イランに、尾の先がクモそっくりの形をしたヘビがいます。クモオビクサリヘビ(Pseudocerastes urarachnoides)という毒ヘビで、岩場にじっと体を溶け込ませたまま尾だけを小刻みに動かし、クモだと思って降りてきた鳥を襲います。この「クモ」の中身を、シカゴのフィールド博物館とポーランド科学アカデミーの研究チームが高解像度のCTで初めてくわしく調べました。結果は2026年9月10日に学術誌 The Anatomical Record に発表されています。
骨まで含めて相当に作り込まれているのだろう――そう思って開けてみたら、中は拍子抜けするほど普通だった、という話です。

腫瘍と間違われた標本
このヘビの最初の1匹は、1968年にフィールド博物館の調査隊がイラン西部で採集しました。当時は近縁種のペルシャツノクサリヘビとして登録され、尾の先の奇妙なかたまりは腫瘍か何かの変形だろうと考えられて、そのまま博物館の棚で眠ることになります。
転機は2003年、同じような尾を持つ2匹目が見つかったことでした。1匹だけなら個体の異常で済みますが、2匹そろえば話が変わります。2006年に新種として記載され、種名の urarachnoides は「クモのような尾」を意味します。1968年の標本は、その種の基準となるホロタイプ(正基準標本)に指定されました。
その後まもなく、野外で撮影された映像が世界に広まります。体は岩に紛れて微動だにせず、尾の先だけが岩の上をクモのように這い回る。鳥がそれをついばもうと近づいた瞬間、ヘビが跳ねるように襲いかかる。尾を動かして獲物を誘う行動は「コーダル・ルアリング(尾による誘引)」と呼ばれ、ほかのヘビでも数十種で知られていますが、たいていは尾の色が体と違う程度です。本物そっくりのクモの模型を尾につけているのはこの種だけで、共著者のサラ・ルアーン氏(フィールド博物館の爬虫両生類担当キュレーター)は、標本の尾を手で動かしただけでも本物のクモにしか見えないと話しています。
中身が特別なはずだという予想
見た目と行動は有名になったものの、骨格が本格的に調べられたことはありませんでした。そこに目をつけたのが、筆頭著者のゲオルギオス・ゲオルガリス氏(ポーランド科学アカデミー)です。本業は古生物学者で、化石のヘビを理解するために現生種の脊椎(せきつい)を調べるのを専門にしています。ヘビの化石は骨がばらばらの状態で見つかることが多く、しかも1匹の中でも背中側と尾側で椎骨の形がかなり違うので、骨1個から種を割り出すのはかなり難しいのだそうです。クサリヘビの仲間はとくに椎骨の研究が手薄で、その中でも一番風変わりな尾を持つこの種は、調べる価値のある相手でした。
2023年の学会でルアーン氏と出会ったゲオルガリス氏が共同研究を持ちかけ、ちょうどフィールド博物館が新しいXCTラボ(X線CT設備)を立ち上げるところだったので、話がまとまります。CTなら、貴重なホロタイプを切ったり傷つけたりせずに内部を立体的に見られます。2024年末にラボが稼働すると、このヘビは最初期に撮影された標本のひとつになりました。
研究チームには、はっきりした予想がありました。スナボアやゴムボアのように、尾の先の椎骨が別の生き物かと思うほど極端な形をしているヘビがいます。外見があれだけ異様なのだから、尾の骨も同じように変わっているのではないか。ゲオルガリス氏自身が、尾先の椎骨がどんな形か見たくてたまらなかった、と語っています。

骨は1本も入っていなかった
ところが、CT画像に写った尾の骨は、ごく普通のクサリヘビの尾でした。椎骨の形も並びも、ほかの多くのクサリヘビと変わりません。クモの「脚」の中に骨が伸びているわけでもなく、「胴体」の中に骨のふくらみがあるわけでもない。骨格を見るかぎり、この尾が外側で何をしているのか、ひとかけらのヒントもなかったのです。
ではあのクモは何でできているのか。答えは全部、鱗(うろこ)でした。尾の鱗が先端に向かって段階的に細長く伸びて、しなやかな糸状の突起になる。これが放射状に並んで「脚」になります。尾の上面には楕円形の大きなかたまりがひとつあり、こちらは複数の鱗が大きくなって融合したもので、クモの「胴体」の役をしています。ヘビの鱗は皮膚が変化したケラチン、つまり人の爪や髪と同じ材料です。ルアーン氏の言い方を借りれば、クモは軟らかい組織だけでできていて、その下に骨の構造はなく、すべて爪と同じケラチンでした。
つまり、ここまで精巧なクモの模型を作るのに、このヘビは骨格を1ミリも作り変えていません。変えたのは皮膚だけでした。論文はこれを「皮膚の極端な進化」の一例と位置づけています。
化石では絶対に分からないこと
この結果が一番こたえるのは、実は古生物学者です。骨が普通ということは、もしこのヘビが化石になって尾の椎骨だけが見つかったとしても、そこにクモの模型がついていたことも、それで鳥を釣っていたことも、誰にも分からないということだからです。鱗のような軟組織は、ふつう化石には残りません。ゲオルガリス氏は、化石の尾の骨だけからこの尾を復元することも想像することもできないだろう、と率直に認めています。
逆に言えば、私たちが骨から復元している絶滅動物たちも、実際にはもっと突飛な姿をしていたかもしれません。骨は動物の一部しか語らない、という当たり前のことを、このヘビは一番わかりやすい形で突きつけてきます。研究チームはそれを「古生物学者の人生のもどかしさ」と表現しています。ピースの欠けたパズルを組んでいて、最後まで全体の絵は確かめようがない、と。
いっぽうで、収穫もありました。この研究によってクモオビクサリヘビは、椎骨の記録がもっとも充実したクサリヘビのひとつになり、ばらばらの化石を同定するときの比較材料が増えました。皮膚がここまで極端に変化する仕組みを調べるうえでの土台にもなります。そして、1968年に「腫瘍つき」と思われて棚に置かれた標本が、半世紀以上たってから新しい設備で新しい発見を生んだという点も、ルアーン氏は強調しています。何十年、何百年前の標本が今も現役で使われているのが、博物館の収蔵品というものだそうです。
なお今回調べたのはホロタイプの1個体だけです。個体差や成長にともなう変化までは分かっていないので、鱗がどのように伸びて融合していくのかは、これからの研究に残されています。
出典
・Georgalis, G. L. et al. “Vertebral morphology and intracolumnar variation of the iconic and bizarre viperid snake Pseudocerastes urarachnoides (Serpentes, Viperidae).” The Anatomical Record (2026) https://doi.org/10.1002/ar.70308
・Field Museum(EurekAlert!)”A fake spider at the tip of this snake’s tail helps it lure birds. Scientists got their first look inside the ‘spider.'”(2026年9月10日) プレスリリースはこちら
・ScienceAlert “Mysterious Viper With a ‘Spider’ For a Tail Reveals Another Surprise”(2026年9月10日) 記事はこちら
・Smithsonian Magazine “The Tip of This Snake’s Tail Looks Like a Spider. But Inside, Its Bones Are ‘Bizarrely Normal'”(2026年9月10日) 記事はこちら


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