犬アレルギーの主な原因となるたんぱく質を作らないビーグルが、2頭生まれています。米ニューヨークのバイオ企業 Kindred Companion Sciences が2026年8月5日、The CRISPR Journal に論文を出して公表しました。名前は Alfie(アルフィー)と Bailey(ベイリー)。どちらもメスで、2024年9月22日生まれです。
2頭の唾液と、抜け毛やフケを調べたところ、原因物質である「Can f 1」というたんぱく質は検出されませんでした。ただし、これは「アレルギーの人でも飼える犬ができた」という話ではありません。取り除かれたのは、犬が持つアレルゲンのうちの1種類です。
犬アレルギーを起こしているもの
犬アレルギーというと毛が原因だと思われがちですが、実際に免疫が反応しているのは、犬の唾液や皮脂腺から出てくるたんぱく質です。犬が体をなめると毛にそれが移り、はがれ落ちた皮膚(フケ)にもくっついて、細かい粒として空気中に舞います。ソファやカーテンにも残ります。だから犬にさわらなくても症状が出ることがあるわけです。
その中でいちばん多くの人が反応するのが Can f 1 です。名前は犬の学名 Canis familiaris から来ていて、「犬のアレルゲン1番」という意味合いの呼び方になっています。1990年代の終わりごろから、犬アレルギーの主役として知られてきました。米国では、およそ8人に1人が犬に対して何らかのアレルギー反応を起こすとされています。
「低アレルゲン犬種」の実態
今回の研究では、比較のために普通のビーグル1頭と、プードル、ゴールデンドゥードルの検体も調べています。後ろの2種類は抜け毛が少ないことから、アレルギーの出にくい犬種として売られてきた品種です。
結果は、3頭とも Can f 1 が検出されました。しかも、あとで説明する皮膚のテストでも、この3頭の検体にはきちんと反応が出ています。抜け毛が少ないことと、アレルゲンを出さないことは別の話だった、ということです。「低アレルゲン犬種」という言い方は、少なくとも Can f 1 に関しては成り立っていませんでした。
だとすれば、犬種を選んでどうにかするのではなく、たんぱく質そのものを作らせないようにすればいい——今回の研究は、そういう発想から出発しています。
皮膚細胞から2頭が生まれるまで
手順はこうです。まずビーグルの皮膚から細胞を取り出し、ゲノム編集ツールの CRISPR-Cas9 を使って、Can f 1 遺伝子の先頭あたりにDNAの塩基を1つだけ足しました。文字を1つ余分に差し込むと、そこから先の読み方が1文字ずつずれて意味をなさなくなります。結果として、たんぱく質が作られなくなる、という仕組みです。
次に、編集したその細胞から核を取り出し、提供された卵子の核を抜いてそこに入れました。クローンを作るときの標準的なやり方です。こうして再構成した胚が25個。それを代理母となるビーグルの子宮に移植し、生まれたのが Alfie と Bailey の2頭でした。作り方の都合上、この2頭は元のビーグルのクローンでもあります。違うのは Can f 1 のところだけです。

そして検証です。Walker 氏は皮膚プリックテストを受けました。腕の皮膚に検体の液を1滴落とし、細い針で浅く刺して、赤みや腫れが出るかを見る検査です。普通のビーグル、プードル、ゴールデンドゥードルの検体には反応が出て、編集した犬の検体には出ませんでした。全ゲノムを読み直しても、調べた範囲では狙い以外の場所が編集された形跡は見つかっていません。2頭は今のところ健康に育っていて、Walker 氏は Bailey と1年半ほど一緒に暮らしていますが、アレルギー症状は出ていないといいます。

役割の分からないたんぱく質
ここからが、この研究のいちばん引っかかるところです。
Can f 1 が犬の体の中で何をしているのか、実はまだ分かっていません。アレルゲンとしては20年以上前から名前が知られていて、構造も、人のIgE抗体がどこにくっつくかも調べられています。それなのに、犬にとってどういう役目を果たしているたんぱく質なのかは、誰も突き止めていない。Walker 氏自身がそう認めています。
つまり今回のビーグル2頭は、何のためにあるのか分からないものを消してみた結果として生まれた、ということになります。
会社側が「たぶん大丈夫」と考えた根拠は、マウスの実験です。2016年に国際的なマウス表現型解析の枠組みで、Can f 1 にいちばん近いマウスの遺伝子(においの分子を運ぶたんぱく質の遺伝子)を両方とも壊した個体が作られていて、そこでは目立った悪影響が出ませんでした。それが最初の見通しになったといいます。ただ、マウスで問題が出なかったことは、犬で問題が出ないことの証明にはなりません。
ケンブリッジ大学の動物遺伝学者で元獣医の Eleanor Raffan 氏は、判断するにはまだ早いと見ています。たとえば歯や歯ぐきの病気は、犬の一生の後半になってから表に出てくるものです。Can f 1 が口の中の健康に何か関わっている可能性は、生後2年の2頭を見ただけでは否定できません。会社側もこの点は意識していて、健康診断には歯科と口腔の検査を組み込み、生涯にわたって監視を続けるとしています。
Raffan 氏はもう一段先の心配もしています。仮にこの編集が個体レベルで安全だったとしても、ごく少数の犬から大量に子孫を増やしていけば、編集とは無関係な有害な変異まで一緒に広がってしまう。純血種の犬が抱えている遺伝性疾患は、まさにそうやって蓄積してきたものです。そして、犬を飼うこと自体は、医学的に必要な行為ではありません。
検証の範囲と限界
ここは正確に押さえておきたいところです。
まず、皮膚プリックテストを受けたのは Walker 氏ただ1人でした。しかも彼はこの会社の共同創業者でありCEOです。独立した第三者による検証ではなく、被験者1人・犬2頭という規模の試験だという前提で読む必要があります。
次に、犬のアレルゲンは Can f 1 だけではありません。Can f 2 をはじめ、ほかにも反応を引き起こすたんぱく質が知られていて、そちらは手つかずのまま残っています。Can f 1 に反応していない人にとっては、この犬でも症状は変わらないはずです。取り除かれたのは原因の一部であって、全部ではありません。
そして、こうした犬が買えるようになるかどうかは、まだ決まっていません。遺伝子を改変した動物は米国では食品医薬品局(FDA)の規制対象で、この編集は承認されていないからです。会社は手続きを始めた段階だと説明しています。会社が目指しているのは、編集を持ったまま普通に繁殖できる「元となる犬」を作ることで、そうなれば毎回クローンを作らずに済みます。今回の25個の胚から2頭という数字を見ると、その意味は分かります。
技術と、その手前にある議論
倫理面では、はっきり温度差のある意見が出ています。
ニューヨーク大学グロスマン医学部の生命倫理学者 Arthur Caplan 氏は、多くの人がペットを飼えるようになる道が開ける一方で、保護犬や引き取り手のいない動物を迎えようという気持ちを削いでしまうかもしれない、とAP通信に語っています。改変されていない犬たちが、選ばれにくくなるという懸念です。
これに対して、カリフォルニア大学デービス校で動物遺伝学を専門とする Alison Van Eenennaam 氏は、ニューヨーク・タイムズに、結局どちらも伴侶として動物を作り出していることに変わりはない、と述べています。倫理的な問題を生んでいるのは技術ではない、という立場です。見た目の好みで交配を重ねてきた品種改良の歴史を思えば、たしかに新しく始まった話ではありません。
Walker 氏は、アレルギーがあって補助犬を必要としている人や、飼ってから自分のアレルギーに気づいて手放してしまう家庭のことを挙げています。また、この技術は品種改良のツケである呼吸器の障害や脊椎の疾患にも使えるはずだ、とも話しています。犬から何かを取り除く技術が、犬に負わされてきたものを取り除く方向にも向かうかどうか。そこはまだ何も証明されていません。
ちなみに猫では、韓国の研究チームが2024年に、主要アレルゲンの Fel d 1 を大幅に減らした個体を報告しています。こちらも一般に手に入るものにはなっていません。
出典
- Allergic to Dogs? These Gene-Edited Beagles Could Pave the Way to Your Dream Canine Companion That Won’t Trigger Sniffles(Smithsonian Magazine, 2026年9月1日)
- CRISPR Gene Editing Creates Hypoallergenic Dogs(The Scientist)
- Targeted Genetic Knockout of Can f 1, the Major Allergen in Dogs(The CRISPR Journal, 2026年8月5日)
- Kindred Companion Sciences のプレスリリース(2026年8月5日)
- 低アレルゲン猫の作出報告(Scientific Reports, 2024年)


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