崖のように切り立った氷の壁に、小さなドローンが降りて、そのままじっと動かなくなる。滑り落ちもせず、ひっくり返りもしない。カナダ・ケベック州のシェルブルック大学のチームが開発した「Ice Dart(アイス・ダート)」は、傾き58度の氷の斜面に着陸できる世界初のドローンです。研究成果はロボット工学の専門誌IEEE Transactions on Field Roboticsに掲載され、アイスランドの氷河で行われた実地試験では、24回の着陸すべてに成功しました。
鍵になったのは、ネコの爪に着想を得た「引っ込む棘(とげ)」です。
氷上観測を阻んできた電池の壁
北極圏の氷河や氷山を空から見張りたい、というニーズは年々高まっています。北極海では船の航路や海上の施設が北へ北へと広がっていて、漂流する氷山は衝突事故のリスクそのもの。研究の面でも、氷河がどう崩れ、氷山がどう流れていくかを近くで測り続けたいという需要があります。
ドローンはこの仕事にうってつけに見えて、実は大きな弱点を抱えています。電池です。空中でホバリングし続けると、小型機の電池は数十分でなくなります。氷山を見張るには数日単位の観測が欲しいのに、飛んでいる限りそれは無理。これまでは、ヘリコプターや船から観測機器を落として「うまい場所に着いてくれ」と祈るような方法が取られてきました。
「なら、着陸して電源を落とせばいい」と思うかもしれません。実際、ロボット工学には「パーチング」という研究分野があります。鳥がとまり木にとまるように、ドローンを壁や枝に取り付かせて、固定センサーに変身させる技術です。木の枝、ざらざらした壁、走行中の車の屋根——さまざまな場所にとまるドローンがすでに作られてきました。
ところが、氷だけはずっと難関のまま残っていました。ふつうのゴム足のドローンは、傾きがたった9度の氷の斜面で滑り始めます。しかも斜面が急になるほど、機体を地面に押し付ける力は弱くなっていきます。60度の壁では、重力が機体を押さえつける力は平地の半分。滑りやすさは最悪なのに、踏ん張る力は半減する。氷の壁は、着陸にとって二重に不利な場所なのです。
ネコの爪に学んだ三つの仕組み
Ice Dartはこの問題を、三つの技術の組み合わせで解きました。
一つ目が、ネコの爪です。カーボンファイバー製の4本の脚がX字に配置されていて、それぞれの足先に、バネで引き込まれた棘が2本、互いに逆向きに付いています。ネコの爪が必要なときだけ出てくるように、この棘もふだんは収まっていて、着地の瞬間に必要な側だけが氷に食い込みます。斜面の上向きに降りれば片方が、下向きに降りればもう片方が刺さる。2本の棘は太さも違っていて、体重が強くかかる谷側の足には太い棘が、荷重の小さい山側の足には細い棘が刺さるようになっています。パイロットが着陸の向きを計算しなくても、機体の向きや氷の状態によらず、勝手に正しい爪が立つ設計です。

二つ目が、跳ね返りを殺す脚です。各脚には摩擦ディスクが計38枚組み込まれていて、着地の衝撃で脚が縮むときに摩擦を生み、運動エネルギーを散らします。自転車のディスクブレーキで勢いを吸い取るような仕組みです。これが地味に見えて要で、棘は脚のサスペンションが縮んで氷に押し付けられている間しか刺さりません。着地でポンと跳ねたら、その瞬間に棘は浮いて、機体は壁を滑り落ちる。跳ねさせないことが、爪を立てる前提条件なのです。
三つ目は、少し意外な手です。接地の瞬間、モーターがほんの一瞬だけ逆推力を出し、機体を壁に押し付けます。飛ぶための力を「壁に張り付くための力」に転用して、重力だけでは足りない急斜面でも棘を深く食い込ませる。重力が半分しか働かない60度の壁で効いてくるのが、この一押しです。
実地試験は、アイスランド南東部のフィヤトルスヨークトル氷河で行われました。気温0〜10℃、風速30km/hを超える風が吹くなか、最大58度の斜面に24回着陸して、成功率は100%。より条件を整えた実験室では、60度の斜面に秒速3メートルの着地速度で降りられることも確認されています。機体の重さは2.65kgです。
つまりこのチームは、ドローンの飛行時間を1分も延ばしていません。飛ぶのをやめる技術を作ることで、観測できる時間を数十分から数時間、数日へと引き延ばした——足し算ではなく引き算の解でした。
とまることで変わる観測のかたち
着陸してしまえば、ドローンは電池食いの飛行機械から、氷の上に据えられた固定センサーに変わります。エネルギー消費は劇的に下がり、主要なシステムを落とせば完全に無音になり、熱や電波のシグナルもほぼ消せると、共著者のアレクシス・ルシエ・デビアン教授は説明しています。漂流する氷山にとまれば、その氷山と一緒に流されながら位置や状態を送り続ける追跡装置になる。これまでの「上空から一瞬だけ見る」観測とは質の違うデータが狙えます。
研究チームが挙げる用途は、氷山の追跡、海上交通の安全確保、環境研究、そして北極圏の監視。いずれも氷の上という前提での話で、この技術が岩や建物など別の場所でも使えるという報告ではありません。
実用化までに残る距離
一方で、Ice Dartはまだ実験段階のドローンです。北極で実際に運用されているわけではありません。アイスランドの試験では人間のパイロットが操縦し、着陸地点の確認にはもう1機の監視用ドローンを使っていました。自動でとまれるわけではまだないのです。また、本命の使い道であるはずの「外洋を漂流している氷山」への着陸は、試験されていません。氷山が転がったり割れたりしたときに緊急離陸する機能も、これからの開発項目です。
それでも計画は前に進んでいて、IEEE Spectrumの報道によると、2026年8月にはカナダ北極圏でのミッションに投入され、実際の氷山への着陸とデータ収集、船からの氷山検出システムの検証を行う計画が伝えられていました。電池を大きくするのでも、モーターの効率を上げるのでもなく、「飛ばない時間」を作る。ドローンの居場所を広げる答えが、ネコの足元にあったという話です。
出典
元論文(IEEE Transactions on Field Robotics掲載):
The Ice Dart: Landing on Steep Ice Using Spiny Feet, Dissipative Landing Gear and Reverse Thrust(Tunney氏ら、シェルブルック大学)
解説記事:
Video: Cat-clawed drone is the first to land on near-vertical ice walls(New Atlas)
Drones With Claws Perch on Arctic Icebergs(IEEE Spectrum)


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