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シベリアから出るメタンの量が、この10年あまりで2倍を超えた。中国科学院大気物理研究所とエディンバラ大学の国立地球観測センター(NCEO)が主導した国際チームが、2010年から2023年までの衛星データと地上観測を解析してそう報告した。増え方は年に5%ずつ、夏の生育期の放出量で見ると2023年は2010年の2倍以上になっている。論文は2026年8月6日に科学誌Scienceに掲載された。
永久凍土(えいきゅうとうど)が融けてメタンが出る、という話そのものは新しくない。この研究で見えてきたのは、その「出方」が土地の東西でまるで違っていた、ということだ。
凍土に眠る炭素と観測の空白
永久凍土は、2年以上つづけて凍ったままの地面のことだ。北半球の永久凍土のうち、およそ46%——半分近くがシベリアにある。この凍った地面には、大昔の植物の残りかすなど、何千年ぶんもの炭素が分解されないまま溜まっている。地面が融けて微生物が動き出すと、この炭素はメタンや二酸化炭素に変わって大気へ出ていく。メタンは二酸化炭素より寿命は短いが、同じ期間で比べるとはるかに強く熱を閉じ込める気体で、温暖化を進める力が大きい。
北極圏は、世界平均の4倍近い速さで温暖化している。だから「そろそろシベリアの凍土からメタンが増えているはずだ」という見立ては以前からあった。ところが、実際にどれだけ出ているのかは、はっきりしていなかった。シベリアは広すぎるうえに観測点が少なく、近年はロシアとウクライナの戦争で多くの研究者が現地に入れない。研究者ごとに見積もりがばらばらで、増えているのか、増えているならどこで、何が原因なのかが定まっていなかった。
宇宙からのメタン追跡
そこでチームが頼ったのが衛星だった。使ったのは日本の温室効果ガス観測衛星GOSAT(愛称「いぶき」)で、宇宙から大気中のメタン濃度を測れる。この衛星データに、国立環境研究所などがシベリアの観測塔で測っている地上のデータを組み合わせ、「大気中のメタンの分布から逆算して、どこからどれだけ出たか」を推定するモデルにかけた。地上の発生源を一つずつ足し上げるのではなく、空に広がった結果から出どころを割り出す方法で、見積もりの誤差はおよそ10%に抑えられたという。
衛星は太陽光を使うので、冬のシベリアはほとんど測れない。ただ、メタンの放出はもともと地面が融ける春から夏に集中すると考えられているので、明るい季節を追えば主要な部分は押さえられる。こうして2010年から2023年までの14年間を通して見たところ、生育期のメタン放出量は年あたり約1,200万トン増えていた(誤差はプラスマイナス190万トンほど)。増加率にして年5%。シベリアは世界のメタン放出のおよそ5%を占めるにすぎないが、自然由来のメタン源としては地球上でもっとも速く伸びている場所のひとつになっている。
エニセイ川を境に分かれた二つの気候
増えていること自体は、チームにとって想定内だった。エディンバラ大学のポール・パーマー教授は、凍土の融解も湿地の活動も山火事も増えているのだから放出が増えるのは予想していたが、その大きさと持続ぶりには驚いた、と話している。ただ、この研究の本当の読みどころは数字の大きさではない。放出が増えた場所を地図に落とし、原因を気象データと突き合わせたときに見えてきた、地域による違いだ。
シベリアのほぼ真ん中を南北に流れるエニセイ川を境に、西と東で気候が反対方向に動いていた。西シベリアは温暖化とともに湿っていき、東シベリアは乾いていた。同じ温暖化が、隣り合う土地を逆の方向に変えていたことになる。

湿る西と燃える東、それぞれの経路
西シベリアの気候を左右しているのは、スカンジナビア半島の上空に中心を持つ大気の流れのパターンで、研究者は「スカンジナビア・パターン」と呼んでいる。温暖化でこのパターンが強まると、北大西洋から暖かく湿った空気がシベリア西部へ運ばれやすくなる。冬が暖かくなって雪解けが早まると、むき出しになった地面が日射を吸って余計に温まり、融けた土はぬかるんで湿地が広がる。水浸しで酸素の乏しい土は、メタンを作る微生物にとって好都合な環境だ。西シベリアのメタンは、こうして「凍土が融けて湿ること」から出ている。
東シベリアは別の力に動かされていた。北極と中緯度のあいだで気圧が「シーソー」のように入れ替わる北極振動と呼ばれるパターンで、温暖化の影響でこれが変わると、東シベリアの上空に高気圧が居座りやすくなる。高気圧の下では雲が減り、熱波が強まり、地面が乾く。乾いた森林や泥炭は燃えやすく、2019年以降、東シベリアでは山火事によるメタン放出が急に増えた。火は燃えるときにメタンを直接吐き出すだけでなく、地面を覆う植生や有機物の層を焼き払って、その下の凍土まで融けやすくしてしまう。つまり東シベリアのメタンは、「乾いて燃えること」から出ている。
片方は水浸しになって微生物がメタンを作り、もう片方は干上がって火がメタンを出す。原因も現場の景色も正反対なのに、大気に出てくる結果は同じメタンの増加だった。温暖化が凍土地帯に効く経路は一本ではなく、少なくとも二本あり、それが同じシベリアの中で東西に並んでいた——それがこの論文の核心だ。
2050年への見通しと残る不確かさ
チームは気候モデルを使って先の見通しも計算している。気温が上がるほどメタンの放出は増え、しかも暑くなるほど増え方が急になる傾向が出た。2050年には、シベリアからの放出がいまよりさらに年間2,500万トンほど上乗せされる可能性があるという。これは主要な工業国一国ぶんの年間メタン排出に相当する量で、世界がこの10年で削ろうとしているメタンのかなりの部分を打ち消しかねない。各国が自分の排出を減らしても、北の大地がそのぶんを吐き出してしまう、という構図になる。
見通しのうえで増加を引っ張るのは東シベリアだ。西より速く温暖化が進み、極端な山火事が急増しているためで、パーマー教授は、この傾向が続くかどうかは燃える植生がどれだけ残っているかしだいだが、火が凍土の融解を早めている証拠もある、と述べている。ただし、今回報告された増加分は世界全体の排出や将来の予測に比べればまだ小さい。パーマー教授の言葉を借りれば、シベリアの巨大な永久凍土の炭素貯蔵は「眠れる巨人」であり、温暖化が続けば、はるかに大きな温室効果ガスの供給源を起こしてしまう危険がある、ということになる。
分かっていないことも残っている。論文に関わっていない外部の専門家からは、西シベリアの放出増を「融けた層が深くなり、地中の氷が溶けて地面が湿ったため」と説明しているわりに、その融け具合を直接測った地上データが論文には含まれていない、という指摘が出ている。衛星が捉えた大きな絵と、現場で起きていることの細部は、まだ完全にはつながっていない。放出が「弱い非線形」、つまり温度に対して素直に比例するのではなく途中から立ち上がる形で増えるという結果も、どこで急になるかはこれからの検証しだいだ。それでも、増えている場所と理由がここまで地図で示されたのは初めてで、次にどこへ観測を向けるべきかがはっきりしたことが、この研究の確かな成果といえる。
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出典
Sihong Zhu, Yi Liu, Paul I. Palmer et al., “Decadal doubling of Siberian methane emissions due to warming-induced fires and methanogenesis,” Science 393(6811), 615–621 (2026). DOI: 10.1126/science.aea5828
エディンバラ大学プレスリリース:Siberian methane emissions double in a decade, study finds(2026年8月7日)
Live Science:Arctic warming fuels 2 distinct climate regimes in Siberia that could wake up a methane ‘sleeping giant’(2026年9月8日、Sascha Pare)
外部専門家のコメント:Science Media Centre「expert reaction to decadal doubling of Siberian methane emissions」(2026年8月6日)


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