くすぐったい場所は文化を越えて同じだった――ただし「敏感な場所」ではなかった

スポンサーリンク

脇の下、足の裏、おなか。人をくすぐるとき、たいていの人が同じような場所を狙います。これが日本の話ではなく、中国でもオランダでもギリシャでも同じだった、という調査結果が出ました。オランダのラドバウド大学とスウェーデンのカロリンスカ研究所の研究チームが、3つの言語圏の計448人を対象に「自分はどこがくすぐったいか」を人体図に塗ってもらい、その分布を重ね合わせたものです。論文は2026年8月10日付で Nature Human Behaviour に掲載されました。

くすぐったさは誰もが知っている感覚ですが、なぜ体の場所によって差があるのかは、いまだにきちんと説明されていません。今回の調査は、その手がかりを探すために「まず地図を作る」ところから始めた研究です。

三つの文化圏で一致した分布

参加者は18〜30歳の若い成人で、中国語話者149人、オランダ語話者150人、ギリシャ語話者149人。オンラインで質問に答え、正面と背面の人体シルエット(合わせて91,617ピクセル分)を、マウスで塗る形式です。強く感じる場所ほど重ね塗りして濃くしてもらい、その濃さを数値として扱いました。

集まった地図を統計的に処理すると、有意に浮かび上がったのは首・脇の下・おなか・足の裏でした。この分布が、3つの集団のあいだでほとんど変わらなかったのです。2つの地図の重なり具合を0〜1で示すダイス係数で比べると、文化圏どうしの一致度は0.78〜0.86。かなり高い数字です。

行動のほうも似ていました。生きているうちに一度でもくすぐられた経験がある人が98.4%、逆に誰かをくすぐった経験がある人が95.8%。くすぐる相手は家族や友人が最も多く、次いで恋人。自由記述で出てくる単語も、3つの言語で「脇の下」「おなか」「足の裏」「指」「笑う」が上位に並びました。反応として多かったのは、笑う、抵抗する、逃げる、やり返す、悲鳴を上げる、という順です。

ちなみに恋人にくすぐられる場合の地図を別に描いてもらうと、同じ分布に股間と内ももが加わります。これは家族や友人には触られない場所なので、この差自体は納得のいくものでした。

二千年ぶんの仮説と、素朴な予想

上の図のように場所が偏るのはなぜか。この問いは新しいものではありません。アリストテレスの時代からずっと議論されていて、今回の論文はこれまでに出された説を5つに整理しています。

ひとつめは、触覚の敏感さで決まるという説。皮膚に触覚の神経がたくさん通っている場所ほどくすぐったい、という考え方です。おそらくこれが、いちばん素直に思いつく答えでしょう。ふたつめはアリストテレスに由来するもので、皮膚が薄い場所ほどくすぐったい。3つめは、19世紀末から20世紀初頭に唱えられた説で、傷を負うと致命的になる急所ほどくすぐったい、というもの。くすぐったさは急所を守る訓練になっている、という理屈です。4つめは比較的新しく、性感帯とくすぐったい場所は重なっているという説。

そして5つめが、ダーウィンが『人及び動物の表情について』(1872年)で書いたものです。普段あまり触られない場所ほどくすぐったい、という単純な主張でした。

驚くことに、この5つはどれも、実際の分布と突き合わせて検証されたことがありませんでした。地図がなかったからです。今回はじめて、その照合ができるようになりました。

唯一残った説と、逆を向いた二つ

研究チームは、それぞれの説を数値化できるデータに置き換えました。触覚の敏感さには全身の触覚神経の密度を測った既存の研究データを、皮膚の薄さには表皮の厚さのメタ解析を、急所かどうかには体の各部を通る動脈の太さを当てました。性感帯の説には参加者自身が塗った「触られて気持ちいい場所」の地図を、ダーウィン説には「自分で触る場所」と「人に触られる場所」の地図を合成して反転させたものを使っています。

ひとつずつ照合した結果、触覚の密度、皮膚の厚さ、動脈の太さ、気持ちよさ——この4つはいずれも、くすぐったさの分布と有意な関係を示しませんでした。残ったのはダーウィン説だけです。めったに触られない場所ほどくすぐったい、という関係が、はっきりと出ました。

さらに5つをまとめて解析すると、もう少し込み入ったことが見えてきます。分布をいちばんよく説明する成分には、「触られない度合い」が強くプラスに効いていた一方で、触覚神経の密度と気持ちよさが、どちらもマイナスに効いていたのです。触覚が敏感な場所ほど、そして触られて気持ちいい場所ほど、むしろくすぐったくない。予想と逆を向いていました。

いちばん分かりやすい例が手のひらです。全身のなかで触覚神経がとりわけ密に通っていて、細かい感触を読み取る能力は体で最も高い部類に入ります。それなのに、くすぐったさの地図では手のひらは目立たない場所でした。頭、胸、尻も同じように、くすぐったくない側に振り分けられています。つまり、くすぐったさは触覚の鋭さとは別ものだ、ということです。

なぜ触られない場所ほどくすぐったいのか。論文はひとつの見方として、その場所への接触が予期されにくいぶん、驚きの反応が強く出るのではないかと書いています。そしてこの関係は、たがいに強め合っている可能性もある。触られないからくすぐったく、くすぐったいから触られない、という循環です。

もうひとつ、この研究が示したことがあります。くすぐったさの地図は、痛み・触覚・快感・自分で触る場所・人に触られる場所、どの地図とも別ものとして区別できました。機械学習で「これはくすぐったさの地図か、それ以外か」を判定させると、学習に使っていない文化圏のデータでも0.87〜0.94という高い精度で当てられます。くすぐったさは、ほかの感覚のおまけとして生じているのではなく、それ自体で独立した感覚らしいのです。

好き嫌いは割れたまま

もっとも、くすぐられることをどう感じるかは、分布のようには揃いませんでした。子どものころは楽しかったと答えた人が41.8%、大人になっても楽しめると答えた人が35.4%。一方で不快だと答えた人が、子ども時代について26.3%、大人について26.6%。残りは「どちらでもない」です。

第三者としての評価を聞くと、この揺れがもっとはっきり出ます。くすぐりは楽しさや遊び心と結びついていると答えた人が87.1%、家族や友人の絆を強めると答えた人が61.4%いた一方で、「人は一般にくすぐられるのが好きだと思うか」には賛成27.2%・反対27.9%と真っ二つ。さらに、くすぐって出てくる笑いが本心からの楽しさを表しているかについては、47.3%が否定しています。笑わせる手段としては広く使われているのに、その笑いを額面どおりには受け取っていない、ということになります。

くすぐる側にまわると評価は変わって、楽しいと答えた人が子ども時代で67.6%、大人で62.3%。不快だとしたのは1〜2%程度でした。する側とされる側で、こんなに印象が違う行為も珍しいかもしれません。

この結果の読み方

いくつか、押さえておきたい留保があります。

まず、これは実際にくすぐった実験ではありません。オンラインで質問に答え、記憶をもとに人体図を塗ってもらった自己申告のデータです。子どものころの経験については、大人になってから振り返って答えてもらっています。

対象も3つの言語圏の18〜30歳に限られていて、日本語話者は含まれていません。分布が3つの集団で揃ったからといって、「日本人も同じ」と言い切れる話ではない点は、論文自身も認めています。研究チームは、より多様な文化と年齢層へ広げることを今後の課題に挙げています。

それから、今回扱っているのは強めに触られて笑いが出るタイプのくすぐったさ(ガルガレシス)です。羽根でなでられたときのむずむずした感覚(クニスメシス)は別の現象とされていて、分布も違う可能性があります。

「進化的な起源の手がかり」という言われ方もしていますが、これは解釈のほうです。論文が指摘しているのは、人間のくすぐりの様子——手や指を使う、脇の下・足の裏・おなか・首を狙う、笑いが出る、絆の強い相手どうしで多い、大人になると減る——が、チンパンジーやボノボの観察報告とよく一致するということ。共通の祖先から受け継いだ性質だと考えると筋は通りますが、それが実証されたわけではありません。

くすぐったさが何のためにあるのかも、まだ分かっていません。ラドバウド大の Konstantina Kilteni 氏は「この現象を完全に説明するにはさらなる研究が必要」と述べています。今回の研究に参加していないベルリン・フンボルト大の Michael Brecht 氏は Nature 誌に対し、この感覚は本当にほとんど理解されていない、と評しました。二千年以上前から議論されてきて、地図がようやく一枚できたところ、というのが現在地です。

出典

コメント

タイトルとURLをコピーしました