AIが設計した薬で血液が3歳ぶん若く見えた——それでも「若返り」と言えない理由

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肺の病気を治すために作られた薬を飲んだ人の血液を、あとから「老化の物差し」にかけ直してみたら、6種類の物差しすべてが「若くなった」と答えました。しかも、その薬は標的の選定から分子の設計までAIが担ったものです。

2026年9月にNature Biotechnologyに載った論文の話です。数字だけ見るとかなり派手ですが、論文の中身は思ったより慎重で、「病気が良くなったのか、老化が戻ったのかは、この試験では分けきれない」と自分で書いています。その慎重さまで含めて、順に見ていきます。

AIが標的から分子まで設計した薬

薬の名前はレントセルチブ(rentosertib)。開発したのは、AI創薬で知られるInsilico Medicine(インシリコ・メディシン)です。この薬は、AIが「どのタンパク質を狙えば効きそうか」という標的の発見から、実際に飲める化合物の設計までを担った、という点で以前から注目されていました。狙っているのはTNIKというタンパク質で、これを抑えることで働きます。

対象の病気は特発性肺線維症(とくはつせいはいせんいしょう)。肺の組織が少しずつ硬くなり、呼吸が難しくなっていく病気で、患者の多くは高齢者です。炎症、細胞のダメージ、修復のつまずきといった中身が、老化の過程で起きる変化とかなり重なっています。

ここで1つ、押さえておきたい点があります。Insilico Medicineは、この薬を最初から「肺線維症と老化の両方を狙う」つもりで作っています。論文の冒頭でも、標的選び・前臨床試験・治験の設計まで、老化研究の考え方を組み込んできたと書かれています。つまり今回の結果は、偶然見つかった副産物というより、「そう設計しておいた薬で、実際に老化の指標が動くかどうか」を初めて人で確かめた試み、と言ったほうが近いです。

42人の血液を6つの時計にかける

もとになったのは、中国の20あまりの施設で行われた第2a相試験です。特発性肺線維症の患者71人が、レントセルチブ30mgを1日1回、30mgを1日2回、60mgを1日1回、あるいは偽薬のいずれかを12週間飲みました。この試験の主な結果は2025年にすでに発表されていて、60mgを1日1回の群で肺活量(正確には努力性肺活量、FVC)の改善がいちばん大きかったことが報告されています。

今回の論文は、その試験で採っておいた血液を、別の目的で解析し直したものです。試験を最後まで終えた人のうち、追加の解析に同意した43人から、データが欠けていた1人を除いた42人。平均年齢は67.1歳です。血液は開始時、2週目、4週目、12週目の4回採られていて、そこから2,841種類のタンパク質の量を測りました。

そして、そのタンパク質のパターンを6種類の「タンパク質時計」にかけました。血液中のタンパク質の組み合わせから、その人の生物学的な年齢を推定するAIモデルのことです。6つのうち4つは実年齢を当てるように訓練されたもの、残り2つは死亡リスクを予測するように訓練されたもので、作った研究チームも手法もばらばらです。わざと性格の違う時計を6つ並べたのは、1つの時計が偶然そう答えただけなのか、それとも本当に何かが動いているのかを見分けるためです。

結果は、6つの時計すべてで、薬を飲んだ群の推定年齢が開始時より下がっていました。偽薬の群はほとんど変わらないか、時計によってはむしろ少し上がっています。いちばんはっきりした差が出たのは4週目で、60mgを1日1回の群では、実年齢を当てるタイプの4つの時計がそろって2.71〜3.46歳ぶんの低下を示しました。

ただし、ここで注意が要ります。この2.71〜3.46歳という数字は「60mg群・4週目・実年齢タイプの時計」という一つの組み合わせでの値です。死亡リスクタイプの時計や、ほかの投与量では別の数字が出ていますし、臓器ごとの試験的な時計の中には、もっと大きな値を出したものもあります。研究チームは「この薬で何歳若返る」という一つの数字をあえて出していません。大事なのは方向がそろったことだ、という立場です。

タンパク質の側でも、はっきりした動きがありました。12週のあいだに量が有意に変わったタンパク質は、薬を飲んだ群全体で326種類。偽薬の群では2種類だけです。減ったものの中には肺の線維化に関わるタンパク質が並び、逆に増えたものにはエネルギー代謝や酸化ストレスへの抵抗に関わるものが含まれていました。

一方で、時計の針が戻る動きは4週目で頭打ちになり、12週目まで横ばいでした。個々のタンパク質の変化は12週まで続いていたのに、時計の値だけが止まったわけです。体が薬に慣れたのか、飲み方を変える必要があるのか、それとも12週という短さのせいで時計がそれ以上を捉えられなかったのか、理由はまだ分かっていません。

肺がいちばん良くなった群と、時計がいちばん動いた群のずれ

ここからが、この論文でいちばん面白いところです。

「肺の病気が良くなったから、血液のタンパク質も健康寄りになり、時計が若い年齢を返した」——これがいちばん素直な説明です。もしそうなら、肺活量が最も改善した60mg・1日1回の群が、時計でもいちばん若返って見えるはずです。

ところが実際には、時計の反応が最も一貫していたのは、30mgを1日2回飲んだ群でした。6つの時計と3つの時点を組み合わせた比較で、有意な低下が出た回数は、30mg・1日2回の群が9回、60mg・1日1回の群が7回、30mg・1日1回の群が5回。しかも30mg・1日2回の群だけが、実年齢タイプと死亡リスクタイプの両方の時計で反応を示しています。合計の量は同じ60mgなのに、1回で飲むか2回に分けるかで、肺への効きと老化指標の動きがずれたのです。

研究チームは、肺活量の変化が時計の変化をどれだけ説明できるかも計算しています。結果は、6つの時計の中央値で6%。肺の改善だけでは、時計の動きのほとんどを説明できないという数字です。

さらに、英国の大規模データベースUK Biobankにある5万5千人あまりの血液データと突き合わせて、「普通に年をとるとこのタンパク質はこう変わる」という方向を調べました。すると30mg・1日2回の群では、薬による変化が加齢の方向と逆向きに相関していました。60mg・1日1回の群には、その相関が見られません。肺の効きはこちらのほうが上だったのに、です。偽薬の群では、タンパク質の変化は普通の加齢と同じ方向に進んでいました。

なぜ飲み方でこんな差が出るのか。研究チームの仮説は、血中濃度の「山と谷」です。レントセルチブは体内での半減期が7〜11時間と短めで、60mgを一度に飲むと血中濃度の最大値は30mg×2回のときの2〜3倍になります。高い山を1日1回作るより、低めの濃度を1日を通して保つほうが、老化に関わる経路には効きやすいのではないか、というわけです。実際、30mg・1日2回の群だけが、コレステロール代謝やグルタチオン代謝といった、線維化とは直接関係のない代謝の経路を動かしていました。

それでも分けられない、と論文は書く

ここまで読むと「やはり老化そのものに効いている」と言いたくなりますが、論文はそこで踏みとどまっています。参加者は全員が特発性肺線維症の患者です。時計の針を動かした主役のタンパク質を調べると、いちばん寄与が大きかったのはLTBP2という線維化の中心にあるタンパク質で、しかも6つの時計すべてに含まれる唯一の重要な特徴でした。線維化のタンパク質が時計の値を大きく左右している以上、「病気の改善」と「老化の変化」を血液だけで完全に切り分けることはできません。研究チームもそう明記していて、決着をつけるには、肺線維症ではない人、たとえば健康な高齢者で試す必要があるとしています。

数の小ささも忘れてはいけません。解析されたのは42人で、各群に分けると9〜11人。期間は12週。この論文が示したのは血液中のタンパク質パターンの変化であって、参加者が実際に若返ったことでも、より健康に長生きすることでも、寿命が延びることでもありません。

著者の立場も書いておきます。筆頭著者のAlex Zhavoronkov氏はInsilico Medicineの創業者で共同CEOであり、著者の多くが同社の所属です。共著者にはハーバード大学系列のVadim Gladyshev氏ら老化研究の外部研究者も名を連ねていますが、自社の薬を自社で評価した論文であることに変わりはありません。

それでもこの論文には、薬の効き目とは別のところに価値があります。「病気の治験で採った血液を、老化の指標でも読む」という二重目的の設計を、実際にやって見せたことです。これまで老化に効くかもしれない薬は、メトホルミンやラパマイシンのように、別の病気で何十年も使われたあとで老化研究の対象になる、という順番でした。最初から老化の指標を組み込んでおけば、その何十年を縮められるかもしれない。6つの時計がそろって同じ方向を向いたのは、その設計が少なくとも「何かを捉える」ことを示した、というのが今回の到達点です。次に何が出てくるかは、肺線維症ではない人での試験を待つことになります。

出典

論文:Zhavoronkov, A. et al. “Integration of proteomic aging clocks in a phase 2a clinical trial supports simultaneous geroprotective assessment.” Nature Biotechnology (2026). https://doi.org/10.1038/s41587-026-03286-y(オープンアクセスで全文が読めます)

もとになった治験の報告:Xu, Z. et al. “A generative AI-discovered TNIK inhibitor for idiopathic pulmonary fibrosis: a randomized phase 2a trial.” Nature Medicine (2025). https://doi.org/10.1038/s41591-025-03743-2

解説記事:ScienceAlert “AI-Designed Drug Makes Patients’ Blood Look Biologically Younger, Study Shows”(2026年9月12日) https://www.sciencealert.com/ai-designed-drug-makes-patients-blood-look-biologically-younger-study-shows

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