
| 名前 | エンテログナトゥス(Entelognathus primordialis)。属名は「完全な顎」、種小名は「原初の」の意味 |
| 分類 | 脊椎動物・板皮類(ばんぴるい)。「上顎骨をもつ板皮類(maxillate placoderm)」と呼ばれるグループの最初の例 |
| 時代 | シルル紀後期(ラドロー世)。約4億2500万〜4億1900万年前 |
| 発見地 | 中国・雲南省曲靖(きょくせい)市、関底(かんてい)層。瀟湘(しょうしょう)ダムの湖畔 |
| 全長 | 約20cm(頭と胴の鎧だけで約11cmの標本から推定) |
| 食性 | 歯はなく、骨でできた顎で小さな獲物をくわえたり、底のものをついばんだりしていたと考えられる |
エンテログナトゥスは、頭と胴の前半を骨の板で覆った板皮類のなかまです。ただし顎を見ると板皮類らしくありません。上下の顎のふちに並ぶ骨の組み合わせが、硬骨魚類、つまりいまの魚や私たち陸上動物と同じなのです。2013年にNature誌で記載されたとき、この魚は「顎のある脊椎動物の顔はどこから来たのか」という問いの答えを、それまでとは別の方向に向け直しました。
姿と暮らし
記載のもとになった標本は、頭と胴の鎧が関節したままつぶれずに残った、立体的な化石です。発見地の瀟湘ダムの湖畔には、シルル紀後期の浅い海の堆積物が露出していて、同じ地層からは最古級の硬骨魚グイユーや、推定全長1mでこの時代最大の脊椎動物だったメガマスタクス、顎のない魚ドゥンユーなど、初期の脊椎動物の化石がまとまって見つかっています。エンテログナトゥスはそのなかの一員で、熱帯の浅い海を泳いでいた体長20cmほどの魚でした。
頭の上面と背中側は、いくつもの骨の板がつながった鎧になっています。首のところで頭の鎧と胴の鎧が関節していて、頭を上に持ち上げられる。この首の関節は板皮類の目印で、ここだけ見ればダンクルオステウスの小型版です。眼は頭の前寄りにあり、その周りを輪のように囲む骨は硬骨魚のつくりに近いとされています。歯はありません。顎を縁取る骨そのものに、かみ合わせの面があります。
長いあいだ、分かっていたのは体の前半だけでした。2023年に報告された新しい標本で、胴から尾にかけての姿がほぼそろいます。鎧の後ろの体は大きなうろこで覆われ、とくに脇腹のうろこは菱形で、うろこどうしが突起と受け口でかみ合う構造をしていました。この「ほぞ組み」のうろこは、それまで硬骨魚だけの特徴だと考えられていたものです。尻びれの前には棘が1本立っていて、こちらは初期のサメのなかまに見られる特徴でした。板皮類の鎧、硬骨魚のうろこ、サメの棘。ひとつの体に、後の魚たちに分かれていく特徴がまとめて載っています。
私たちの顔の骨をもつ、最初の魚
硬骨魚類の顎には決まった骨の組み合わせがあります。上顎には前上顎骨と上顎骨、下顎には歯骨。魚から両生類、爬虫類、哺乳類まで、この3つの骨は受け継がれています。人間の上顎を形づくる骨も、下顎の骨も、名前はそのまま同じです。
いっぽう板皮類の顎は、この3つの骨をもちません。口の内側に、板状の骨が上下で1枚ずつかみ合うだけの単純なつくりです。顎のある脊椎動物のなかで最初に栄えたのは板皮類で、約7000万年のあいだ海や川の主役でしたが、デボン紀の終わりに絶滅しました。顎の骨の組み合わせが違いすぎることもあって、板皮類は硬骨魚やサメの祖先とは別の、行き止まりの系統とみなされてきました。
そして顎のある脊椎動物の共通祖先がどんな姿だったかについては、サメのような魚だったとする見方が長く主流でした。サメは鎧も大きな骨の板ももたず、全身が細かいうろこに覆われています。その単純な体に、硬骨魚が後から骨の板を足していった、という筋書きです。
エンテログナトゥスは、この筋書きの前提を崩しました。鎧のつくりは板皮類そのものなのに、顎のふちに前上顎骨・上顎骨・歯骨がそろっている。下顎の下側には、硬骨魚にしかないとされていた喉の骨板(鰓蓋の下に並ぶ板)までありました。記載した朱敏(しゅ・びん)らのチームは、顎の骨だけが見つかっていたなら硬骨魚として記載していただろう、と述べています。
系統解析の結果、エンテログナトゥスは板皮類のなかでも、現生の顎のある脊椎動物の共通祖先にもっとも近い位置に置かれました。ここから導かれる結論は2つです。ひとつは、硬骨魚の顎の骨が、硬骨魚の内部で新しくできたものではなく、板皮類の段階ですでにあったということ。もうひとつは、顎のある脊椎動物の共通祖先は、サメのような姿ではなく、骨の板で覆われた魚だったということです。サメは原始的な姿を残しているのではなく、祖先がもっていた骨の板を失った、特殊化した魚だということになります。
この結論には異論もありました。板皮類の口の内側の骨板と、硬骨魚の顎の骨を同じものと見てよいのか。エンテログナトゥスは本当に板皮類なのか。2016年、同じ関底層から2例目が報告されます。チーリンユー(麒麟魚)です。シャベルのような口先をもつ底生の魚で、見た目も暮らし方もエンテログナトゥスとは違いますが、やはり板皮類の鎧と3つの顎の骨をあわせもっていました。2種の顎の骨を比べると、顔の表面をつくる点では硬骨魚の顎の骨と同じで、口の内側に広いかみ合わせ面をもつ点では板皮類の骨板と同じ。両方の性質を1つの骨がもっています。板皮類の骨板が3つの骨とは別に顎の内側に残っているのではないか、という見方も検討されましたが、その位置には何もありませんでした。硬骨魚の顎の骨は板皮類の骨板が形を変えたものだという説明が、2例そろったことで固まりました。
私たちの顔を縁取る骨の起源は、4億2000万年以上前の浅い海にいた、鎧をまとった20cmの魚までたどれます。エンテログナトゥスが直接の祖先というわけではありませんが、祖先がどんな顔をしていたかを、この魚がはじめて示しました。




出典
Zhu, M. et al. (2013) A Silurian placoderm with osteichthyan-like marginal jaw bones. Nature 502, 188–193. https://doi.org/10.1038/nature12617
Zhu, M. et al. (2016) A Silurian maxillate placoderm illuminates jaw evolution. Science 354, 334–336. https://doi.org/10.1126/science.aah3764
Cui, X. et al. (2023) Bony-fish-like scales in a Silurian maxillate placoderm. Nature Communications 14. https://doi.org/10.1038/s41467-023-43557-9
Uppsala University press release (2016) Early fossil fish from China shows where our jaws came from. https://www.uu.se/en/press/press-releases/2016/2016-10-20-early-fossil-fish-from-china-shows-where-our-jaws-came-from
Chinese Academy of Sciences (2016) Exceptionally Preserved Fossil Fish from Silurian of China Illuminates Jaw Evolution. https://english.cas.cn/newsroom/archive/news_archive/nu2016/201610/t20161020_169125.shtml


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