2026年8月31日と9月1日(世界時)、欧州宇宙機関(ESA)の衛星「Samba(サンバ)」と「Tango(タンゴ)」が、南太平洋のトンガ沖の上空で大気圏に突入し、燃え尽きました。これは事故ではなく、ESAが何年も前から落下点と時刻を決めていた計画的な再突入です。
その燃え尽きる瞬間を、8人の科学者が小型のビジネスジェットに乗って追いかけ、空の上から撮影しました。機内にはカメラと分光器をあわせて30台。狙いは火球の写真ではありません。衛星が空気とぶつかって壊れていくとき、そこから何が出てくるのかを、元素のレベルで測ることでした。
この観測作戦は「ROSIE」と呼ばれ、スロバキアの企業Astros SolutionsのJiří Šilha(イジー・シルハ)氏らが加わる国際チームが実施しました。カメラの運用はドイツのシュトゥットガルト大学が担当しています。Space.comが9月8日にŠilha氏への取材を記事にし、ESAも9月2日に観測の成功を発表しました。査読を経た論文はまだなく、データの解析はこれからです。
ビジネスジェットという観測台
衛星が燃え尽きるのは高度90キロから65キロあたり。大気の中でもかなり上のほうです。地上から見上げると、雲があれば見えませんし、雲がなくても地表近くの厚い空気が光をゆがめて、細かい測定には向きません。そこで飛行機を使います。高度1万メートル前後まで上がってしまえば、雲の上に出られて、いちばん濃い空気の層も通り抜けたあとになるからです。
ただし、飛行機を飛ばすだけでは意味がありません。衛星がいつどこで燃えるかが、秒と数キロの単位で分かっていないと、その場所に飛行機を置けないからです。Cluster(クラスター)計画の4機はここが特別で、ESAの管制チームが最後の瞬間まで衛星と通信を保ち、正確な軌道を出し続けました。ESAの発表によれば、Tangoの再突入は9月1日21時30分31秒(世界時。日本時間では9月2日朝6時30分)。この精度があったから、トンガから飛び立った飛行機が、狙った海域の上空で待ち構えることができました。
機内は暗くしてあり、8人が6つの窓に張り付いて機材を操作しました。衛星は時速3万6,000キロで大気の上端に飛び込んできます。東京から大阪までの距離を40秒で走る速さです。飛行機はその衛星に、およそ120キロの距離まで近づきました。ESAによると、Tangoのときはパイロットが絶妙のタイミングで機体を傾け、燃える衛星が窓の視界に入っている時間を数秒だけ延ばしたそうです。SambaとTangoをあわせて、1回あたり平均50秒ほど追いかけて記録できました。30台の機材のうち29台が、両方の再突入でデータを取れています。

火球の見え方
2機の再突入は、どちらも昼間に起きました。それでも機内からは肉眼で見えたとŠilha氏は言います。流れ星と違って、衛星の火球は数十秒も光り続けるからです。流れ星は角度が急で速く、数秒かそれ以下で消えます。衛星はもっと浅い角度で入ってきて、空気に減速されながらゆっくり落ちていくので、光っている時間が長いのです。
見え方も一様ではありません。Šilha氏の説明では、最初は表面が削られていく一つの光の点として見え、ある瞬間に「突然の爆発」が起きて衛星がばらばらになります。そこから30〜40秒のあいだ、無数の破片がそれぞれ燃えながら飛ぶ、こみいった構造が観察できたそうです。やがて破片は燃え尽きるか、減速して見えなくなります。カメラは数十個の破片を、これまでにない細かさで捉えていました。
ここまでなら「壊れ方を撮った」という話です。壊れ方のデータは、どの部品が燃え残って地上まで落ちる可能性があるかを知るために大事で、ESAが4機の再突入を実験に転用した目的もそこにありました。ただ、ジェット機に乗り込んだチームが本当に狙っていたのは、もう一段別のものでした。
追いかけていたのは光ではなく元素
30台の機材のうち、分光器には専用のフィルターが付けてありました。分光器は光を波長ごとに分けて、その光がどの元素から出ているかを見分ける装置です。チームはこれで、燃える衛星から放出される7種類の化学成分を追いました。チタン、ナトリウム、カリウムなどが含まれます。
その中でいちばん見たかったのがアルミニウムです。衛星の本体の大部分はアルミニウム合金でできています。もともと空気の成分にはない金属で、高温の空気の中で燃えると酸素と結びついて酸化アルミニウムになると考えられています。そしてこの酸化アルミニウムには、成層圏のオゾンを壊す反応を進めてしまう性質が知られています。
気になるのは量です。2024年に南カリフォルニア大学のチームが計算で見積もったところ、250キロ級の衛星1機が燃え尽きると約30キロの酸化アルミニウムの微粒子が出て、2022年に落ちてきた衛星全体で約17トン。何万機という衛星群が入れ替わり落ちてくる将来の想定では、年間360トンを超えるという数字でした。ただし、これはあくまで計算です。実際の衛星が、どの高さで、どれくらいの量の酸化アルミニウムを作っているのかは、誰も測ったことがありませんでした。
そこをフィルター付きの分光器で狙ったわけです。アルミニウムの光を高度ごとに切り分けて記録すれば、アルミニウムが空気と反応し始める高さが分かります。それが酸化アルミニウムが生まれる場所のはずで、Šilha氏いわく「これまで一度も観測されたことがない」瞬間です。どんな仕組みで、どれだけの量ができているのか。今回の観測は、その最初の実測になる可能性があります。
Šilha氏はSpace.comにこう話しています。「これらの物体が大気を通り抜けるときに何が起きるのかを、私たちは理解したいのです」。派手な火球は、その手段にすぎませんでした。

10万機の時代の物差し
なぜいま、これほど手間をかけてまで測るのか。背景には、衛星の数がこれから桁違いに増えるという見通しがあります。SpaceXは次世代のStarlink衛星を10万機打ち上げる構想を持ち、AmazonやBlue Originも大規模な衛星群を計画しています。低い軌道の衛星は寿命が数年で、役目を終えれば落ちてきて燃えます。つまり打ち上げの数だけ、再突入も起きます。
ところが、その再突入が大気に何をしているのかは、ほとんど分かっていません。オゾン層への影響も、どの衛星が完全に燃え尽きて、どの衛星の破片が地上まで届くのかも、まだはっきりしないままです。研究者が使っているのは計算モデルで、その計算が現実と合っているかどうかを確かめる実測データが足りていませんでした。
今回のデータは、まずその確認に使われます。破片が燃え尽きる過程を1秒刻みで追い、どの高さでどんな化学反応が起きているかを割り出す。それを大気物理や大気化学の研究者に渡して、モデルを直してもらう。Šilha氏の言い方を借りれば、「モデルが現実と合っているかを検証する」ためのデータです。何かが分かったと言えるのは、この解析が終わってからになります。
チームは2024年9月に、4機のうち最初のSalsa(サルサ)の再突入も同じように追いかけています。そのときの経験で機材の調整と予測の精度を上げ、今回はより近くから、より多くのデータを取れました。ESAは次の一手として、衛星の内側から再突入を記録する専用機「Draco(ドラコ)」を2027年に打ち上げる予定です。200個以上のセンサーと4台のカメラを積み、壊れながら記録したデータを頑丈なカプセルで守って回収します。そのときもまた、観測チームは飛行機に乗り込んで、外側から同じ瞬間を見るつもりだといいます。内と外の両方から見れば、衛星が燃え尽きる数十秒に何が起きているのか、ようやく全体像がつながります。
26年働いた衛星の最後の数十秒に、8人が小さな飛行機で会いに行った。その理由は、これから空に増えていく何万機もの衛星が、降りてくるときに何を残していくのかを知るためでした。
出典
Space.com「2 satellites just burned up in Earth’s atmosphere — and scientists were watching from a private jet. Here’s why」(2026年9月8日、Tereza Pultarova)
ESA「Cluster’s encore for reentry science a success」(2026年9月2日)
Ferreira, J. P. et al.「Potential Ozone Depletion From Satellite Demise During Atmospheric Reentry in the Era of Mega-Constellations」Geophysical Research Letters(2024年)


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