新第三紀は、約2303万年前から約258万年前まで続いた、新生代の2番目の紀です。前半の中新世(2303万〜533万年前)と、後半の鮮新世(533万〜258万年前)に分かれます。前には哺乳類が空いた席を埋めていった古第三紀があり、後ろには氷期と間氷期がくり返す第四紀が控えています。
大陸の並びは、この紀のあいだにほぼ現在の形に落ち着きました。インドはすでにアジアにぶつかってヒマラヤを押し上げ、アフリカとユーラシアは何度も近づいたり離れたりし、日本列島は大陸の縁から切り離されて日本海が開きました。地球儀としては、いまとかなり近い。
ただし地中海だけは違います。この紀の終わり近く、地中海はほぼ干上がりました。その痕跡として、いまも海底の下には厚いところで2キロを超える塩の層が埋まっています。
森から草原への入れ替わり
中新世の初めごろ、地球はいまより暖かい世界でした。1690万年前から1470万年前までは「中新世の気候最適期」と呼ばれ、世界の平均気温はいまより3〜4度高かったと見積もられています。
それが1470万年前から1380万年前にかけて折り返します。南極に大きな氷床が定着し、深海の底の水温が下がり、世界は冷えて乾いていきました。以後の新第三紀は、ゆるやかに寒くなり続ける時代です。
気温が下がり、乾いた土地が増えると、森は退きます。空いた場所に入ってきたのが草でした。

ここで一つ、ややこしい点があります。「草原が広がった」といっても、いまのサバンナがそのまま出現したわけではありません。草には光合成のやり方で二つの型があり、乾燥と高温に強い「C4型」の草が世界中で優勢になるのは、意外なほど遅い。土の中にできる炭酸塩の炭素同位体比を追うと、C4型が本格的に広がるのは800万年前から300万年前にかけてです。
パキスタンのシワリク層群では、この切り替わりが740万年前から700万年前ごろに一気に起きています。同じ切り替わりは南米でも北米でも東アフリカでも見つかっていますが、時期は地域ごとに少しずつずれています。世界規模の変化でありながら、同時ではなかった。
硬い草をすりつぶすための歯
草を食べるのは、見た目ほど楽な仕事ではありません。イネ科の植物は、体の中にプラントオパールという小さなガラス質の粒をため込みます。ガラスと同じケイ酸でできた粒なので、噛むたびに歯が削れる。おまけに背の低い草を食べれば、土や砂も一緒に口に入ります。
その対策として草食動物がとった手が、歯を高くすることでした。歯冠——歯ぐきから上に出る部分——を長く伸ばし、すり減っても使える分を最初から用意しておく。高冠歯(こうかんし)と呼ばれるつくりです。ウマの仲間は2000万年前から1000万年前のあいだに、低い歯から高い歯へと急速に変わりました。

ただし、歯の変化と草原の広がりは、きれいに同時ではありませんでした。北米のウマは、C4型の草原が広がるより前にすでに高い歯を持っていて、歯のエナメル質に残る炭素同位体を調べると、食べていたのはC3型の草や木の葉が混ざったものでした。歯だけが先に変わっている。土や火山灰に混じる砂粒を飲み込むことのほうが、歯のすり減りには効いていたのではないか、という見方が出ています。
陸と海の顔ぶれ
この時代の陸には、いまの動物園では見られない体つきの獣が並んでいました。
デイノテリウムは、ゾウの仲間でありながら、牙が上あごではなく下あごから下向きに曲がって生えていました。木の枝を引き寄せるのに使ったとも、樹皮を剥がしたとも言われますが、決着はついていません。カリコテリウムはウマやサイに近い草食獣なのに、前足の指に長いかぎ爪を持ち、爪を地面につけないようこぶしを立てて歩いていました。三本指のウマであるヒッパリオンは、中新世の後半に旧世界へ広がり、乾いた土地の代表的な草食獣になります。

海では、オトドゥス・メガロドンが頂点にいました。全長15メートル前後と見積もられる巨大なサメで、中新世を通じてほぼ世界中の海にいます。2019年にチャールストン大学のロバート・ベッセネッカーさんらが北米西岸の化石記録を一つずつ検証しなおしたところ、確実な産出は約360万年前で途切れていました。それ以降のものとされてきた化石は、産地の記録が怪しいか、古い地層から洗い出されたものだったといいます。
日本にも、この紀を代表する動物がいます。デスモスチルスです。約1800万年前から1300万年前にかけて北太平洋の沿岸に暮らしていた半分水生の哺乳類で、カバに似たずんぐりした体つきをしていました。復元によって幅がありますが、体長は2〜3メートル、体重は200〜300キログラムほどと見積もられています。名前は臼歯の形から来ています。円柱状の突起が束になって一本の歯をつくるという、現生のどの哺乳類にもない形で、ギリシャ語の「束ねた柱」がそのまま学名になりました。世界で最初に頭骨が記載されたのは岐阜県瑞浪市産の標本で、のちにサハリンから全身骨格が見つかっています。

デスモスチルスがいた時期は、日本列島が大陸から離れていく時期と重なります。およそ2000万年前に大陸の縁が裂けはじめ、東北日本は反時計回りに、西南日本は時計回りに回転しながら開いていき、1500万年前ごろに日本海の拡大が止まりました。いまの日本の地形の骨格は、この紀にできています。
そしてもう一つ、この紀は類人猿の時代でもありました。ケニアで見つかるプロコンスルやエケンボは2000万年前から1700万年前、ドイツ南部のダヌビウス・グッゲンモシは1162万年前。ダヌビウスは腰と膝を伸ばした姿勢の手がかりを残していて、枝の上を後ろ足で立って歩いていた可能性が指摘されています。ヒトとチンパンジーの系統が分かれたのは600万年前から800万年前ごろで、チャドで見つかったサヘラントロプスは約700万年前。人類の物語の出発点も、この紀の中にあります。
深海の泥から出てきた石膏
ここから地中海の話に入ります。
1970年の8月から10月にかけて、深海掘削計画の第13次航海で、掘削船グロマー・チャレンジャー号が地中海の海底を掘りました。乗り込んでいたのは、ケネス・シュー、ウィリアム・ライアン、マリア・ビアンカ・チタら。回収された堆積物の柱の中から出てきたのは、石膏と岩塩でした。

石膏も岩塩も、海水が蒸発して濃くなったときに沈殿する鉱物です。浅い塩湖の底なら当たり前に出てくる。しかしここは、水深数千メートルの深海底でした。
3人が1973年にNature誌で出した答えは、単純でした。中新世の終わりに、地中海は干上がったのだ、と。深い盆地の底が空気にさらされ、残された塩水がじりじり煮詰まって塩を吐き出した——そういう景色を想定しないと、この鉱物の並びは説明できない。
反発は強いものでした。深い海が干上がるわけがない、わずかな試料からとんでもない話をでっち上げた、という批判が続きます。それでも、地中海のまわりの陸上の地層、埋もれた谷、反射法地震探査の結果が次々に噛み合っていき、いまでは「メッシニアン塩分危機」として地質学の教科書に載る事件になりました。
三段階で進んだ干上がり
年代は、597万年前から533万年前までの約64万年に絞り込まれています。新第三紀そのものが2000万年以上続いたことを考えれば、その3%ほどの短い期間です。
進み方は三段階でした。第1段階の597万年前から560万年前は、地中海の縁にある浅い盆地で石膏が沈殿していく時期。第2段階の560万年前から555万年前で、深い盆地の底に岩塩が一気に積もります。厚さは2キロを超え、この層が「地中海の塩ジャイアント」と呼ばれるものです。第3段階の555万年前から533万年前には、逆に塩分が薄まっていきました。周囲の川と、当時北にあったパラテチス海から低塩分の水が大量に流れ込み、汽水にすむ生き物の化石が残る「ラゴ・マーレ(湖の海)」の状態になります。
水位が下がると、周りの川はそれまでより低い位置へ向かって流れ落ちるようになり、猛烈な勢いで谷を刻みます。ナイル川はカイロのあたりで、いまの地表から1500メートルほど下まで達する峡谷を掘りました。その谷は現在、ナイルデルタの堆積物の下に完全に埋もれています。ローヌ川にも同じことが起きています。

生き物にとっては、逃げ場のない64万年でした。2024年、ウィーン大学のコンスタンティナ・アギアディさんを中心とする25機関29人のチームが、地中海周辺の陸上の化石と深海の堆積物コアを1200万年前から360万年前まで通して集計し、Science誌に発表しています。危機の前の地中海には2006種の海の生き物が記録され、そのうち地中海にしかいない固有種は779種。危機を生き延びた固有種は86種、率にして約11%でした。
危機の前後で、種の顔ぶれは約67%が入れ替わっています。しかもその入れ替わりの大部分は、生き残りではなく、あとから大西洋側から入ってきた新顔によるものでした。多様性が元の水準に戻るまでには、170万年以上かかっています。いま地中海の生物の豊かさが西から東へ向かって下がっていくのも、この事件のあとにできた並びだと結論づけられました。
二年で戻った海
533万年前、大西洋の水がジブラルタルを破って戻ってきます。ザンクリアン洪水と呼ばれる出来事です。
2009年、スペイン国立研究評議会(CSIC)バルセロナのダニエル・ガルシア=カステリャーノスさんらは、ジブラルタル海峡を横切って続く長さ約200キロの削り込みに注目しました。深いところでは250メートル以上えぐれています。これを、水が岩を削りながら流れた跡として計算にかけると、想像しにくい数字が出てきました。
ピーク時の流量は毎秒1億立方メートル。アマゾン川の平均流量のおよそ1000倍です。地中海の水位は1日に10メートル以上上がった可能性がある。そして必要な水量の90%が、数か月から2年という短さで移動した——というのが計算結果でした。
ここは注意が要る数字です。最初の一滴から2年で満杯になった、という意味ではありません。細々とした流入が数千年続いた前段階があったかもしれず、水が岩を削る、削れて広がった通り道にさらに水が流れる、という自己増幅が効きはじめてからの2年です。

2024年には、この洪水の別の証拠が陸から見つかりました。モントレー湾水族館研究所のアーロン・ミカレフさんらがCommunications Earth & Environment誌で報告したもので、シチリア島南東部に300を超える非対称な尾根が並んでいます。すべて同じ向きに流線形に削られ、あいだには乱雑に混ざった角礫が挟まり、その先には幅20キロの谷が海底のノト海底谷へ続いていました。西の盆地を満たした水が、シチリア島の南東にあった浅い海の通り道からあふれ、東の盆地へなだれ込んだ跡だと解釈されています。
戻らなかった塩
水は戻りました。塩は戻りませんでした。
海底に積み上がった岩塩の総量は、地震波探査による見積もりで82万から93万立方キロメートル。まわりに一緒にたまった堆積物も含めると最大120万立方キロメートルに達します。深い盆地では平均1.5キロほどの厚さで、いまも地中海の底に横たわったままです。
この量が、実は事件の性格を決めています。
地中海をなみなみと満たした海水を、一度そっくり蒸発させたとしましょう。それでは、この塩の山にはまるで足りません。同じ見積もりによれば、これだけの塩を積み上げるのに必要だった大西洋の海水は、いまの地中海およそ7〜8杯ぶんにあたります。地中海の中にあった水だけでは、絶対に作れない量です。ジブラルタルの細くなった通り道から海水が入り続け、蒸発して塩だけを置いていく——それが何度も、あるいは延々と繰り返されたことになります。

言い換えると、地中海の底にある塩は、地中海から出てきたものではありません。世界の海から抜き取られたものです。
その量は、いま世界の海に溶けている塩のおよそ5〜6%にあたります。2024年にNature Reviews Earth & Environment誌でこの事件を総まとめしたユトレヒト大学のワウト・クレイフスマンさんらのレビューは、イオンの総量でみると7〜10%が海から取り除かれた、と見積もっています。地球の海の成分表が、64万年のあいだに書き換えられたことになります。
そして、抜けたのはナトリウムと塩素だけではありませんでした。石膏は硫酸カルシウムなので、沈殿するときにカルシウムイオンも一緒に持っていきます。海の中のカルシウムが減ると、海底に埋まっていく炭酸カルシウムの量が減る。炭酸カルシウムとして固定されずに残った炭酸水素イオンのぶん、海の水はわずかにアルカリ性へ傾きます。アルカリ性に傾いた海は、大気から二酸化炭素をよく吸い込む。大気の二酸化炭素が減れば、地球は冷えます。
塩分そのものが下がったことにも効き目があります。塩水は真水より低い温度でないと凍りません。海全体の塩分が下がれば、そのぶん凍りはじめる温度が上がる。北の海で海氷ができやすくなり、それが北半球の寒冷化を後押しした可能性がある、という説は1970年代から出ていて、いまも検討が続いています。
つまり、地中海が干上がったことは、地中海だけの事件ではありませんでした。世界の海の塩分とカルシウムの量が変わり、大気の二酸化炭素と、海が凍る温度まで動いた。ひとつの内海で起きた乾燥が、地球全体の気候を動かす側にまわったことになります。クレイフスマンさんらは、塩ジャイアントは百万年の時間スケールで海の化学組成を変える気候の駆動役になりうるのに、長期の炭素循環モデルにはまだ十分に組み込まれていない、とレビューを結んでいます。
残されている問い
この事件は、細部が驚くほど決着していません。
まず、どこまで水位が下がったのか。50年間の標準的な説明は「2キロ以上下がり、ほぼ干上がった」でした。ところが2022年、イスラエル地質調査所のゾハール・グヴィルツマンさんらは、ナイル川の埋没した谷の形を、あとから積もった堆積物の重みでたわんだぶんと、押し固められたぶんを差し引いて復元しなおしました。出てきた答えは、水位の低下は約600メートル。従来の見積もりの2分の1から4分の1です。この読みが正しければ、塩は1〜3キロの深い水の下で沈殿したことになり、「ほぼ干上がった盆地」という絵は成り立たなくなります。
一方、2026年に発表されたカイロ南方の3次元反射法地震探査では、幅9キロ、現在の海面下1700〜1800メートルまで硬い石灰岩を刻んだ谷が確認され、深い低下を支持する結果になりました。同じナイル川の同じ谷を見ていて、答えが割れている。
86種がどこで生き延びたのかも分かっていません。塩水の中に耐えられる隙間があったのか、大西洋との細い通り道の近くに逃げ込んでいたのか、周縁の淡水の流れ込む場所に退避していたのか。候補はいくつも挙がっていますが、化石記録は答えを出すには粗すぎます。
抜かれた塩が気候をどれだけ動かしたのかも、数字としては固まっていません。海のカルシウムが減ってから、風化によってカルシウムが戻ってくるまでにどれくらいかかったのか。石膏の沈殿は途中で何度も止まったり再開したりしていて、そのたびに海の応答も変わったはずです。
いまの地中海は、蒸発する量のほうが、川と雨から入る量より多い海です。差を埋めているのは、ジブラルタル海峡から流れ込み続けている大西洋の水だけです。この一本の細い口が閉じるかどうかで、内海はただの海にも、塩の平原にもなる。600万年前に起きたのは、その口が細くなった、というだけのことでした。地中海の底の塩は、いまも掘削と地震波探査の対象であり続けています。
出典
Krijgsman, W. et al. (2024) Causes and consequences of the Messinian salinity crisis. Nature Reviews Earth & Environment 5, 335–350. https://www.nature.com/articles/s43017-024-00533-1
Hsü, K. J., Ryan, W. B. F. & Cita, M. B. (1973) Late Miocene desiccation of the Mediterranean. Nature 242, 240–244. https://doi.org/10.1038/242240a0
Agiadi, K. et al. (2024) The marine biodiversity impact of the Late Miocene Mediterranean salinity crisis. Science 385, 986–991. https://www.science.org/doi/10.1126/science.adp3703(ウィーン大学のプレスリリースは https://www.eurekalert.org/news-releases/1055520)
Garcia-Castellanos, D. et al. (2009) Catastrophic flood of the Mediterranean after the Messinian salinity crisis. Nature 462, 778–781. https://www.nature.com/articles/nature08555
Micallef, A. et al. (2024) Land-to-sea indicators of the Zanclean megaflood. Communications Earth & Environment 5, 794. https://www.nature.com/articles/s43247-024-01972-w
Gvirtzman, Z. et al. (2022) Limited Mediterranean sea-level drop during the Messinian salinity crisis inferred from the buried Nile canyon. Communications Earth & Environment 3, 216. https://www.nature.com/articles/s43247-022-00540-4
Bosworth, W. & Mitchell, N. C. (2026) Deep drawdown of the Mediterranean during the Messinian Salinity Crisis inferred from Nile Canyon 3D seismic reflection data near Cairo, Egypt. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 690, 113680. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0031018226001434
Haq, B. et al. (2020) Deep Mediterranean’s Messinian evaporite giant: How much salt? Global and Planetary Change 184, 103052. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0921818119305375
Boessenecker, R. W. et al. (2019) The Early Pliocene extinction of the mega-toothed shark Otodus megalodon: a view from the eastern North Pacific. PeerJ 7, e6088. https://peerj.com/articles/6088/
Böhme, M. et al. (2019) A new Miocene ape and locomotion in the ancestor of great apes and humans. Nature 575, 489–493. https://www.nature.com/articles/s41586-019-1731-0
Bombard, S. E. et al. (2024) Miocene Climatic Optimum and Middle Miocene Climate Transition: a foraminiferal record from the central Ross Sea, Antarctica. Journal of Micropalaeontology 43, 383–421. https://jm.copernicus.org/articles/43/383/2024/
国立科学博物館「幻の奇獣デスモスチルスを知っていますか? ―絶滅哺乳類の古生態を復元する―」 https://www.kahaku.go.jp/news/nid00000237.html


コメント