鞭(むち)を振ったときの「パチン」という音は、先端付近が音速を超えて起こす小さなソニックブームです。音速突破というと超音速機の話に聞こえますが、牛追いの鞭は何百年も前からそれをやってきました。ただし、毎回きちんと鳴らすには腕前がいります。オーストラリアで動画を作っているクレイグ・ターナー氏は、その腕前の部分を機械に置き換えました。狙った場所で、誰が引き金を引いても同じように鞭が鳴る発射機です。2026年9月4日に本人のサイトと動画で公開され、9月13日にはHackadayが取り上げています。
先に断っておくと、これは論文でも研究発表でもなく、本人も「科学の専門知識はない」と書いている趣味の工作です。それでも、鞭がなぜ鳴るのかという古い物理の題材に、「毎回同じ条件で起こせる」という工学側の答えをぶつけた点がおもしろいので、仕組みと背景を順番に見ていきます。
鞭を撃ち出す発射機の構造
装置の考え方は単純です。鞭の太い側の端を輪にして、そこに伸縮するゴム索(ショックコード)をつなぎます。鞭を引き伸ばして固定し、放すとゴムの力で鞭が飛び出し、途中で折り返しながら先端が走って音が鳴る。手で振る代わりに、ゴムの張力で鞭に最初の勢いを与えるわけです。
これを扱いやすくしたのが発射機です。木製の本体にゴム索を巻き付け、鞭の通り道として電線管(電気配線を通す樹脂のパイプ)をガイドに使い、ばね式の引き金で鞭を放します。射手の顔の前にはアクリルの盾も付けてあります。本人によると、狙いはほぼミリ単位で手持ちのまま付けられ、音速突破の「パチン」はきわめて安定して出るそうです。

動画では、鞭の先端で葉を切る、アルミ缶を裂く、ろうそくの火を消す、瓶を倒さずに栓だけはじき飛ばす、といった実演が続きます。小さな的に一発目で当てるのも当たり前にこなします。ろうそく消しは本人の初挑戦でそのまま成功したもので、妻が花の茎をミリ単位の位置で切る場面も初めての試行だったと書かれています。技術がなくても再現できる、という装置の売りをそのまま示した映像です。
発射機より手こずった鞭そのもの
ところが本人の解説を読むと、いちばん苦労したのは発射機ではなく鞭のほうでした。途中で何度か「これは無理かもしれない」と思ったそうです。
本物の牛追い鞭は革を編んで先へ行くほど細く作りますが、ターナー氏は編まずに、太さと重さの違うロープを太い順につないで先細りの鞭にしました。ここで問題になったのが、ロープの重さと太さの選び方、そしてロープ同士のつなぎ目です。つなぎ目の縫い目が数針ずれただけで力がうまく先へ伝わらず、鞭は鳴らなくなったといいます。発射機に「構え」の状態で鞭を収めておく方法も難航しました。少しでも引っかかりがあると、鞭がきれいに飛ばず、鳴るかどうかが変わってしまうからです。
つまり、この装置の心臓部は引き金でもゴムでもなく、「太いところから細いところへ、勢いを損なわずに渡す」ことができる鞭でした。なぜそこが決定的なのかは、鞭が鳴る理屈そのものにつながります。
先細りが先端を音速まで押し上げる仕組み
手元の動きは人が腕を振る速さでしかありません。それが先端で時速1200キロを超える音速に届くのはなぜか。鍵になるのが先細りの形と、運動量の受け渡しです。
鞭を振ると、手元で作った折り返しの山が、鞭に沿って先端へ向かって進んでいきます。このとき動いている部分の運動量(質量と速度をかけたもの)はおおむね保たれます。ところが先へ進むほど鞭は細く軽くなるので、同じ運動量を軽い部分が受け取ることになり、速度はどんどん上がっていきます。太い側でゆっくり始まった動きが、細い側では猛烈な速さに化ける。これが先細りの役目です。手元で加えたエネルギーが、ごく軽い先端に集中して現れる、と言ってもいいでしょう。

この理屈は古くから知られていて、1920年代には高速写真によって鞭の先端が音速を超えることが確かめられています。さらに2002年、アリゾナ大学のアラン・ゴリエリーとタイラー・マクミレンが数理モデルで詳しく調べ、音を出しているのは先端そのものではなく、鞭を走る折り返しの「輪」の部分だという結果を出しました。輪の先頭が音速を超えた時点でパチンが鳴り、先端はそのとき輪の陰にいて衝撃波を作れない。先端はその後さらに加速して、音速の2倍近くに達する場合もあるとされています。
ターナー氏の高速映像にも、これと符合するものが映っています。鞭が180度折り返す手前で急激に加速し、ロープに付いていた水分やほこりが折り返しに入る前に霧のように吹き飛ぶ様子です。本人は、遷音速(音速前後)の圧力によるものか、単に急加速で振り落とされているだけかは分からないとしつつ、教育系YouTubeチャンネル「Smarter Every Day」が2018年に撮った鞭の映像を見て「何を見ればいいか」が分かったと書いています。編まずにロープをつないだ手作りの鞭でも、縫い目ひとつで鳴らなくなったのは、この輪の加速が途中で途切れてしまうからだと考えると筋が通ります。
未測定の速度と、実験装置としての可能性
ここは正確に書いておきます。今回の動画にも解説ページにも、鞭の速度の実測値は出ていません。本人の手持ちの高速カメラは毎秒1000コマで、しかも圧縮された1080pなので、細かい解析には向かないそうです。ストロボを使って先端の静止画を撮ろうと夫婦で1時間ほど粘ったものの、タイミングが早すぎるか遅すぎるかで一枚も撮れず、DSLRにレーザー式のシャッタートリガーでも付けないと無理だろう、と書いています。解説の中に「時速1230キロを超えるもの」という言い方は出てきますが、これは音速の言い換えであって、測った数字ではありません。
ただ、測れていないからこそ、この装置の意味がはっきりします。人が振る鞭は一回ごとに軌道も速さもばらつくので、高速カメラやシュリーレン撮影(空気の密度差を映す撮影法で、衝撃波が縞として見える)で狙って撮るのが難しい。発射機なら同じ場所で同じように鳴らせるので、カメラを据えて待てます。本人も、テーパーのつけ方、ロープの材質や重さ、途中に硬い区間を入れる、ゴムの強さを変える、といった要素を一つずつ変えて試せるはずだと書いており、遷音速と超音速を切り替えられるようにするのも難しくないと見ています。実験や教材の道具としては、鞭より扱いやすいというわけです。
安全面については、本人は「熟練していない人が普通の鞭を振るより、むしろ予測が効いて安全に感じる」としながらも、張ったゴムがもし切れたら鞭が逆向きに飛んで顔に当たりかねないと注意しています。ゴム索の固定は結び目と圧着の二重にして角を残さない、保護めがねをかける、アクリルの盾は5ミリ厚が望ましい、といった注意点を挙げたうえで、あくまで娯楽の動画であり、真似をするなら自己責任だと念を押しています。
古い題材を「毎回起こせる」形にしたこと
鞭が音速を超えるという事実は100年前から分かっていましたし、輪が鳴らすという説明も20年以上前に出ています。ターナー氏が足したのは、その現象を人の腕前から切り離して、いつでも同じ条件で起こせるようにした道具です。速度を測る仕事はまだ手つかずですが、測るための土台はできたといえます。木とゴムと電線管で組んだ庭先の工作が、物理の実験装置と同じ役割を果たしているところが、この話のいちばんの見どころだと思います。
出典
製作者本人の解説ページ(動画へのリンクあり):Super Sonic Whip Launcher – For Precise Sonic Booms – Every Time(Craig Turner、2026年9月4日)
紹介記事:Whip-Cracking Machine Reliably Breaks The Sound Barrier(Hackaday、2026年9月13日、Aaron Beckendorf)
鞭の物理の元論文:A. Goriely & T. McMillen, “Shape of a Cracking Whip,” Physical Review Letters 88, 244301 (2002)


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