コンテナ船の船首に、直径5メートル・高さ35メートルの円筒が1本立つ。それがくるくる回って、船を前に押す。海運大手のマースク(A.P. Moller – Maersk)が、英国のAnemoi Marine Technologies(アネモイ)製「ローターセイル」を自社のコンテナ船に取り付けると、2026年9月1日に両社が発表しました。対象は積載量8,700TEU(20フィートコンテナ8,700個ぶん)のMaersk Lima級で、Anemoiが公開したイメージ画像には「Maersk Labrea」の船名が見えます。
取り付けは2027年半ばの予定で、その後は船が普段どおり走る北大西洋・南大西洋の航路で試験を続けます。ばら積み船やタンカーにはすでに載っているローターセイルですが、コンテナ船に付くのはこれが初めてです。

回る円筒が帆になる仕組み
ローターセイルは、見た目はただの太い煙突です。布も骨もなく、船の進行方向に向けて何かを広げるわけでもありません。それでも帆と呼ばれるのは、風を受けて船を前に押す力を生むからです。
使っているのは「マグヌス効果」と呼ばれる現象です。回転しながら空気の中を進む物体には、進む向きと直角に力がはたらきます。サッカーのフリーキックで、回転をかけたボールが壁の横から曲がってゴールに入るのと同じ力です。ボールの表面が空気を引きずり、回転と同じ向きに流れる側では空気が速く、逆らう側では遅くなる。空気の速い側は圧力が下がるので、ボールはそちらへ押される。これがマグヌス効果です。
船の上でこれをやると、風が横から吹いてくるとき、円筒をモーターで回すだけで、横風から前向きの力を取り出せます。エンジンはそのぶん出力を落とせるので、燃料と排出が減ります。円筒を回すモーターにも電気は要りますが、得られる推力のほうがずっと大きい、というのがこの仕掛けの前提です。

今回マースクの船に載るのは、直径5メートル、高さ35メートルの1本です。35メートルというと、10階建てのビルくらいの高さの筒が甲板の先に立つことになります。Anemoiは普段、1隻あたり3〜5本を載せているので、1本だけというのはむしろ少ない構成です。
コンテナ船が最後まで残った理由
ローターセイルそのものは、もう珍しい装置ではありません。Anemoiは2015年の設立以来、ばら積み船(鉄鉱石や穀物をそのまま積む船)などに載せてきましたし、フィンランドのNorsepower(ノルスパワー)など同業もいます。タンカーやばら積み船では、甲板の上に何本も並べる形がすでに何隻も動いています。
マースクの名を持つ会社での試験も、今回が初めてではありません。タンカー会社のマースク・タンカーズは2018年に、Norsepower製の高さ30メートルのローターセイル2本をタンカー「Maersk Pelican」に載せ、1年間の運航で燃料8.2%の削減を確認しています(ロイド船級協会が検証)。
それなのに、コンテナ船には載っていませんでした。理由は単純で、甲板の上が全部コンテナだからです。ばら積み船やタンカーの甲板には筒を立てる余地がありますが、コンテナ船は甲板の上に箱を何段も積み上げるのが商売で、筒を1本立てるとその周りの箱が積めなくなります。積めなくなった箱のぶんの運賃と、節約できる燃料代を比べたとき、これまでは割に合わないと見られてきました。
Anemoiの発表画像では、筒は船体のいちばん前、コンテナが積まれない船首の甲板に1本だけ置かれています。タンカーのように甲板に並べるのではなく、空いている場所に1本ねじ込む。今回の試験は、その置き方で意味のある効果が出るかを確かめるものです。
100年前に一度、実用化されていた帆
ここまで読むと、ローターセイルは最近の脱炭素技術に見えるかもしれません。けれど、この仕掛けは新しくありません。原理も装置の形も、1920年代のドイツで完成していたものです。
発明したのはドイツの航空技術者アントン・フレットナーで、1922年に「回転する円筒で進む船」の特許を出願しました。1924年には帆船「ブッカウ」を買い取り、2本の帆柱を撤去して、代わりに2本の回転円筒を立てています。空力の第一人者ルートヴィヒ・プラントルも設計に加わりました。この船は1925年に北海を渡り、1926年には「バーデン・バーデン」と改名して大西洋を横断し、南米経由でニューヨークに着いています。記録では、この航海で使った燃料は同じ大きさのエンジン船の3分の1以下だったとされています。
結果を受けて、ブレーメンの造船所では3本のローターを備えた新造船「バルバラ」が1926年に作られ、地中海で普通の貨物船として1929年まで働きました。1928年の時点で、フレットナーは同型船6隻の注文を取っていたといいます。つまりこの帆は、実験で終わったのではなく、注文が入って商売になる直前まで来ていました。
安い燃料に負けた技術と、その前提の逆転
それが消えたのは1929年です。世界恐慌で新造船の注文が消えたことに加えて、船舶用のディーゼルエンジンと燃料が急に安く、手に入りやすくなりました。風で節約できる燃料代が小さくなれば、甲板に大きな筒を立てて維持する手間は、ただの手間になります。ローターセイルは性能で負けたのではなく、燃料が安すぎて元が取れなくなった。それだけの理由で、6隻の注文は形になりませんでした。
今回の話は、その前提がひっくり返ったところで起きています。燃料は高くなり、そのうえ国際海事機関(IMO)は、海運全体の温室効果ガス排出を2008年比で2030年までに少なくとも20%、2040年までに少なくとも70%減らし、2050年ごろにはゼロにする目標を掲げています。燃料を減らすこと自体に、100年前にはなかった値段が付いた。だから、100年前に元が取れなかった筒が、そのままの原理で甲板に戻ってきています。
マースクの船隊技術責任者オーレ・グラー・ヤコブセン氏は、風力補助推進を「有望な海事ソリューションの一つ」と位置づけ、今回の試験を自社船隊とコンテナ船全般への適用を見極める機会だと説明しています。100年前に商売になりかけた技術が、2027年にもう一度、実際の航路で試されることになります。
数字の出どころと、今回の試験で分かること
「燃料と排出を平均9.1%、航路によっては21%削減」という数字が報道に出ていますが、これは今回のコンテナ船の見込みではありません。Anemoiが2025年5月に公表した、別の船での実績です。ばら積み船「TR Lady」に高さ24メートルのローターセイルを3本載せ、インド洋・太平洋・南大洋などを1年近く走った8航海ぶんのデータを、ロイド船級協会の検証を受けてまとめたもので、1日あたり燃料1.9トン・二酸化炭素7.0トンの節約、平均で9.1%という結果でした。21%は、そのうち北太平洋を22日かけて渡った1航海で出た数字です。Anemoi自身も、いちばん良かった航路だけを見せるのではなく平均を出すことを大事にしている、と説明しています。
コンテナ船に1本だけ載せた場合にどれだけ効くかは、まだ分かりません。3本で9.1%だった船と比べれば、1本なら効果も小さくなると考えるのが自然です。コンテナ船は荷物を急ぐぶん、ばら積み船より速く走ることが多く、船が速いほど風の助けは相対的に効きにくくなります。Anemoiの発表も「条件が合えば燃料と排出を減らせる」という書き方にとどめており、Maersk Labreaでの削減率は示していません。
その数字を出すのが、2027年半ばからの大西洋航路での試験です。1本の筒が甲板の先で回って、どれだけの油を節約するのか。100年前のブッカウが大西洋で証明したことを、今度は8,700個のコンテナを積んだ船が、規制と燃料代という新しい物差しで測り直すことになります。
出典
British wind power to drive Maersk container ship(The Register・2026年9月3日)
Rotating Sails Help to Revive Wind-Powered Shipping(Scientific American)


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