2026年6月、ハッブル宇宙望遠鏡の運用チーム(ESA/Hubble・NASA)が、球状星団 NGC 6723 の画像を公開しました。いて座の方向、地球から約2万7000光年の距離にある天体で、数万から数百万個の星が重力でひとかたまりに束ねられています。英語圏では「シャンデリア星団」という愛称で呼ばれることもあります。無数の星の一粒一粒が、天井から下がるシャンデリアの電球のように見えるからです。
公開されたのは1枚の写真ですが、その背後には、この星団を舞台にした長い観測の積み重ねがあります。そしてその観測は、球状星団について長く信じられてきた、ある前提を静かに書き換えていました。
球状星団と「同時形成」の前提
球状星団は、天の川銀河のなかでも最古参の住人です。銀河の円盤のまわり(ハロー)を回っていて、知られているだけで150個あまり。塵や混み合った星の海に隠れて、まだ見つかっていないものもあると考えられています。

上の図のように、球状星団は銀河本体を取り囲むように散らばっています。なかの星の年齢は100億年を超えるものが多く、宇宙の年齢(138億年)に迫るものすらあります。太陽が回っている銀河の薄い円盤ができるより何十億年も前に、先に形づくられていたらしい——つまり球状星団は、銀河の成り立ちを閉じ込めた化石のような天体です。
その球状星団について、天文学ではかつてこう考えられていました。ひとつの星団のなかの星は、同じときに、同じ材料のガスから、一度の爆発的な星形成でいっせいに生まれた、と。もしそのとおりなら、星団のなかの星はすべて同じ年齢で、化学組成もそっくり同じはずです。シンプルで、美しい仮説でした。
紫外線観測が見分けた2つの星の集団
ハッブルは、天の川銀河の球状星団65個を可視光と近赤外線で調べる大規模サーベイのなかで、NGC 6723 を最初に観測しました。このデータからは、重い星が星団の中心へ沈み、軽い星が外側へ漂い出ていくようすなどが読み取られ、数百本の研究論文を生むことになります。
続いて2013年から2014年にかけて、今度は紫外線でこの星団を見直す観測プログラムが実施されました。紫外線を使うと、星の表面の化学組成のわずかな違いが、色のわずかな違いとなって浮かび上がります。いわば、見た目ではそっくりな星たちに「成分の指紋」を取ったわけです。
結果、NGC 6723 の星は、化学組成のわずかに異なる2つのグループにきれいに分かれました。同じときに同じ材料から生まれたなら、こうはなりません。この星団のなかでは、星の形成が2回、別々に起きていたのです。
では、1回目と2回目はどれくらい空いていたのか。2021年に発表された解析(学術誌アストロノミー・アンド・アストロフィジックス掲載)が、2つの集団の年齢差を見積もっています。測定された差そのものは約2500万年。そして測光・金属量・ヘリウム量といった誤差の要因をすべて積み上げても、その差は最大で6億3400万年に収まる、という結果でした。つまり2つの集団は「6億3400万年以内で同時代」。100億年を超えて生きてきた星団にとって、6億年はまばたきほどの時間です。
ここが今回の話でいちばん面白いところです。星は確かに2回に分かれて生まれていた。なのに、その2回は宇宙の時間感覚ではほぼ立て続けだった。長い休止を挟んで世代交代したのではなく、1回目の星々が放出した物質から、間を置かずに2回目の星々が生まれた——現在の有力な描像では、そう考えられています。「いっせいに生まれた」という古い前提は崩れましたが、代わりに現れたのは「ほぼ同時なのに、確かに2回だった」という、より奇妙な事実でした。
画像の青い星が意味するもの
公開された画像をよく見ると、中心部には青い星が目立ち、外側にはオレンジ色の星が多く写っています。ここで「青い星は若く、オレンジは古い世代だ」と読みたくなりますが、球状星団ではその読み方は当てはまりません。100億歳を超える星団に、青く輝く若い大質量星はもう残っていないからです。
星団のなかで青く見えるのは、主に進化の進んだ高温の星たちです。NGC 6723 は、年老いた星が燃え方を変えて青白く輝く段階(ホライゾンタルブランチと呼ばれます)の星を多く持つことでも知られています。2つの世代の区別は、こうした見た目の色ではなく、紫外線で測った組成の指紋によって行われました。写真の色分布はそれ自体で美しいものですが、世代の証拠は別のところにある、というわけです。
球状星団の起源をめぐる2つの説
そもそも球状星団がどうやってできたのかは、いまも確定していません。有力な説は2つあります。ひとつは、初期宇宙で巨大なガス雲が急速につぶれてできたという説。もうひとつは、最近のシミュレーションが示唆するもので、一部の球状星団は、かつて存在した古い矮小銀河(わいしょうぎんが。小さな銀河のこと)の中心核が、大きな銀河に外側の星をはぎ取られて生き残った姿だという説です。どちらにせよ、球状星団が銀河の進化の記録を保存した化石であることに変わりはありません。
球状星団は天の川銀河だけのものではありません。NASAによれば、お隣のアンドロメダ銀河は約460個、巨大楕円銀河M87にいたっては約1万5000個の球状星団を従えています。星団ひとつひとつに、今回のような形成の履歴が刻まれていると考えると、調べ甲斐のある化石が宇宙にはまだ山ほど残っていることになります。
ちなみに NGC 6723 自体は、夏のいて座にあり、明るさは7等前後。日本からは夏の宵、南の空の低いところに位置します。双眼鏡や小さな望遠鏡では淡い光のかたまりにしか見えませんが、その淡いにじみのなかに、ほぼ同時に生まれた2つの世代が混ざって写っている——そう思って眺めると、見え方が少し変わるかもしれません。
解釈上の留意点
いくつか補足を。まず、これは新しい研究発表のニュースではありません。画像の公開が2026年6月で、もとになった観測は2013〜2014年、年齢差の解析論文は2021年のものです。また「球状星団に複数の星の集団がある」こと自体は、この10年あまりで多くの星団について確かめられてきた、天文学ではすでに定着した知見です。NGC 6723 はその具体例のひとつで、「今回初めて分かった」話ではありません。
距離の数値にも幅があります。今回のハッブルのリリースは約2万7000光年としていますが、資料によっては2万8000〜2万9000光年程度とするものもあります。測り方や較正の違いによるもので、どれかひとつだけが正しいというものではありません。
そして「6億3400万年」という数字は、繰り返しになりますが2回の星形成の間隔そのものではなく、誤差を含めた上限です。海外の紹介記事のなかには「約6億3400万年後に2回目が起きた」と読める書き方をしているものもありますが、論文が言っているのは「差があったとしても、それ以内」です。数字だけがひとり歩きしやすいところなので、ここは丁寧に読む必要があります。


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