』で新種として記載されました。研究チームはこの生物を、脊椎動物・棘皮動物・半索動物をまとめた「後口動物」のなかで最も原始的な位置に置きました。根拠となったのは、体の側面に並ぶ円い穴です。この穴は水を体内から外へ通す「咽頭の開口部」、つまり後口動物に特徴的な鰓(えら)の穴の原型だと解釈されました。後口動物は人類の属するグループなので、記載と同時に「人類最古の祖先」「人類の遠い先祖は口だけの袋だった」という見出しで世界中に報道されました。

この解釈には、進化の年代をめぐる問題を解く役割も期待されていました。動物の主要グループがいつ枝分かれしたかをDNAの変化量から逆算すると、化石として見つかる時期よりもかなり古い年代が出ます。サッコリタスのような1mmサイズの祖先が砂の中で暮らしていたのなら、化石に残りにくいため記録が空白になるのは当然だ、という説明がつくからです。

5年後の2022年8月、中国・長安大学の劉雲煥(リュウ・ユンフアン)氏、南京地質古生物研究所の張華僑(チャン・ホアチャオ)氏、バージニア工科大学の肖書海(シャオ・シューハイ)氏、イギリス・ブリストル大学のフィリップ・ドノヒュー氏らの国際チームが、同じ『ネイチャー』誌に再研究の結果を発表しました。チームは新たに集めた数百点の標本を、スイスの放射光施設で撮影しました。放射光で角度を少しずつ変えながら数百枚のX線像を撮り、コンピューターで組み立てて、化石の内部までふくめた3Dモデルをつくる方法です。

その3Dモデルで、鰓の穴とされていた円い穴の中には、別の体の層が下から入りこんで閉じていることが分かりました。穴に見えていたのは、体の表面から突き出ていた棘(とげ)が化石になる過程で折れ、その付け根だけが残ったものでした。つまり穴は生きているときには存在せず、サッコリタスの体は棘の鎧で覆われていたことになります。後口動物とする根拠は、化石のでき方が生んだ見かけ上の構造だったわけです。

チームはあらためて、口のまわりの棘の配列や体表の構造をもとに、現生の動物のすべての主要グループと比較する系統解析を行いました。口があって肛門のないイソギンチャクやクラゲの仲間との関係も検討されましたが、どの解析でも支持されたのは、節足動物や線虫、エラヒキムシなどを含む「脱皮動物」の初期のなかまとする結果でした。後口動物説と刺胞動物説はいずれも支持されませんでした。

脱皮動物は口から肛門までつながる消化管をもつグループなので、肛門のないサッコリタスがそこに属することは、祖先がもっていた肛門を進化の途中で失ったことを意味します。また、脱皮動物の初期の姿は細長い虫のような体だったと考えられてきましたが、袋のような体をしたサッコリタスがそのグループの根元近くにいるとなると、祖先の姿そのものを見直す必要が出てきます。脱皮動物の中での正確な位置は、まだ決まっていません。

サッコリタスが発見から5年で「人類の祖先」の座を降りたことで、後口動物の最古の化石記録は再び空白に戻りました。DNAから推定される枝分かれの年代と化石の年代のずれをどう説明するかという問題も、この生物ではなく別の証拠で解く必要があります。一方で脱皮動物の側から見れば、カンブリア紀最初期にすでに袋型の体をもつなかまがいたことになり、このグループの多様さは考えられていたよりも大きかったことになります。

出典

Han, J. et al. (2017). Meiofaunal deuterostomes from the basal Cambrian of Shaanxi (China). Nature, 542, 228–231.
https://www.nature.com/articles/nature21072

Liu, Y. et al. (2022). Saccorhytus is an early ecdysozoan and not the earliest deuterostome. Nature, 609, 541–546.
https://www.nature.com/articles/s41586-022-05107-z

University of Cambridge (2017). Bag-like sea creature was humans’ oldest known ancestor.
https://www.cam.ac.uk/research/news/bag-like-sea-creature-was-humans-oldest-known-ancestor

University of Bristol (2022). Scientists relieved to discover ‘curious’ creature with no anus is not earliest human ancestor.
https://www.bristol.ac.uk/news/2022/august/saccorhytus–.html

Nanjing Institute of Geology and Palaeontology, CAS (2022). New evidence proves Saccorhytus is ecdysozoan (EurekAlert!).
https://www.eurekalert.org/news-releases/961928

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