【地球年表12-2】中生代 白亜紀 – 小惑星が落ちた日

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いまからおよそ6600万年前、直径10キロから15キロほどの小惑星が、現在のメキシコ・ユカタン半島の沖に落ちました。できたクレーターは差し渡し180キロから200キロ。この一撃で中生代は終わり、地球の陸と海の主役が入れ替わります。

その痕跡は世界じゅうの地層に残っています。白亜紀と古第三紀の境目には、どこを掘っても数ミリから数センチの薄い粘土の層があり、そこにイリジウムという金属が異常に濃く含まれている。地球の地殻には少なく、小惑星には多い元素です。この層を境に、消えた種の数はおよそ75パーセントと見積もられています。

衝突の直前まで栄えていた恐竜たち

まず片づけておきたい論争があります。恐竜は小惑星が来る前からすでに数を減らしていて、衝突はとどめを刺しただけではないのか、という見方が長いあいだありました。

この見方が生まれたのには理由があります。白亜紀のいちばん最後の陸の記録として詳しく調べられてきたのは、モンタナ州やダコタ州に広がるヘルクリーク層でした。ティラノサウルスもトリケラトプスもここから出ています。ただしこの地層には、首の長い巨大な竜脚類がいません。かつてあれほど栄えた系統が北アメリカから消えている——そこから、末期の恐竜は種類が減っていたのだろうという像ができあがりました。

2025年、この像に別の窓が開きます。ニューメキシコ州サンフアン盆地のナーショイビト部層という地層について、ニューメキシコ州立大学のアンドリュー・フリンらのチームが年代を精密に決め直したのです。岩に凍りついた地磁気の向きの変化と、砂の粒に含まれる鉱物の放射年代の両方を使い、この地層が6640万年前から6600万年前、白亜紀の最後のおよそ38万年間に積もったものだと突き止めました。それまでは7000万年前ごろ、衝突より数百万年も古いと考えられていた地層です。

年代が揃うと、比較ができます。同じ時代の北アメリカに、まったく顔ぶれの違う二つの恐竜の世界が並んで存在していました。北のヘルクリークにはトサカのないハドロサウルス類がいて竜脚類はいない。南のニューメキシコにはアラモサウルスという大型の竜脚類がいて、トサカのあるハドロサウルス類がいる。しかも両方にティラノサウルスがいる。衰えて画一化していく群れではなく、地域ごとに違う顔ぶれを持った、厚みのある生態系でした。この分析によれば、恐竜は下り坂を転がっている最中に押されたのではなく、しっかり立っているところを倒されたことになります。

暗くなった空と、崩れた食物網

小惑星が突っ込んだ先は浅い海の底で、そこにあったのは硫黄と炭酸塩を大量に含む岩でした。蒸発した岩と溶けた岩のしずくが上空へ吹き上がり、大気圏に戻ってくるときの摩擦で地表が焼かれます。地震と津波、そして山火事。ここまでが最初の数時間です。

そのあとに来たものが、生き物にとってはより致命的でした。舞い上がった細かい塵と、火災の煤(すす)が空を覆い、太陽の光が地表に届かなくなります。何か月から、長く見積もれば千年単位まで——推定には大きな幅があります——地球は暗く冷えました。光合成が止まれば植物が死に、植物を食べていた動物が死に、それを食べていた動物も死ぬ。倒れる順番がそのまま上へ伝わっていきます。海でも、光合成をするプランクトンが打撃を受けたところから同じことが起きました。アンモナイトも、モササウルス類も、首長竜も、ここで途切れます。

同じころ、インドではデカン・トラップと呼ばれる大規模な溶岩の噴出が続いていました。フランスの国土ほどの広さを玄武岩で覆った火山活動で、その最盛期は衝突をまたいでいます。この火山が絶滅にどれだけ関わったのかは、いまも決着していません。現在の主流の見方は、時間の一致がずば抜けて正確なのは衝突のほうで、火山活動は衝突の前後に環境を揺さぶり、生き物を弱らせた要因、というものです。ただし、どちらがどれだけ効いたのかを数字で分けるのは、まだ難しい状態です。

結果だけを見ると、線の引かれ方は残酷なほど単純でした。陸では、ワニやカメのように代謝が低く長く食べずにいられる一部をのぞいて、体重25キロを超える四足動物が消えています。大きい生き物は大量の食べ物を必要とし、地面の下に隠れることもできず、大人になるまでに何年もかかる。暗い数年をやり過ごす条件を、何ひとつ満たしていませんでした。

空からも消えた鳥たち

「恐竜は絶滅したが、鳥だけは生き残った」という言い方をよく見かけます。系統としては正しいのですが、その言い方だと、鳥という一族が丸ごと難を逃れたように聞こえてしまいます。実際に起きたことは、まったく違いました。

白亜紀の空でいちばん栄えていた鳥は、いまの鳥ではありません。エナンティオルニス類という、あごに歯を持ち、翼の指先に鉤爪(かぎづめ)を残した一群でした。世界じゅうの地層から見つかり、種類も数も豊富で、樹上での暮らしに適応していたと考えられています。ほかにも、歯を持つ海鳥のイクチオルニス類、潜水に特化して飛ぶ力を失ったヘスペロルニス類がいました。

北アメリカ西部の、白亜紀のいちばん最後の地層を調べた研究では、境界の30万年前まで17種の鳥が確認されています。そのうち7種は、いま挙げたような古いタイプの鳥でした。そして境界より上の地層からは、これらの系統が一つも出てきません。歯のある鳥も、翼に爪のある鳥も、長い骨の尾を持つ鳥も、世界のどこからも二度と現れない。鳥の系統の絶滅率を9割超と見積もる研究者もいます。

境界を越えたのは、いま生きている鳥すべての祖先にあたる、たったひとつの枝だけでした。南極で見つかったベガビスや、ベルギーとオランダの国境近くの採石場から出たアステリオルニス——「ワンダーチキン」という愛称が付いています——が、その数少ない実例です。どちらもカモやニワトリの仲間にあたります。

問いはここで形を変えます。同じように羽根があり、同じように飛べた鳥たちのなかで、なぜこの枝だけが残ったのか。

森の消失という選別装置

2018年、当時バース大学にいたダニエル・フィールドを中心とする研究チームが、花粉と胞子の記録と、鳥の生態の復元を突き合わせて、ひとつの答えを出しました。

境界の地層で花粉を調べると、そこで起きたことがはっきり見えます。木の花粉がぱたりと消え、代わりにシダの胞子だけが爆発的に増える。「シダスパイク」と呼ばれる、どの大陸でも見られる現象です。シダは胞子を風に乗せて散らし、焼けた地面や崩れた斜面にまっさきに入り込む植物なので、この胞子の山は「森が消え、裸になった地面が広がった」という意味になります。木が育ち直すまでには、おそらく数百年かかりました。

そのうえで研究チームは、いま生きている鳥の生態——地上で暮らすか、木の上で暮らすか——を系統樹にあてはめ、過去へさかのぼらせています。すると、いまの鳥の系統樹の、根もとに近い分かれ目は、どれも例外なく「木の上ではない」と復元されたのです。ダチョウやキーウィにつながる枝も、カモとニワトリの枝も、残る大部分をふくむ枝も、その根もとにいた鳥は地面か水辺にいた。

つまり、小惑星が引いた線は「恐竜と鳥」のあいだにあったのではありませんでした。線は「木の上と、それ以外」のあいだにありました。共著者のリーガン・ダンは、止まる場所がなくなったので止まる鳥がいなくなった、と表現しています。樹上に適応していたエナンティオルニス類は、住む場所も、巣をかける場所も、食べ物も、まとめて失いました。

もうひとつ、同じ方向を向いた手がかりがあります。トロント大学(当時)のデレク・ラーソンらは、白亜紀最後の1800万年ぶんの小型獣脚類の歯を3100本以上集めて、形のばらつきを追いました。もし彼らが少しずつ衰えていたなら、食べ物の幅が狭まって歯の形のばらつきも減っていくはずです。ところがばらつきは、最後まで縮んでいませんでした。彼らは衰えたのではなく、突然消えたのです。

そこからチームが立てた仮説は、生き死にを分けたのは食べ物だったというものでした。植物が枯れ、虫が減り、小動物が減っても、種だけは土の中で何年も生き残ります。歯を捨ててくちばしを持ち、硬い種を割れた系統は、その残りものを食べられました。歯のある鳥や小型の獣脚類には、それができなかった。ベガビスもアステリオルニスも、くちばしを持ち、水辺や地上で暮らし、一年ほどで成鳥になる、成長の速い鳥です。

そしてここに、この話のいちばん妙なところがあります。いま枝にとまってさえずっている鳥は、一羽残らず、木の上にいなかった祖先の子孫です。森が戻ったあとで、いくつもの系統が別々に、あらためて木へ登り直しました。ハチドリも、ハトも、フクロウも、タカも、庭に来る小鳥も、みなその登り直しの結果です。

手札だけで決まった生死

この選別に、強さや優秀さは関係していません。体が大きければ死に、成長が遅ければ死に、木の上にいれば死んだ。時間があれば進化で対応できたかもしれませんが、時間がありませんでした。生き残りを決めたのは、その日たまたま持っていた条件だけです。

哺乳類が残ったのも同じ理屈でした。小さく、穴を掘って隠れることができ、成長が速く、何でも食べる。特別に優れていたわけではなく、たまたま条件が合っていたのです。彼らが空いた場所を埋めはじめるのは、この直後からです。

この絶滅がなければ、いまの世界の風景はまるごと違っていたはずです。庭にスズメが来るのも、朝に鳥の声で目が覚めるのも、6600万年前に木の上にいなかった一群がたまたま残ったからでした。歯のある鳥が飛ぶ空を、私たちは一度も見たことがありません。

解釈上の留意点

森の消失が鳥をふるいにかけたという説明は、よく支持されている仮説ですが、化石で直接確かめられたものではありません。白亜紀末の鳥の化石はもともと非常に少なく、フィールドらの結論の中心は、いま生きている鳥の生態を系統樹の上でさかのぼらせる復元にあります。境界を越えた鳥の骨そのものが増えれば、絵は変わりうる部分です。

種を食べられたかどうかが決め手だったという仮説も同じで、歯の形のばらつきという間接的な手がかりから組み立てたものです。研究チーム自身、これを提案として書いています。

恐竜が衰退していたかどうかの論争も、まだ終わっていません。ニューメキシコの研究は一地域の詳しい記録であって、世界全体を見渡した集計ではないからです。長期的には衰退があったとする分析を出してきた研究者からは、一か所の結果で全体は語れないという指摘が出ています。

デカン・トラップの寄与の大きさも未解決のままです。噴火の時期を数万年の精度で決め、それが気候と生き物にどう効いたかを並べる作業は、いまも進んでいる途中です。

出典

白亜紀末の恐竜の状況については、Andrew G. Flynn ほか「Late-surviving New Mexican dinosaurs illuminate high end-Cretaceous diversity and provinciality」(Science 390, 400–404, 2025)を参照しました。研究の紹介はエディンバラ大学のニュースおよびPhys.org の記事で読めます。

森林の崩壊と鳥の生き残りについては、Daniel J. Field ほか「Early Evolution of Modern Birds Structured by Global Forest Collapse at the End-Cretaceous Mass Extinction」(Current Biology 28, 1825–1831, 2018):Current Biology の論文ページ。発表時の解説はフィールド博物館のプレスリリースにあります。

歯の形のばらつきと種食については、Derek W. Larson, Caleb M. Brown, David C. Evans「Dental Disparity and Ecological Stability in Bird-like Dinosaurs prior to the End-Cretaceous Mass Extinction」(Current Biology 26, 1325–1333, 2016):Current Biology の論文ページ

白亜紀末の鳥の顔ぶれについては、Nicholas R. Longrich, Tim Tokaryk, Daniel J. Field「Mass extinction of birds at the Cretaceous–Paleogene (K–Pg) boundary」(PNAS 108(37), 15253–15257, 2011):PubMed の抄録ページ

絶滅の全体像については、Steve Brusatte による総説「How Birds Survived the Dinosaurs’ Doomsday」(Scientific American, 2026年5月号)も参照しました:Scientific American の記事ページ

本文中の年代は、国際層序委員会(ICS)の国際年代層序表に基づいています:stratigraphy.org/chart

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