アスピリンが認知症を減らしたのは、血小板が多い体質の人だけだった

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アスピリンは、痛み止めや解熱剤として100年以上使われてきた薬です。少ない量を毎日飲むと血が固まりにくくなるので、心筋梗塞や脳梗塞の再発を防ぐ目的でも広く処方されています。それほど身近な薬なので、「認知症も防げるのでは」という期待は昔からありました。

ところが、健康な高齢者を対象に行われた大規模な臨床試験では、その期待は裏切られています。アスピリンを飲んだ人と飲まなかった人で、認知症になる割合に差は出ませんでした。この結論は数年前に出ていて、現在もアスピリンは認知症予防の目的では勧められていません。

その同じ試験のデータを、参加者の遺伝子で切り分けて見直したところ、ある体質の人たちにだけ効果が現れていた、という解析結果が2026年9月に発表されました。オーストラリアのモナシュ大学のチームが、アルツハイマー協会の学術誌「Alzheimer’s & Dementia」に報告したものです。

全体では差が出なかったアスピリンと認知症

土台になったのは、ASPREE(アスプリー)と呼ばれる臨床試験です。オーストラリアと米国に住む70歳以上(米国の一部の人は65歳以上)の健康な高齢者およそ1万9,000人を集め、半分には1日100mgの低用量アスピリン、残り半分には見た目が同じ偽薬(プラセボ)を毎日飲んでもらいました。誰がどちらを飲んでいるかは本人も医師も知らされません。参加の条件は、心臓や血管の病気、認知症、重い身体障害の診断を受けていないことでした。

中央値で4.7年の追跡の結果、アスピリン群と偽薬群のあいだで、認知症の発症率に差はありませんでした。「健康な高齢者が予防のためにアスピリンを飲んでも、認知症は減らない」というのが、この試験の公式な結論です。

今回の解析は、その試験に参加した人のうち、遺伝子データが取れている1万3,541人を対象にしています。試験の結論をひっくり返すものではなく、同じデータを別の角度から掘り直した「事後解析」にあたります。この点はあとでもう一度触れます。

5,000種類以上の遺伝子スコアを総当たりで調べた方法

研究チームが使ったのは、ポリジェニックスコア(多遺伝子スコア)という指標です。一つの遺伝子で決まる体質は少なく、ほとんどの性質は、効果の小さい遺伝子の違いが何百、何千と積み重なって決まります。それらを足し合わせて「この人は血小板が多くなりやすい体質」「コレステロールが高くなりやすい体質」のように点数にしたものがポリジェニックスコアです。

こうしたスコアは、研究者が共有するデータベース(PGSカタログ)に数千種類が登録されています。チームはそこから5,182種類のスコアを持ってきて、それぞれについて「このスコアが高い人と低い人で、アスピリンの効き方が違うか」を片っ端から調べました。調べた結果は、認知症の発症と、重い出血の2つです。

5,000回以上も検定を繰り返せば、偶然だけでも「差があるように見える」組み合わせがいくつか出てきます。そこで、偶然ではまず説明がつかない厳しい基準(ボンフェローニ補正)をかけて絞り込みました。その基準を通ったのが、血小板の数に関係する3つのスコアで、3つは互いに強く相関していました。つまり実質的には「血小板が多くなりやすい体質かどうか」という一つの軸が浮かび上がったことになります。

血小板スコア上位20%で見えた7割の差

参加者を血小板スコアの高い順に並べて5つのグループに分けると、上位20%のグループでだけ、はっきりした差が出ました。

このグループで追跡期間中に認知症と診断されたのは、偽薬を飲んでいた人の3.3%に対して、アスピリンを飲んでいた人では1%でした。相対的なリスクで言えば約7割低い計算になります。差が開き始めたのは、飲み始めてから2〜3年たったころからです。

一方、残りの80%の人たちでは、アスピリン群と偽薬群の認知症発症率はほぼ同じでした。全体を一つにまとめて見たときに差が消えていたのは、効く人が全体の5分の1しかいなかったから、という説明がつきます。

もう一つ注目されているのは、この効果が、アルツハイマー病のよく知られた遺伝的リスク(APOEと呼ばれる遺伝子など)とは関係なかった点です。筆頭著者のピーター・フランスケ氏は、認知症の既知のリスク遺伝子ではなく、血小板の生物学のほうを指している結果だ、と説明しています。血小板は血を止める働きで知られていますが、炎症や血管の機能にも関わり、脳のアミロイドとの関連を示す研究もあります。アスピリンは血小板が活性化して固まるのを抑える薬なので、血小板が多い体質の人ほど、その抑える効果が脳に効いてきた可能性があります。

同じグループで2倍に増えていた重い出血

ここまでなら明るい話ですが、同じ上位20%のグループで、もう一つの結果も出ています。

重い出血(入院や輸血が必要になるような出血)は、偽薬群の2.1%に対して、アスピリン群では4.4%でした。およそ2倍です。アスピリンが血を固まりにくくする以上、これは避けられない副作用で、ASPREE試験全体でもすでに確認されていたことが、このグループでも同じように起きていました。

数字を並べてみると、100人あたりで認知症が約2.3人減るのに対して、重い出血が約2.3人増えます。減る分と増える分がほぼ同じ大きさです。認知症と重い出血は同じ重さの出来事ではないので単純に差し引きはできませんが、「利益だけが大きい」話ではないことははっきりしています。

フランスケ氏自身も、この研究を理由に、医師に相談せずアスピリンを飲み始めるべきではない、と念を押しています。重い出血のリスクが上がることがその理由です。

事後解析という位置づけと今後の検証

この結果をどこまで信じてよいかを考えるうえで、いくつか押さえておきたい点があります。

まず、これは事後解析です。ASPREE試験は「アスピリンが認知症を減らすか」を全体で確かめるために設計されたもので、「血小板スコアが高い人で効くか」を確かめるためのものではありません。あとからデータを切り分けて見つかった差は、たとえ厳しい補正をかけていても、偶然の可能性をゼロにはできません。研究チームも、別の集団で同じ結果が出るかを確かめ、最終的にはこの体質の人だけを集めた試験で検証する必要がある、と述べています。

次に、認知症の種類を分けていません。アルツハイマー病と血管性認知症では血管の関わり方が違うので、アスピリンの効き方も違う可能性があります。今回は全部まとめて数えています。

また、追跡期間が5年弱と、認知症の研究としては短めです。この期間内に診断がついたのは、比較的進みの早いケースに偏っている可能性があり、ゆっくり進む認知症に対してどうかは分かりません。

そして現時点では、自分の血小板スコアを病院で調べてもらうことはできません。研究用のスコアであって、検査項目として使える段階ではないからです。健康診断で分かる血小板の数とも別物です。

それでも、この研究が示した方向性には意味があります。一つの薬が「効く」「効かない」で片づけられてきたものが、体質によって答えが分かれることがある、という例が、1万人を超える試験のデータで示されました。アスピリンは安価で、どこの薬局にもあります。もし結果が確認されれば、遺伝子で対象を絞った認知症予防という選択肢が現実味を帯びてきます。ただし、その日が来るまでは、今まで通り「予防目的のアスピリンは医師と相談してから」です。

出典

元記事・一次情報は下記の通りです。

One of The World’s Most Used Drugs May Lower Dementia Risk – But There’s a Catch(ScienceAlert)

Genetic analysis reveals potential benefit of aspirin for reducing dementia risk(モナシュ大学プレスリリース)

Fransquet PD, et al. Platelet count polygenic scores may modify the effect of aspirin in primary prevention of dementia(Alzheimer’s & Dementia, 2026)DOI: 10.1002/alz.71817

Effect of Aspirin on Cardiovascular Events and Bleeding in the Healthy Elderly(ASPREE試験の主要結果の一つ、NEJM, 2018)

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