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帯状疱疹(たいじょうほうしん)のワクチンを打った人は、その後の7年間、心臓や血管の病気が少なかった——。そんな研究結果を、英オックスフォード大学のチームが2026年8月26日、医学誌Nature Medicineに発表しました。調べた人数は7万人超。ワクチンの本来の目的は帯状疱疹を防ぐことですから、心臓を守る「おまけ」がついてくるかもしれない、という話です。
ただし、この研究の見どころは結果の数字だけではありません。むしろ「どうやって比べたか」のほうに、健康ニュースを読むうえで一生使える工夫が詰まっています。順番に見ていきます。
水ぼうそうウイルスの二度目の出番
帯状疱疹は、子どものころにかかった水ぼうそうのウイルス(水痘・帯状疱疹ウイルス)が原因で起こります。水ぼうそうが治ったあともウイルスは体から消えず、神経の中に何十年も潜んでいて、年をとって免疫が弱ってくると再び暴れ出す。これが帯状疱疹で、皮膚に帯状の発疹が出て、強い痛みを伴います。発症は50歳を超えたあたりから急に増えます。
これを防ぐワクチンには、世代の違う2種類があります。ひとつは古いタイプの「生ワクチン」で、毒性を弱めたウイルスそのものを体に入れて免疫をつけるもの。米国ではゾスタバックスという製品が使われていましたが、すでに販売を終えています。もうひとつが新しいタイプの「組換えワクチン」、製品名シングリックスです。こちらはウイルス全体ではなく、ウイルスの表面にあるタンパク質の断片と、免疫の反応を強める成分(アジュバント)を組み合わせたもので、帯状疱疹を防ぐ効果は生ワクチンより高いことが分かっています。
そして数年前から、この新しいワクチンには妙な報告が相次いでいました。打った人は、帯状疱疹だけでなく、心臓病や認知症まで少ないように見える——というのです。今回のオックスフォードのチーム自身も、2024年に「組換えワクチンを打った人は認知症のリスクが低い」という研究を発表しています。
これまでの研究に潜んでいた偏り
ところが、こうした報告には共通の弱点がありました。どれも「ワクチンを打った人」と「打たなかった人」を比べていたのです。
一見、当たり前の比べ方に思えます。何が問題なのでしょうか。共著者でオックスフォード大学の精神科医マキシム・タケ(Maxime Taquet)氏が指摘するのは、自分からワクチンを打ちに行く人は、打たない人よりもともと健康な傾向がある、という事実です。健康に気をつかう人ほど接種にも足を運ぶし、食事や運動にも気を配り、検診も受ける。すると「打った人のほうが心臓病が少ない」という結果が出ても、それがワクチンのおかげなのか、単にもともと健康な人が集まっていただけなのか、区別がつきません。タケ氏自身、この比べ方は非常に偏った答えの出し方だと分かっている、とまで言い切っています。
この偏りは、集めるデータをいくら増やしても消えません。健康への意識の高さは診療記録に数字として残らないからです。ワクチンと病気の研究につきまとってきた、根の深い問題でした。
切り替えの瞬間を利用した自然実験
今回のチームは、この偏りを消すために、米国で起きたある出来事を利用しました。2017年10月、米国では帯状疱疹ワクチンの推奨が古い生ワクチンから新しい組換えワクチンへ切り替わり、使われるワクチンが短期間で一気に入れ替わったのです。
チームはここに目をつけました。切り替わる直前の2017年4月から9月にワクチンを打った60歳以上の人たち(98.6%が生ワクチン)と、ちょうど1年後の2018年4月から9月に打った人たち(93.5%が組換えワクチン)。この2つのグループを比べれば、どちらも「ワクチンを打つと自分で決めた人」ばかりです。もともとの健康度や意識の高さに差がつく理由がありません。違うのは、たまたまどちらの時期に打ったか、それだけ。つまり、どちらのワクチンを受け取ったか、だけです。
意図して仕組んだ実験ではなく、制度の切り替えが偶然つくり出した実験の形——研究の世界では「自然実験」と呼びます。1年ずらして同じ4月から9月にそろえたのは、季節によって心臓病の起こりやすさが変わる影響を消すためです。

米国の電子カルテを集めたデータベース(TriNetX)から、条件をそろえた3万6,460人ずつ、あわせて7万人超を選び出し、接種後7年間の心臓と血管の病気——虚血性心疾患(心臓の血管が詰まる病気)、心不全、脳梗塞——を追いかけました。
結果は、はっきりした差でした。組換えワクチンの時期に打ったグループは、7年間のうち心血管の病気と診断された状態で過ごした時間が、平均で9%短かったのです。少し分かりにくい指標ですが、要するに「病気になるのが遅い、あるいはならずに済んだ人が多く、そのぶん健康な時間が長かった」ということです。病気別に見ると、虚血性心疾患で10%、心不全で12%、この2つは男女どちらでも差が出ました。脳梗塞は男性でのみ12%の差。さらに、当初の予定になかった心房細動(脈が乱れる不整脈の一種)でも7%の差が見つかっています。
なお、脳梗塞が女性で差が出なかった理由について、論文は「女性に効かない」とは結論づけていません。脳梗塞はそもそも心疾患の2分の1から4分の1しか起こらないため、差を検出するにはデータが足りなかった可能性を挙げています。実際、男女で効果の大きさが違うかを直接調べた検定では、統計的な差は出ませんでした。
まだ「因果」と言えない理由
ここまで読むと「じゃあ新しいワクチンを打てば心臓病が防げるのか」と思いたくなりますが、この研究はそこまでは言っていません。
賢い設計で偏りを大きく減らしたとはいえ、これは観察研究——起きたことを記録から振り返って調べる研究——であることに変わりはありません。研究に関わっていない専門家、カイザー・パーマネンテの疫学者エミリー・レイエンス(Emily Rayens)氏は、結果を「とりわけ興味深い」と評価しつつ、「因果関係があると断定することはできません」と釘を刺しています。電子カルテのデータには、収入や学歴、喫煙や食事といった生活習慣の情報が十分に入っておらず、測れていない何かが2つのグループの差を生んだ可能性を完全には消せないのです。著者ら自身も論文の中で、因果を確かめるには本物の臨床試験(くじ引きでワクチンを割り当てて前向きに比べる試験)が必要だと明言しています。
一方で、なぜワクチンが心臓を守りうるのか、という仮説は立てられています。有力なのは、帯状疱疹を防いだ結果ではなく、ワクチンそのものが免疫の状態を変えるという説です。シングリックスに含まれるアジュバントには、炎症に関わる免疫細胞の働きを長期間にわたって変える作用が知られており、その変化が血管の炎症を抑える方向に働くのではないか、と考えられています。興味深いことに、今回の差は接種後の前半3年半に集中していて、後半になると弱まっていました。免疫への作用が時間とともに薄れていくのだとすれば、つじつまが合います。
ひとつ書き添えておくと、著者のうち2人はシングリックスの製造元であるGSK社のコンサルタントを務めています。論文には、GSKはこの研究に一切関与しておらず、掲載が決まるまで研究の存在を知らなかったと明記されていますが、こうした利害関係の開示まで含めて読むのが、健康研究とのつきあい方だと思います。
日本での帯状疱疹ワクチン事情
この話は、日本の読者にとって他人事ではありません。日本では2025年4月から、帯状疱疹ワクチンが予防接種法にもとづく定期接種になりました。対象はその年度内に65歳になる方などで、2029年度までの経過措置として、年度内に70・75・80・85・90・95・100歳になる方も対象に含まれます。費用の一部が公費でまかなわれるため、まさに「どちらのワクチンを打つか」を考えている人が大勢いるはずです。
日本の定期接種では、生ワクチン(ビケン)と組換えワクチン(シングリックス)の両方が使えます。ただし注意したいのは、日本の生ワクチンは、今回の研究で比較対象になった米国のゾスタバックスとは別の製品だということです。同じ「毒性を弱めたウイルスを使う」タイプではありますが、今回の結果をそのまま「日本の生ワクチンより組換えワクチンのほうが心臓にいい」と読み替えることはできません。
そしてもうひとつ。この研究が比べたのは、あくまで新旧2つのワクチン同士です。「ワクチンを打った人と打たなかった人」の比較ではないので、「ワクチンを打てば心臓病が減る」という結論はこの研究からは出てきません。帯状疱疹ワクチンを打つかどうかは、本来の目的である帯状疱疹の予防効果と、費用や副反応をもとに判断するのが筋で、心臓への効果はあくまで「今後の研究しだいのおまけ候補」くらいに受け止めておくのがよさそうです。
それでも、7万人・7年分の記録から「偏りの少ない比べ方」でこれだけはっきりした差が出たことは、臨床試験を組む十分な理由になります。ワクチンの切り替えという偶然が残してくれた実験の結果を、今度は意図した実験で確かめる番です。
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出典
Corsi-Zuelli, F. et al. “Recombinant shingles vaccination and the risk of cardiovascular events” Nature Medicine(2026年8月26日、査読済み・オープンアクセス)
https://www.nature.com/articles/s41591-026-04606-0
Gemma Conroy “Does the shingles vaccine cut heart disease risk? Mounting evidence suggests a link” Nature News(2026年8月26日)
https://www.nature.com/articles/d41586-026-02663-6
厚生労働省「帯状疱疹ワクチン」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/yobou-sesshu/vaccine/shingles/index.html


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