約258万年前から現在までを、第四紀と呼びます。新生代の3番目、地質年代のいちばん最後に置かれた紀で、この記事を読んでいるいまこの瞬間も、第四紀のただ中です。寒い氷期と温暖な間氷期を何十回もくり返してきた「氷の時代」ですが、主役は氷ではありません。その氷の世界を、平然と生き抜いていた巨大な動物たちです。
第四紀は2本に分けて書きます。この記事では氷期の動物たちを、もう1本では人類の歩みを扱います。
マンモスステップ——地球最大の「牧場」
氷期のピーク、たとえば約2万年前の地球では、北アメリカの北半分とヨーロッパ北部が厚さ数キロメートルの氷床に覆われていました。ところがその氷の南側には、凍りついた不毛の荒野ではなく、ヨーロッパからシベリアを経てアラスカまで、ユーラシア大陸をまるごと横断する広大な草原が広がっていたのです。乾いて冷たいのに草の生産力は高い、現在の地球のどこにも同じものがない独特の生態系で、「マンモスステップ」と呼ばれています。
その名のとおり、草原の看板役はケナガマンモスでした。肩までの高さ約3メートル。長い体毛と厚い皮下脂肪で寒さをしのぎ、大きく湾曲したキバで雪を掻き分けて草を掘り出し、群れで草原を渡り歩いていました。まわりには、毛むくじゃらのサイであるケナガサイ、角の幅が3メートルを超えるオオツノジカ、大群で移動するステップバイソンや野生のウマ、トナカイ。そしてその群れを、現在のライオンより大きなホラアナライオンが狙っていました。氷期の北の大地は、いまのアフリカのサバンナに匹敵する、大型動物たちのひしめく世界だったのです。

日本列島も例外ではありません。氷期の日本にはナウマンゾウが歩き、ヤベオオツノジカが草を食んでいました。長野県の野尻湖では、その化石が石器とともに大量に発掘されていて、氷期の日本で人がゾウと向き合っていた光景を伝えています。
南北アメリカの、さらに奇妙な巨獣たち
南北アメリカ大陸に目を移すと、顔ぶれはさらに個性的になります。北アメリカでは、ナイフのように長い犬歯を持つネコ科の捕食者スミロドン——いわゆるサーベルタイガー——が、がっしりした前脚で獲物を組み伏せていました。マンモスの親戚で、森で木の葉を食べていたマストドンもいます。
南アメリカはもっと変わっていました。地上で暮らす巨大なナマケモノ、メガテリウムは、全長6メートル、体重数トン。後ろ脚で立ち上がれば高さ3メートルを超え、長いカギ爪で枝を引き寄せて葉を食べていました。そのそばには、小型車ほどもあるドーム状の甲羅を背負ったアルマジロの親戚、グリプトドンがのしのしと歩いています。長く孤立した大陸だった南アメリカには、ほかの土地では見られない進化の産物がそろっていました。

何十回の氷期も、へっちゃらだった
ここで押さえておきたいのは、こうした巨獣たち——まとめてメガファウナと呼ばれます——が、氷期の激変にきわめて強かったことです。
第四紀の氷期と間氷期は、地球の公転軌道や自転軸のゆっくりした変化(ミランコビッチ・サイクル)を引き金に、数万年から10万年の周期で入れ替わってきました。氷床が育っては解け、海面は100メートル以上も上下し、草原と森林が入れ替わる。この大改造が、258万年のあいだに数十回くり返されたのです。ちなみにその記録の一部は千葉県の地層にも刻まれていて、約77万4000年前から約12万9000年前までの時代区分には、2020年に「チバニアン」という日本の地名が付きました。
動物たちは、この変動を分布を変えることで乗り切ってきました。寒くなれば南へ、暖かくなれば北へ。氷期向きの種と間氷期向きの種が入れ替わりながら、顔ぶれ全体としてはしぶとく続いていく。実際、化石記録を見るかぎり、過去の氷期から間氷期への切り替わりで、大型動物がまとめて絶滅した形跡は見つかっていません。マンモスもケナガサイも、温暖な間氷期を何度も経験しては、そのたびに次の氷期で勢力を盛り返してきたのです。
最後の1回でだけ、巨獣が消えた
ところが、です。約1万年前に終わったいちばん最後の氷期の前後で、それまで何十回の変動にも耐えてきた巨獣たちが、世界中でばたばたと消えていきます。
規模は桁外れでした。過去12万年ほどのあいだに、体重45キログラム以上の大型哺乳類の約半数が地球から姿を消したと見積もられています。北アメリカでは大型哺乳類の属の約7割、南アメリカでは8割以上が失われました。マンモスも、ケナガサイも、オオツノジカも、スミロドンも、メガテリウムも、グリプトドンも、ナウマンゾウも——この記事に登場した動物は、ほぼ全員がここで退場します。何千万年ものあいだ、巨大な動物がひしめいているのが地球の当たり前の姿だったのに、その当たり前が、地質学的には一瞬で終わってしまったのです。
「最後の氷期の終わりの気候変動が原因」と考えたくなりますが、そこには最初に述べた壁があります。同じような温暖化を、彼らは何十回も無事にくぐり抜けてきたのです。なぜ最後の1回だけが致命傷になったのか。しかも奇妙なことに、絶滅の時期は世界同時ではありません。オーストラリアでは約4万年以上前、南北アメリカでは約1万年前、と大陸ごとに数万年もずれています。気候は全地球で同期して変わるのに、絶滅はバラバラにやってくる。そしてそのずれは、ホモ・サピエンスがそれぞれの大陸に到達した時期と、不気味なほど重なるのです。
このため近年の研究では、狩猟をはじめとする人類の影響を主因と見る説が有力になりつつあります。一方で、最後の温暖化は気候の変わり方が過去と違ったとして、気候の役割を重く見る研究者もいて、200年越しの論争にはまだ決着がついていません。おそらく実際には、気候変動で揺さぶられたところに人類が加わる合わせ技だったのでしょうが、どちらがどれだけ効いたのかは、いまも第四紀最大の論争のひとつです。

最後のマンモスは、ピラミッドを知らずに死んだ
絶滅は、一斉の幕切れではありませんでした。マンモスは本土から消えたあとも、北極海に浮かぶヴランゲリ島などの離島で細々と生き延び、最後の群れが途絶えたのは約4000年前。エジプトでピラミッドが建てられていたころ、地球の片隅にはまだマンモスが歩いていたことになります。
それでも、終わりは終わりでした。巨獣たちとともに、マンモスステップという生態系そのものも地上から消え、二度と戻っていません。いま私たちが「自然のままの姿」と思っている草原や森は、じつは主役たちが退場したあとの、がらんとした舞台なのです。地球の長い歴史の中で、これほど大型動物の少ない時代はめったにありません。氷の時代の本当の主役たちがなぜ消えたのかという問いは、骨と地層を手がかりに、いまも追いかけられている途中です。

出典
境界年代は国際層序委員会(ICS)の国際年代層序表に基づいています。第四紀後期の大型動物絶滅については、Cambridge Philosophical Society発行の総説(Svenningら、2024年)と、Proceedings of the Royal Society B誌の全球解析(Sandomら、2014年)、Koch & Barnosky(2006年)の総説を参照しました。


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