夏の炎天下でいちばん涼しい服の色は白。日差しを反射してくれるから――これは物理的にも正しい、昔ながらの知恵です。ところが2026年8月、その常識を揺さぶる研究が発表されました。中国の鄭州大学が主導し、オーストラリアのアデレード大学が加わった研究チームが、白い綿の布より涼しい「紫の布」を作ったのです。
屋外の直射日光の下で測ると、この布は市販の白い綿より4.2°C、ふつうに染めた紫の綿と比べると6.2°Cも低い温度を保ちました。電気は一切使いません。成果は材料科学の査読誌「Small」に掲載されています。

涼しい服が白ばかりだった理由
まず、なぜ「涼しい服=白」なのかを整理しておきます。
服の下の体が暑くなる主な原因は、太陽の光を布が吸収して熱に変えてしまうことです。白い布は可視光をまんべんなく反射するので、吸収する太陽エネルギーが少なく、熱くなりにくい。黒い布はその逆で、光を幅広く吸い込んで熱に変えるので、着ると焼けるように暑くなります。
近年の研究では、この「反射」に加えてもうひとつの仕組みを組み込んだ布が開発されてきました。放射冷却――布が持つ熱を、中赤外線という目に見えない光として宇宙に向けて逃がす仕組みです。地球の大気には、中赤外線の一部の波長だけがほとんど吸収されずに宇宙まで抜けていく「窓」があります。この窓に合わせて熱を放射する素材で布を作ると、日なたに置いても周囲の気温より温度が下がる、ということが起きます。晴れた冬の朝、放射冷却で地面が氷点下まで冷えるのと同じ現象を、布の上で起こすわけです。
ただし、こうした放射冷却布には共通の弱点がありました。ほぼすべて白いのです。太陽光の反射を最大にしようとすると、可視光を全部はね返す=白くするのが手っ取り早い。色を付けるということは、特定の波長の光をわざと吸収させるということなので、色が濃くなるほど冷却性能は落ちていきます。「冷やしたいなら色をあきらめる、色が欲しいなら暑さを我慢する」という二者択一が、ずっと前提になっていました。
紫という、いちばん分の悪い色
その中でも紫は、特に条件の悪い色です。
物が紫に見えるのは、緑色の光を吸収して、残りの赤と青を反射しているからです。そして緑の波長帯は、地上に届く太陽光の中でエネルギーがもっとも強い部分にあたります。つまり紫の服は、太陽光のいちばんおいしいところを狙い撃ちで吸収してしまう色なのです。
実際、今回の実験でも、ふつうに染めた紫の綿は白い綿よりはっきり熱くなりました。色付きの冷却布を作るなら、紫はもっとも難しい部類。研究チームは、あえてその紫に挑んだことになります。
色素そのものを冷却材料にする発想
チームが出した答えは、染料で布を染めることではありませんでした。紫色を出す物質そのものが、同時に冷却材料としてはたらく――そういう素材を布の中身に使ったのです。
その素材が、金属有機構造体(MOF)と呼ばれる物質の一種「ZIF-67」です。MOFは、金属のイオンと有機分子が結びついて、内部に無数の小さな穴を持つ結晶を作る材料の総称で、ガスの貯蔵や分離などの分野で盛んに研究されています。ZIF-67はコバルトを骨格に持つMOFで、もともと鮮やかな紫色をしています。
このZIF-67の光の吸収の仕方が、冷却布にとって都合よくできていました。吸収するのは可視光の500〜600ナノメートル付近、つまり緑の帯域だけ。だから紫に見えます。一方で、太陽光エネルギーの半分近くを占める近赤外線はよく反射し、さらに熱を逃がすのに使う中赤外線はよく放射する。「紫に見えるために必要な吸収」だけを行い、それ以外の帯域では冷却に徹する――染料ではまず実現できない、選り好みの利いた光学特性です。
研究チームはこのZIF-67に、紫外線をはね返す酸化亜鉛のナノ粒子(日焼け止めにも使われる白い微粒子です)を組み合わせ、熱可塑性ポリウレタンという樹脂に混ぜて、電界紡糸(エレクトロスピニング)という手法で極細の繊維に加工しました。電圧をかけて樹脂を髪の毛よりはるかに細い糸として吹き出させる方法で、できあがった布は、繊維のすき間の構造も光を散乱させるのに役立ちます。
こうして仕上がった紫の布は、太陽光を平均87.6%反射し、中赤外線を96.4%放射するという数値を示しました。色が付いているのに、性能は白い放射冷却素材に迫る水準です。
屋外試験の結果
性能の確認は、実験室の測定だけでなく、中国・鄭州の屋外でも行われました。晴れた日に布の小片を直射日光にさらし、市販の白い綿、染色した紫の綿と並べて温度を比べています。
結果は先に触れたとおり、新しい紫の布は白い綿より4.2°C、染めた紫の綿より6.2°C低い温度を保ちました。「白より涼しい紫」が、実際の太陽の下で数字として確認されたことになります。
人が着たときに近い条件として、疑似皮膚(皮膚に見立てた測定用の素材)に布をかぶせる試験も行われました。日中、新しい布をかぶせた疑似皮膚は、何もかぶせない状態より最大8°C低くなりました。白い綿では最大4.6°C、染めた紫の綿では2.8°Cの低下ですから、覆いとしての冷却効果でも白い綿を上回っています。
衣類としての実用性
実験室生まれの冷却素材には、性能は高くても「服にはできない」ものが少なくありません。硬い、重い、蒸れる、洗えない――そのあたりも今回は確かめられています。
この布は軽くて柔らかく、大きく伸ばしても壊れません。水蒸気を通すので、汗の湿気は外に逃げます。それでいて水滴ははじく撥水性を持ち、洗濯を50回繰り返しても冷却性能は保たれました。強い紫外線を当て続ける加速試験(屋外でおよそ108日ぶんに相当)でも、光学的な性能は維持されたとのことです。少なくとも素材の段階では、日常着に求められる条件をひととおり満たしています。
アデレード大学の材料工学者で共著者のジュン・マー教授は、「これまでは冷却性能と見た目のどちらかを選ぶしかなかったが、両方を成り立たせられることを示せた」と述べています。同じく共著者で博士課程のヤンジャー・ホウ氏は、屋外労働者やアスリートなど、暑さにさらされる人の体温管理に電力なしで役立つ可能性を挙げたうえで、「冷却布は白でなければならない、という考えから抜け出すのが長期的な狙い」だと話しています。光の吸収特性が異なる別のMOFを使えば、紫以外の色でも同じことができるはずだ、というのがチームの見立てです。
解釈上の留意点
数字を受け取るうえで、いくつか注意しておきたい点があります。
まず、温度差の比較相手です。「6.2°C涼しい」は染色した紫の綿と比べた値で、白い綿と比べた場合は4.2°Cです。見出しだけ読むと混ざりやすいので、区別しておく必要があります。また、これらは布の小片や疑似皮膚での測定であって、実際に服として着て動いたときの体感がそのまま同じになるとは限りません。着衣の涼しさには、風通しや仕立て、体との密着具合など、素材以外の要素も効いてきます。
そして、これはあくまで研究段階の成果です。査読を経て論文誌に掲載された確かな結果ではあるものの、電界紡糸で作る布を衣料品の規模で量産できるのか、コストはどうなるのか、コバルトを含む素材を肌に長時間触れさせることの評価はどうかといった、製品化までの課題はこれからの話になります。「来年の夏に紫の冷感シャツが店に並ぶ」という段階ではありません。
それでも、「色を出す物質に冷却まで任せる」という考え方が実物の布で示されたことは、冷却繊維の設計に新しい選択肢を加えたと言えます。猛暑が年々当たり前になっていく中で、白一色だった「涼しい服」の風景が少しずつ変わっていくのかもしれません。
出典
・論文:Yidan Yang et al., “An Electrospun Purple Fabric for Personal Thermal Management”, Small (2026)
https://doi.org/10.1002/smll.74745
・アデレード大学プレスリリース(2026年8月24日)
The purple fabric that could beat the scorching heat
・New Atlas(2026年8月24日)
New purple fabric cuts temperatures even better than white


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