モーターは小さくできないのに、なぜ1ミリのロボットは飛べたのか

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空き瓶の口に息を吹きかけると、ボーッと低い音が鳴ります。誰でも一度はやったことのある、あの遊びです。スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の研究チームが、この現象を推進力に変えて、モーターを一つも積まないロボットを動かしてみせました。デモに使われたのは、長さ約5センチの小さな舟と、最小で約1ミリの飛行体。機体の側にはモーターも電池も配線もありません。論文は2026年8月12日、査読済みの科学誌 Science Advances に掲載されました。

ただし、先にことわっておくと、この舟や飛行体が自分の力で勝手に動き回るわけではありません。外からスピーカーや超音波の装置で音を当て続けることで動く仕組みで、音が届く範囲でしか動けません。エネルギーを機体に積む代わりに、外から音として送り込んでいる——そう考えると全体像がつかみやすいと思います。

空き瓶が鳴る仕組み——ヘルムホルツ共鳴

瓶の口に息を吹きかけたときに鳴るあの音は、ヘルムホルツ共鳴と呼ばれる現象です。1856年、ドイツの物理学者ヘルマン・フォン・ヘルムホルツが、楽器を調律する道具を作ろうとする中で詳しく調べました。瓶のように「口の狭い空洞」に閉じ込められた空気は、特定の周波数で揺すられると大きく振動します。口の部分の空気が栓のように出入りし、中の空気がバネのようにそれを押し返す。この往復が特定の周波数でぴたりと合うと振動が一気に強まり、あの音になります。

そしてヘルムホルツは、このとき空洞が音を出すだけでなく、口からかすかな空気の噴流を吐き出すことにも気づいていました。ただ、楽器や瓶の圧力では、この噴流は弱すぎて何かに使えるようなものではありません。論文の著者の一人であるEPFLのセルマン・サカール准教授(機械工学)は、Live Scienceの取材にこう話しています。楽器でやるぶんには圧力が低いので大した力にはならない。けれど、もし圧力を上げていけたら、突然その噴流は無視できないものになり、機械の力として利用できるはずだ——と。170年前に見つかっていた「おまけ」のような現象に、動力としての出番が回ってきたわけです。

小型ロボットが抱えるモーターの壁

ここで、なぜわざわざ音で動かすのか、という話をしておきます。ロボットを小さくしていくと、必ずぶつかる壁があるからです。

ふつうのロボットは、モーターで動きます。そしてモーターには、磁石・コイル・回転軸といった部品がどうしても必要です。これらの部品には物理的に「これ以上は縮められない」という限界があり、機体を小さくすればするほど、モーターと、それを動かす電池と、つなぐ配線を押し込む場所がなくなっていきます。サカール氏も、従来のモーターには小型化の根本的な限界がある、と指摘しています。ミリメートル級のロボットを作ろうとすると、動力を機体に積むという発想そのものが行き詰まるのです。

だから、この分野では「力を外から送る」方法が探されてきました。液体の中では、音波で微小なロボットを動かす研究がすでに進んでいます。ところが空気中で同じことをやる方法は、ほとんど手つかずのまま残っていました。

縮めるほど有利になる共鳴器

今回の研究の面白いところは、小さくすることが弱点ではなく、むしろ武器になっている点です。

ヘルムホルツ共鳴の周波数は、空洞の大きさで決まります。瓶が大きいほど低い音、小さいほど高い音。そして空洞をミリメートル級まで縮めると、共鳴周波数は人間の耳に聞こえる上限を超えて、超音波の領域に入ります。これが効くのです。もし大きな共鳴器で同じ力を出そうとしたら、うるさくて耳に害が出かねない大音量の可聴音が必要になります。ところが超音波なら、人には何も聞こえないうえ、狙った場所に精密に集束させやすい。小さく作るほど、静かで扱いやすい動力になるという逆転が起きます。

チームは二光子重合と呼ばれる超高精細な3Dプリント技術を使い、ヘルムホルツが残した式に基づいて空洞の形を精密に設計・造形しました。そこに合った周波数の音を当てると、中の空気が共鳴して口から空気の噴流を吹き出し、その反動で機体が押される。実験とシミュレーションの両方で、設計どおりの推力が出ることが確かめられました。モーターと違って、ただの「形を工夫した空洞」には小型化の限界がありません。筆頭著者のジュンスン・ファン氏(博士課程)は、この仕組みはさらなる小型化とも相性がよいと述べています。

音で操縦できる舟と、1ミリの飛行体

デモは水上と空中の両方で行われました。

約5センチの舟には、向きと共鳴周波数の違う複数の共鳴器が取り付けられています。近くのスピーカーから流す音の高さを変えると、反応する共鳴器が切り替わり、舟は左へ、右へ、まっすぐへと進路を変えます。つまり、音程だけでハンドル操作までできるということです。

空中では、最小で約1ミリの「マイクロフライヤー」が2方式で飛びました。一つは、下向きに噴流を出して機体を押し上げる、いわばロケット型。重さ約150マイクログラム(1グラムの1万分の1.5)の機体が、256個の素子を並べた超音波装置の上で浮き上がりました。もう一つは、共鳴の力で小さなブレードを回転させて浮くヘリコプター型で、回転数は最大で1分間に約1万3000回転に達しました。回転にはコマと同じように姿勢を安定させる働きがあるため、こちらのほうが安定して飛んだと報告されています。

設計原理の提示という現在地

では、これで極小ドローンの時代が来るのかというと、研究チーム自身がそこにははっきり線を引いています。サカール氏は、この論文の意義は設計の原理を世に出したことにある、と話しており、応用に向けた形状の作り込み、制御、航法はこれからの課題だと明言しています。

そのうえで、論文の中では今後の可能性もいくつか挙げられています。たとえば、空中の小さな物体に触れずに回転や操作を加える技術。あるいは、周波数の違う共鳴器を一つの柔らかい機体に複数埋め込み、当てる音の高さによって特定の部分だけを曲げたり振動させたりする、音で形が変わる構造。後者は心臓のステント(血管を内側から支える医療器具)のような体内デバイスへの応用可能性にも触れられていますが、いずれも現時点では構想であり、実証はこれからです。

1856年の物理が、170年後に3Dプリントと超音波技術に出会って動力になった。モーターを足す方向ではなく、機体からモーターそのものを取り除く方向に解があった、という点で、小型ロボットの設計に一つの新しい入り口を開いた研究だと言えそうです。

解釈上の留意点

いくつか、読みちがえやすいポイントを整理しておきます。

まず、これらのロボットは自律して動いているわけではありません。外から音を当て続けることが前提で、音源の届く範囲の外では動けません。次に、「モーターがない」は「エネルギーが要らない」という意味ではありません。エネルギーは音波の形で外部から供給されており、その源はスピーカーや超音波装置です。そして、この研究は設計原理を示した段階のもので、薬剤輸送などの具体的な用途が実証されたわけではありません。挙げられている応用像は、いずれも研究チームが今後の可能性として述べているものです。

出典

論文:Junsun Hwang, Quentin Angéloz, Ashwin Subramanian Murugan, Hervé Lissek, Mahmut Selman Sakar, “Acoustic resonators as wireless actuators in air for small-scale robots,” Science Advances, Vol.12, No.33, eaef5620(2026年8月12日)
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aef5620

EPFLプレスリリース:These tiny drones are powered by sound
https://actu.epfl.ch/news/these-tiny-drones-are-powered-by-sound-2/

解説記事:Scientists build tiny robots without motors that can fly using sound waves alone(Live Science, 2026年8月31日)
https://www.livescience.com/technology/robotics/scientists-build-tiny-robots-without-motors-that-can-fly-using-sound-waves-alone

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